第三十六話 兄達
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イザークがギレ山砦の内部を歩いていると、行く手から地響きと共に一頭の竜がやってくるのが見えた。その竜は体が平べったく、まるで潰れているようだった。全身はゴツゴツとした鱗で覆われ、尻尾の先には大きな瘤が塊となっていた。
やってきたのは、竜の中でも装甲竜と呼ばれる竜だった。背中には何本もの丸太がくくりつけられ、手綱を持つ魔族に先導されて荷物を運んでいた。
「ルド!」
装甲竜の姿を見て、イザークは声を跳ね上げて名前を呼んだ。ルドはイザークが子供の頃から育てたため、兄弟のような存在となっている。
イザークに気づいたルドは、手綱を持つ魔族を追い越してイザークの元に駆け寄ってくる。
「こらこら、荷物を背にして走ると危ないぞ」
イザークはルドに注意した後、先導していた魔族に頭を下げる。
「すまない、迷惑をかけていないか?」
「これはイザーク百竜長。大事な竜をお貸しいただき、ありがとうございます。おかげで資材の運搬に助かっております」
手綱を手にする魔族が頭を下げる。装甲竜は重鈍で脚は速くない。しかし力は強く、重い荷物を運ぶことが出来た。また背中が平べったいため、荷物を載せやすいという特徴もある。工事では何かと役に立つため、資材の運搬に貸し出したのだ。
「そうか、よくやったな。ルド」
イザークが腕を伸ばし鼻の頭を撫でてやると、ルドは嬉しそうにブンブンと尻尾を振った。だが装甲竜の尾には大きな瘤がついており、拳骨竜とも呼ばれている。尾の周りには誰もいなかったのでよかったが、もし当たると大変なことになる。
「こら、気をつけろ」
注意したが、ルドは分かっているのかいないのか。イザークの手に額を擦り付ける。
「よく懐いていますね」
「いつまでも子供で困るよ」
手綱を持つ魔族に、イザークは笑みを返す。
ルドが生まれて間もないころ、イザークはルドを膝の上に乗せて撫でてやった。するとルドは短い尾をピンと伸ばし、一生懸命振って喜んでいた。今ではルドも成長し、イザークを乗せられるほどだ。しかしルドはまだ、イザークの膝の上に乗っているつもりらしい。
「ほら、後で遊んでやるから、もう少し頑張れ」
イザークは仕事の続きをするように促すと、ルドは鳥のような鳴き声をあげる。そして重い荷物もなんのその、足を弾ませ歩いていく。
嬉しそうなルドを見送り、イザークは砦の頂上部に向かった。
ギレ山砦の頂上部では、広場に幾つもの天幕が並んでいた。百竜長のイザークには、自分の天幕が与えられている。
天幕に入ったイザークは、布の上で横になった。すると疲労がじんわりと抜けていくのが分かる。少しうとうとしていると、鋭い金属音がイザークの眠りを切り裂いた。
戦いが始まったのかと、イザークは跳び起き周囲を見回す。だが兵士達の声は聞こえない。もし戦闘が始まっていれば、もっと大きな騒ぎとなっているはずだ。しかし剣戟の音はいまだ続いている。誰かが訓練でもしているのだろう。
少し休んだことで疲労も回復したので、イザークは立ち上がり天幕を出た。天幕を出てもなお、剣戟の音は続いている。かなり激しい打ち合いをしているようだ。誰が訓練しているのか気になり、イザークは音がするほうに向かった。
天幕の間を抜けて広場に出ると、二体の魔族が相対していた。片方は双剣を両手に構え、もう片方は双頭の槍を携えている。イザークはこの二体の魔族を知っていた。彼らはイザークの兄だ。双剣の魔族が三男のガオン、双頭の槍を持つのが五男のガストンだ。
ガオンとガストンは仲がよく、一緒にいることが多い。だが対峙するガオンとガストンは、目に殺気を宿していた。
武器を手に、睨み合う両者が動く。ガオンが右の剣を振りかぶり、勢いよく振り下ろす。ガストンは双頭の槍で迎え撃つ。両者の刃が激突し、轟音と共に火花を散らす。刃をぶつけ合うガオンとガストンは一歩も譲らず、互いに押し切ろうと握る刃に力を込める。
刃が擦れ合いきしみ声をあげ、武器を握る腕の筋肉が膨らみ震える。
両者一歩も引かぬ互角。押し合う刃が滑り、互いの二の腕を掠めて流血の尾を引く。しかしガオンとガストンは傷など気にせず刃を振るう。
ガオンが左の剣を跳ね上げて、下段から切り上げる。ガストンが槍で受けると、ガオンは右の剣を上から振り下ろした。
ガストンは双頭の槍で左剣を払い、槍を半回転させ右剣をいなそうとする。だがこれを読んでいたガオンは、双剣を引き槍の回転から逃れる。
ガオンは右の剣で、ガストンの顔に目掛けて突きを放つ。対するガストンも槍を振り下ろしガオンの首を狙う。
両者必殺の攻撃。ガストンは首を捻って突きを回避し、ガオンも左剣で槍を弾く。しかし回避と防御は完全ではなく、ガストンは頬が切り裂かれ、ガオンも弾いた槍が額を掠め出血する。
傷を負った両者は数歩離れ距離を取る。二体は血を零すも、戦意は全く衰えない。互いに血で顔を赤く染めながらも、ガオンは蛇のように叫び、ガストンは猛禽のように吠える。
殺意に燃えるガオンとガストンの瞳は、どちらかが死ぬまでやめぬと物語っていた。
「待って、やめてください!」
イザークはたまらず飛び出し、兄達の間に割って入った。




