第三十七話 三体の兄達
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「どけ! イザーク! 訓練の邪魔をするな!」
「そうだ! 邪魔をするならばお前でも許さぬ!」
ガオンとガストンは殺気だった声をあげる。
「訓練、これが訓練ですか?」
イザークにはわけが分からなかった。兵士は戦いに備え、訓練に努めねばならない。だが訓練はあくまでも訓練だ。訓練で怪我をして死んでしまっては意味がない。そのため訓練では木剣を使用し、当たりそうな時は寸止めをするのが習いである。
「こんなものは訓練と言えません! ただの殺し合いです!」
「貴様には関係のないことだ、イザーク!」
「この程度で死ぬのならば、それまでよ!」
二体の兄が吠える。何故そこまでするのか、イザークには分からなかった。そこに割って入る声があった。
「兄上もガストンも、その辺にしておけ」
イザーク達が顔を向けると、そこには白い衣を着込んだ魔族がいた。ガオン達に劣らぬ巨躯であるが、鎧は着ておらず、肩に三色の宝玉がついた杖を担いでいる。
ガリオスが四男のガダルダであった。同じガリオスの息子であるが、魔法をよく使うこの男は、ほかの兄弟とは違った空気を纏っている。
「止めるな、ガダルダ!」
「そうだ! 我らは実戦を想定して訓練をしているだけよ!」
吠えるガオン達に、ガダルダはつまらなそうに顔を顰める。
「ふむ、訓練か。確かに訓練は大事だ。しかし今やらなければならないことか? 今は将兵こぞって砦の強化に明け暮れておる。訓練をしている場合か?」
白い目で指摘するガダルダに、ガオンとガストンは言葉を呑み込む。
「それに、魔王軍は強さこそが正義。我らは年嵩で兄ではあるが、イザークのほうが強い。イザークに従うべきではないか?」
ガダルダの言葉に、ガオンとガストンは目を剥く。魔族は武を尊び、強者が正しいとする倫理が存在する。これは時に年齢や軍隊での階級すら超えることがあった。
ガオンとガストンは顔を歪め、噛み締める牙の隙間から唸り声を漏らす。
「そんな、私が強いだなんて……」
イザークは首を横に振った。しかしガオンはその場に崩れ落ちるように膝をついた。両手に握っていた双剣も手放し項垂れ、両手を地面につく。ガストンは槍を握り締め天を仰ぐ。
「何故だ! 何故我が血は目覚めぬ!」
「我らもガリオスの子ぞ!」
ガオンは地面を殴りつけ、ガストンが吠える。両者の声は慟哭となっていた。
血の目覚めという言葉に、イザークは兄達の焦りの原因を理解した。
先程の事故現場で、イザークは女魔族を助けるために、普段の何倍もの力を発揮した。魔族であっても常識はずれの力だが、父のガリオスも同じことが出来た。
ガオンとガストンは同じことを自分達も出来るはずだと、無茶な訓練を行っていたのだ。
地面を殴りつけるガオンの拳が、裂けて血が滲む。
「いけません、兄上」
自分を傷つける行為を見過ごせず、イザークはガオンの腕を止める。
「うるさ……」
ガオンはイザークの手を振り払おうとしたが、その言葉を呑み込む。そして苦しげに顔を歪めて立ち上がり背を向けた。その背にガストンも倣う。
「どこへ?」
「兵の様子を見にいく! それでよかろう!」
ガダルダの問いに、ガオンが怒鳴って返す。ガダルダはそれ以上何も言わず、去っていく二体を見送った。兄達の背中を見て、イザークはどうすればいいのか分からなかった。迷うイザークにガダルダが口を開く。
「気にするな。奴らが弱いのは奴らの問題だ。そして自らの弱さを受け入れられぬのも、奴らの問題。お前が気にすることではない」
ガダルダはヒラヒラと手を振るが、イザークは兄達とどう接すればいいのか分からない。
「イザークよ、強者には強者の振る舞いがある。慈悲や情けは、他者を傷つけると知れ」
ガダルダは溜息を一つして忠告する。兄の指摘にイザークは何も言えない。
「む、翼竜か」
イザークを見ていたガダルダが、視線を跳ね上げる。イザークも視線を追うと、三頭の翼竜が西から向かってくるのが見えた。
翼竜の茶色い首には黒い布が巻かれ、竜の紋章が見えた。魔王軍の翼竜部隊だ。
「確か……ゲラシャが来て軍議をする予定だったな」
ガダルダはグラナの長城を守る副将の名をあげた。元はローバーンで財務長官をしていた魔族だが、二年程前に失脚し、現在では最前線にまで飛ばされているのだ。
「ということは、今から軍議ですか?」
「そうだ。イザークよ、この軍議にはお前も参加しろ」
ガダルダはイザークの返事を待たずに歩き出した。
「お待ちください、私にはその資格がありません」
イザークは歩き出す兄に言い返した。軍議は簡単に参加出来るものではない。ギレ山砦には一万体の兵士が詰めており、総大将であるガリオスを筆頭に、千体の兵士を指揮する千竜将が脇を固めている。イザークはドルガ千竜将率いる千竜隊の一部隊長にしかすぎず、軍議に参加するには十分とはいえなかった。
「なに、一体増えたところで誰も気にせぬ。経験と思え」
肩越しにガダルダに言われ、イザークは仕方なくその背中を追った。




