第三十五話 部下に信頼される方法
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イザークがダムドラと話していると、陣地で大きな地響きが起きた。同時に魔族の叫び声が聞こえてくる。慌てて目を向けると、建設途中の物見櫓が倒壊していた。
イザークはダムドラと目を見合わせた。砦の工事は突貫で行われている。十分な安全確認がなされておらず、事故が起きてしまったのだ。
イザークはダムドラと共に事故現場に向かって走った。事故が起きた現場では、丸太が折り重なるように倒れている。周囲では何体もの魔族が倒れ、呻き声が上がっていた。
崩れた櫓は完全に倒壊してはおらず、不安定な状態となっていた。このままではさらに崩れ、二次災害となるかもしれない。その前に負傷者を運び出さなければいけなかった。
「大丈夫か、しっかりしろ! 衛生兵を呼べ!」
イザークはほかの魔族と共に、倒れている魔族を助け起こし救助する。
「頼む、誰か手伝ってくれ! 俺達だけじゃ駄目だ」
救助に専念するイザークの耳に、助けを求める声がした。目を向ければ二体の魔族が、倒壊した丸太を持ち上げようとしていた。丸太の下には、白い鱗の魔族が挟まれている。
周囲にいた魔族達が駆け寄り、丸太を持ち上げて下敷きとなった魔族を助け出そうとする。イザークもこれに加わり、倒れた丸太に手をかけた。そして全員で力を合わせて丸太を動かそうとしたその時、残っていた櫓の一部が傾き始めた。
「あぶない! 崩れるぞ! 下がれ!」
倒壊の危険を察知した誰かが叫ぶ。丸太を持ち上げようとしていた魔族達は、慌てて退避した。イザークも下がろうとしたが、その時、丸太の下敷きになっている魔族が目に入った。その魔族は小さく、まだ子供で、何より女だった。さらなる倒壊に巻き込まれれば、この女魔族は確実に死んでしまうだろう。
「イザーク百竜長! 下がって」
ダムドラが叫ぶ。逃げようとしていたイザークは、下敷きになっている女魔族の口がかすかに動いたことに気づいた。
母さん……。
確かにそう呟いた。その口の動きに気づいた時、イザークは倒れてくる丸太に対し、両手を広げて立ち向かった。
津波のように押し寄せる丸太が、イザーク目掛けて倒れてくる。だがイザークは一歩も引かず、声とともに前に踏み出した。
巨大な木材がイザークの腕や体、頭に激突する。イザークの体は丸太の重量に負けて沈み、潰されそうになった。だがその時、大きな鼓動がイザークの胸を打った。心臓が高速で脈打ち、イザークの視界が真っ赤に染まる。すると腹の底から力が湧き上がり、四肢に漲る。
倒れそうになったイザークの体が止まり、崩れ落ちる木材を押しとどめる。
周りで見ていた魔族の間から、どよめきが走る。イザークは全身で丸太を支えながら、避難した魔族達がいるほうを見た。
「そこを! どけ!」
イザークは噛み締める牙の隙間から声を漏らす。意味に気づいた魔族達が慌てて退避して場所を開ける。イザークは全身の力を振り絞り、両手に抱える木材を放り投げた。
轟音と共に何本もの丸太が薙ぎ倒されて転がる。イザークは肩で息をしながら振り返り、下敷きとなっていた魔族を見た。女魔族は自分が下敷きになっているのも忘れ、目を丸くして見上げていた。そのせいであどけない顔がさらに幼くなり、本当に子供に見えた。こんな子供を、戦場に連れてきてしまっているのだ。
「大丈夫ですか! イザーク百竜長!」
ダムドラが駆け寄ってくる。するとイザークを見るなり歴戦の副官は目を丸めた。
「百竜長、目が!」
「ああ、赤くなっているか? 安心しろ、すぐ治る」
イザークは大したことはないと、手を軽く振った。
これは毎度のことだった。イザークは窮地に陥ると、体の底から力が湧き上がってくることがあった。その時、目が充血するのか真っ赤に染まるのだ。鏡を見るとちょっと心配になるが、しばらくすると元に戻るので問題ない。しかし安心しろと言ったイザークの足はふらついていた。この力を使った後はすごく疲れる。立っていられないほどになる。
ふらつくイザークをダムドラが支えようとする。だがその手を拒否した。自分は百竜長であり隊長なのだ。副官に支えられているところなど、見せるわけにはいかない。
「俺よりも、こっちを手伝ってくれ」
イザークは残っている力を振り絞り、女魔族の上に倒れている丸太に手を掛ける。力が尽きているため、ほんの少ししか持ち上がらない。だがダムドラがすぐに、隙間から女魔族を引っ張り出してくれる。イザークはゆっくりと丸太を下ろし、木によりかかった。本当に疲れた。
丸太で体を支えながら、イザークは救助された女魔族を見た。白い鱗をした女魔族は、小柄で華奢な体をしている。足を打ったようだが、大きな外傷は見当たらない。すぐに白い服を着た衛生兵がやって来て、手際よく女魔族を担架に乗せる。
「あり、がとう……」
担架に乗せられた女魔族が、黄色い瞳に涙を浮かべて礼を言う。イザークは後送されていく魔族を見送った。女魔族が見えなくなると、イザークは大きく息を吐いた。
「大丈夫ですか? 無茶をされるから」
「ああ、問題ない。ところで、どうすればいいんだ?」
イザークの問いに、ダムドラが首を傾げる。
「さっきの話の続きだ。部下に尊敬される方法だよ」
説明して答えを促すと、ダムドラは目を丸めた後に笑った。
「貴方に私の教えは必要ないでしょう」
「それはどういうことだ?」
「そのままの意味ですよ。それより少し休んできてください。疲れているところを、部下に見られたくはないのでしょう」
ダムドラは、ギレ山砦の頂上部に目を向けた。岩山の頂上には天幕が張られており、休むことが出来る。疲れていることは事実であったため、イザークは忠告に従い休むことにした。




