第三十四話 百竜長はつらいよ
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幾つもの足跡が残る土の上に、茶色い鱗で覆われた足がおろされた。黒い鎧を着て歩むのは、ガリオスの七男イザークであった。
イザークは左手を掲げると、ごつごつした鱗に覆われた頭をボリボリと掻いた。視線は右手に持つ図面に注がれている。イザークが顔をあげると、そこには何体もの魔王軍の兵士がいた。しかし手に持つのは槍や剣ではなく、鶴嘴に円匙であった。
兵士達は地面を掘り返し、一直線に続く穴を掘っている。視線を移すと、縄で縛られた丸太がいくつも地面に立てられ、壁が出来つつあった。
今イザークがいるのは、ギレ山砦と呼ばれる場所だった。元はローエンデ王国という国が作り上げた砦であり、何年も前に廃棄されていた。しかし今は魔王軍が修繕を加え、再利用している。そして人間達に対抗する前線基地として、一万体の兵士が駐屯していた。
イザークは手元の図面と、工事が行われている現場を何度も見返す。
修繕されたギレ山砦は、幾つも柵が連なり壁や土塁が築かれていた。一見すると強固な砦に見えるが、これらの柵や壁はほんの数日前に作った簡易的なものだ。本格的な戦闘には耐えられない。そのため魔王軍総出で砦の工事を行い、防衛力の強化に当たっていた。
「イザーク百竜長!」
図面を片手に歩くイザークに、鋭い声がかけられる。振り向くと一体の魔族が駆け寄る。顔には歴戦を示す太刀傷が走り、左目が潰れて隻眼であった。
「ダムドラ、ほかの進み具合はどうだ?」
イザークは駆け寄る魔族に声を返す。イザークは昇進し、百体の魔族を率いる百竜長となっていた。ダムドラはその一つ下の百竜長補の位にあり、イザークを補佐する副官である。
「はい。サーゴ隊とゴノー隊が受け持っている箇所は順調に進んでおります」
ダムドラが額に手を当て、敬礼しながら報告する。
サーゴとゴノーはイザークの友であり、十体の魔族を指揮する十竜長に昇進していた。二体共よく兵士をまとめ、イザークを助けてくれている。
「ベルム隊とアセム隊が遅れ気味ですが、まだ許容範囲内です。あと柵を設置するのに不足していた縄ですが、こちらは都合がつきました」
「本当か? どうやって集めた?」
朗報にイザークは声を明るくした。突貫で進めている砦の工事だが、工事に必要な物資が足りていなかったのだ。イザークにはどうすればいいのか分からなかった。
「それについては、まぁ……」
ダムドラは言葉を濁す。その態度にイザークは不正規な方法で入手したことを察した。しかしイザークはこの件に関して、これ以上追及しないことにした。
厳密にいえば軍規違反かもしれない。しかし軍隊において、物資の都合をつけることは必要悪とされていた。武器に食料に物資、これらがなければ兵士達は満足に戦えない。場合によっては部下が死ぬかもしれないのだ。隊長としては盗んででも物資を揃える必要があった。
「さすがですね」
イザークは感服した。初陣から二年が経過しているが、自分はまだまだ経験が足りない。問題に直面すると、どうすればいいのか迷ってしまう。一方経験豊富なダムドラは、イザークが迷っている間に問題を解決してくれる。
熟練の行動に、イザークは敬意の目を向けた。しかし対するダムドラは目を細めて睨む。
「イザーク百竜長。私は貴方の部下です。私に敬語を使わないでください」
ピシャリとした言葉にイザークは息を呑む。
「し、しかし、軍歴では貴方が上ですし……」
イザークの言葉は尻すぼみに小さくなる。イザークは十六歳で、まだ戦場に出て二年しか経っていない。一方ダムドラはというと、イザークとは倍ほども年が離れており、一兵卒からの叩き上げだ。イザークがよちよち歩きの頃には、もう軍隊に入隊していたのだ。
「それに私には、百竜長はまだ早い」
声とともにイザークは視線を落とした。
百体の兵士を率いる百竜長は、結構な身分といえた。少なくとも新米の自分がなっていいものではない。急な出世の理由は、イザークの父が魔王の実弟ガリオスだからだろう。
親の威光で出世したことが、イザークは恥ずかしくてたまらなかった。
イザークが顔をあげると、ダムドラの単眼は凍えるほど冷たかった。
「それがなんだというのです。理由はどうあれ、貴方は百竜長になったのです。任官されたからには、身も心も隊長になってもらわないと。敵は貴方の言い訳など聞いてはくれませんよ」
ダムドラの言葉に、イザークはハッとした。謙遜と引け目からの言葉だったが、見方を変えれば言い訳でもあった。分不相応な立場であるが、自分が立場に相応しい行動が出来なければ兵士が死ぬのだ。
「……そうだな、そうする。しかし私には分からないことが多い」
「ご安心を、そのために私がいます」
ダムドラの力強い言葉を聞き、イザークは嬉しくなる。
「では一つ聞きたい。部下とどう接するべきか? 特に私より若い者がいて困っている」
これは目下最大の悩みであった。本来なら少しずつ昇進し、数体の兵士を与えられて接し方を覚えていく。しかしイザークは戦場に出てまだ二年目だと言うのに、すでに百体の部下を任されていた。しかも部下の中には十三歳や十四歳と言った若い者が多く、中には女の魔族もいる。どう接していいのかも分からない。
「我が隊は若い者も多いですからね、苦労するでしょう」
ダムドラは顎を頷かせる。周囲を見回せばイザークの部下である兵士達は、皆が若く小柄だった。魔族は十五歳で元服とされているが、多くの兵士がそれより下回っている。
「兵員不足であるため仕方がないが……」
イザークは続く言葉を呑み込んだ。
魔王軍では兵士の数が圧倒的に足りていなかった。ここより西にあるローバーンでは、魔族の移民が多く住んでいる。若い男を徴兵し兵士として訓練しているが、それでも足りない。そのため通常であれば兵士として採用しない、若者や女性も徴兵しているのだ。
「厳しくせねばならないと分かっているのだが……」
自分よりさらに若い兵士達を見て、イザークの声も小さくなる。
イザークは元服しているが、年嵩の魔族から見ればまだまだ尻に殻の付いたひよっ子だ。だが周囲にいる部下達は、そのイザークから見ても子供に見えるのだ。
「甘く接してしまう気持ちは分かります。ですが子供と思うならば、より厳しくせねばなりません。彼らが子供でなくなるまで生かすこと。それが我々の責務ではありませんか」
副隊長の言葉に、イザークはまたも教えを得る。確かにそのとおりだった。子供だからと甘やかして死なせてしまえば、それこそ本末転倒だ。
「それと隊を率いる者は、兵士に好かれる必要はありません。部下から集めるのは尊敬や敬意です。この違いは分かりますか?」
ダムドラの言葉にイザークは頷いた。微妙な違いであるが、大事なことなのだろう。
「なんとなくだが分かる。だがどうすれば尊敬されるのだ?」
「それは……」
ダムドラが口を開きかけたその時だった。突如大きな響きがイザークの耳を貫いた




