第三十八話 最初に飛んだ者
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イザークが兄ガダルダのあとについて歩くと、大きな天幕が見えてきた。軍を指揮する本陣だ。その前は広場となっており、翼竜が着陸出来る広さがある。
そこに三頭の翼竜が次々に降下してくる。翼竜を駆る騎手は、手綱と共に緑に輝く宝玉が付いた杖を握っていた。風を生み出す魔道具である。
翼竜はその飛翔に魔法の力を必要としていた。背に魔族を乗せて飛翔するのは、いかに翼竜でも重量的に無理があるからだ。対策として魔法兵が騎乗し、風を起こして補助している。
一頭二頭と翼竜が広場に着陸する。この二頭の翼竜は騎手のほかにもう一体魔族を乗せていた。一体は赤い鎧に竜の装飾が施された鎧を着ている。立派な鎧を身につけているのがゲラシャだった。二頭目の翼竜に乗っている魔族は、おそらくゲラシャの秘書官であろう。
「ふん、戦場に出もしないくせに赤鎧か」
ガダルダが鼻で笑う。魔王軍では、鎧の色は黒が基本であった。しかし一部の実力者に限り、鎧を赤く塗ることが許されている。赤は精鋭の証であり、強者の象徴なのだ。
「なぁ、イザークよ。傷一つない赤鎧に何の意味があるのだろうな」
ガダルダがせせら笑う。赤鎧は強者の証明であるが、そもそもこの赤は返り血の赤なのだ。戦場であまりにも返り血を浴びる強者が、鎧を赤く塗ることで血を目立たなくしたのが由来である。ゲラシャの鎧は確かに美しい、だが美しすぎる。笑われて当然である。
「お前が軍議に参加すること、一応父上の許可をとっておく。お前はここで待っていろ」
ガダルダは言い残して、父であるガリオスがいる本陣の天幕に入っていった。
残されたイザークは天を仰ぎ見た。丁度三頭目の翼竜が降下してくるところだった。先に着陸した二頭がいるため、広場は狭くなっている。しかし三頭目は難なく着陸してみせた。
腕のいい騎手だった。どんな魔族が操っていたのだろうと目を凝らした。
三頭目の翼竜に乗っていた騎手は、鎧を身につけていなかった。艶のある黒い毛皮の長外套を着こみ、顔には花の模様があしらった銀の仮面をつけている。豊かな胸とくびれた腰が長外套の上からでも見て取れ、女性であることが分かる。女魔族は長い足を颯爽と動かし、翼竜の背にある鞍から降りた。仮面で顔は見えないが、イザークはこの女性を知っていた。
「アザレア様?」
イザークは舞い降りたアザレアのもとに駆け寄った。彼女はギャミの部下であるアザレアだった。イザークに気づいたアザレアは、銀の仮面の下にある紅玉の瞳を向ける。
「これはイザーク様、お久しぶりです」
アザレアは銀の仮面を軽く俯かせる。この面は腐病の面と呼ばれるものだ。腐病とは魔族がかかる皮膚病の一種で、罹患すると顔の鱗が腐り落ちる。死ぬことはないものの、爛れた皮膚が二度と戻らぬ病であった。
腐病の面は、その腐り落ちた顔を隠すためのものである。しかしイザークは知っていた。アザレアの仮面の下には傷一つなく、女神の如き美貌を誇っていることを。
「こちらこそお久しぶりです、アザレア様。しかし魔法を使われるとは、知りませんでした」
イザークは感心の目を向ける。アザレアは類い稀なる才女であり、卓越した事務能力に加え、鋭敏な知性を持っていた。しかし魔法まで使えることは知らなかった。
「拙いですが、少し覚えがございまして」
アザレアは謙遜する。しかし控えめな態度の裏には、そこはかとない自信が感じられた。
「それに翼竜も乗りこなされるとは、見事な操縦でした」
イザークは先程着陸した光景を思い返した。先に降下した翼竜の騎手よりも巧みであった。
「どこで覚えられたのですか?」
イザークは目にしてもなお、アザレアが翼竜に乗れることが信じられなかった。
翼竜は数が少なく貴重である。当然騎手となる選別は厳しく、魔法が使えたとしても簡単になれるものではない。しかもアザレアは女性である。軍隊は男所帯であり、女性は一段低く見られるのが常だ。現在魔王軍で、女性で翼竜の騎手をしている者はいないのではないだろうか?
「ああ、イザーク様は御存じありませんでしたね。翼竜に最初に乗ったのは、私なのですよ?」
アザレアは驚きの事実を言ってのけた。
「ギャミ様が翼竜を品種改良されて、魔族にも乗れるように調教されました。しかし魔族を乗せて飛ぼうとしても重すぎて飛べず、頓挫しかかっていたのです。その時私が魔法で補助してみてはと提案して、適当な魔法使いがいなかったので、私が試験飛行しました」
アザレアは驚きの事実をさらに告げる。魔王軍特務参謀のギャミが、翼竜の品種改良を行ったことは知られている。しかし試験飛行をしたのがアザレアだとは知らなかった。
「ちょっと待ってください。なら最初に翼竜で飛んだのは、アザレア様ということですか?」
「ええ、そうなりますね」
アザレアはあっけらかんと頷くが、これは大変なことだった。目の前にいる女魔族は、歴史に名を刻む偉業を成しているのだ。
「どうして言ってくれなかったのです」
イザークが非難の目を向けると、アザレアは仮面の下にある赤い瞳をさまよわせた。
「それはほら、私はこうですから」
アザレアは少し顎を上げて、顔を覆う腐病の面を見せる。
腐病は業病とされ、この病に罹患した者は多くの迫害を受ける。男であれば出世は望めず、女であれば離縁され、その後は二度と結婚出来ないといわれていた。そして世間からは居ない者として扱われる。腐病の面を被っている者が、表舞台に立つことはない。たとえどのような偉業を成したとしても、記録にすら残されないのだ。
イザークは目を細め、仮面をつけるアザレアを見た。
アザレアが仮面を剥ぎ取りその美貌を見せれば、この場にいる全ての男達がその美しさにひれ伏すだろう。そして彼女の偉業を知れば、誰もが持て囃すはずだ。
イザークは世のおかしさに憤った。たかが仮面ひとつあるなしで、評価が全く変わってしまう。ならその評価基準はなんなのだということになる。
「ところで、サーゴ様とゴノー様はお元気ですか? ユカリとミモザが気にしておりまして」
アザレアは貴族であり、ユカリにミモザという女魔族が仕えている。彼女達はイザークの友であり部下でもある、サーゴとゴノーと恋愛関係にあるのだ。
ユカリとミモザは、戦地にいるサーゴとゴノーの安否が気になるのだろう。
「ええ、元気にしていますよ。二体共ユカリ殿やミモザ殿と会いたいと、よくこぼしています」
イザークが告げると、アザレアは仮面の下で目を細めて笑った。




