第3話:襲来
エナリアが先頭を歩く。
その後ろでは、ウォルがウティナの手を引いていた。
木製のドアを押して開けると、出迎えてくれたのは上品なローブをまとった銀髪の女性だった。
「シオンさん」
「あら、エナリア、おかえりなさい」
エナリアの母親であるシオンは、「おばさん」と呼ばれるのを嫌がり、ウォルには名前で呼ぶように頼んでいた。
娘によく似た絶世の美貌には、歳月の痕跡などまるで見当たらない。
「それからウォル、ウティナを送ってくれてありがとう。お茶でも飲んでいく?」
彼女は優しく微笑みながら声をかける。
「ううん、お母さん。私、これからウォルと一緒に裏山で魔法の練習をしてくるの」
エナリアは部屋から持ってきた杖を軽く掲げた。
「そうなのね、気をつけて行ってらっしゃいね~」
シオンはウティナを抱き上げ、優しく言った。
「にに、ばいば~い」
ウティナも幼い舌足らずな声で、小さな手をぶんぶん振った。
名残惜しそうに手を振るウティナを見送り、
ウォルは自分で鍛えた装備一式を身につけ、エナリアとともに山へ向かう準備をする。
「でも、本当に毎回そんなフル装備をする必要があるの?」
エナリアは不思議そうにウォルを見つめた。
裏山には何度も来ているが、せいぜい小動物が出る程度で、危険らしい危険はほとんどない。
それなのにウォルは、軽量の鎧をまとい、腰には片手剣を提げ、左手には鋼の盾。
さらにベルトには回復薬と投擲用の短剣が何本も差し込まれていた。
「備えあれば憂いなし、ってね」
ウォルは笑ってごまかす。
「ウォルって、本当に心配性なんだから」
エナリアはそんなウォルにもすっかり慣れた様子で、杖を構えて魔法の練習を始めた。
真剣な表情で杖を掲げ、離れた場所に向かって魔法を放つ。
エナリアの適性は氷。
使う魔法も基本的には氷属性ばかりだった。
ウォルは横目でその様子を見つめる。
放たれた氷の矢は一本の木を貫き、そのまま木全体を一瞬で氷の結晶へと変えてしまった。
(……これ、初級魔法の威力には見えないんだけど)
さっきエナリアに聞かれたことに対しても、ウォルは本当の理由を話せなかった。
魔物の大群による襲撃――魔潮。
原作では勇者が幼い頃に起こるとしか語られておらず、具体的な時期までは分からない。
(いつ魔潮が来ても、おかしくないからな)
だからこそ、ウォルは自分のためにこの装備一式を作り上げた。
最初は、自分のアビリティ「霊鍛」を試してみたかっただけだった。
父親の工房から端材を少し借り、試しに鍛冶をしてみたのである。
すると、出来上がった品は予想以上の完成度だった。
今腰に提げている片手剣も、そのときの作品だ。
「うちの息子は天才だ!」
父親のナクスが完成品を目にした際、大喜びで母を抱き上げ、その場でくるくると回っていた。
今にも村中へ自慢しに行きそうなほど誇らしげだった姿を、ウォルは今でも鮮明に覚えている。
それ以来、工房は自由に使わせてもらえるようになり、ウォルも暇さえあれば鍛冶の腕を磨くようになった。
そうして少しずつ、今の装備一式を揃えていったのだ。
エナリアが魔法の練習をしている間も、
ウォルは手を休めることなく、近くに設置した警戒装置の様子を確認して回る。
「警戒装置が二つ壊されてるな」
しゃがみ込んでしばらく調べる。
「……たぶん、小動物か」
そう判断したものの、警戒を解くことはなかった。
ウォルは思索に耽る。
長年一緒に過ごしてきたおかげで、ようやく両家の関係が分かってきた。
(まさか父さんと母さんが、あの人たちのパーティーメンバーだったなんて)
だが、そうなると一つ納得できないことがある。
勇者の両親と同じパーティーなら、本来は物語でもかなり重要な人物のはずだ。
それなのに、前世の記憶にあるゲームには、自分の両親に該当する人物は一度も登場しなかった。
さらに恐ろしいことに、
エナリアのような、これほど優れた才能と美しい容姿を持つ少女ですら、原作には存在していない。
一度たりとも登場しなかったのだ。
もし原作に彼らがいなかったのなら、考えられる可能性は二つ。
運命が変わったか。
あるいは――
もっとも残酷な可能性。
彼らは全員、魔潮で命を落とした。
(そんな未来には、絶対にさせない)
ウォルは胸の内で静かに誓う。
そのときだった。
彼はわずかな違和感を覚え、勢いよく顔を上げる。
山に満ちていた虫や鳥の鳴き声が、いつの間にか完全に消えていた。
(何か来る!)
その瞬間。
森の縁に仕掛けていた警戒装置が、次々と反応した。
「エナリア!」
ウォルは片手剣を抜き放ち、エナリアを背中にかばう。
警戒装置が反応した方向を、鋭く見据えた。
「な、何!?」
エナリアも慌ててその先へ目を向ける。
ドォォンッ!!
激しい地響きとともに、太い木々が次々となぎ倒されていく。
まるで巨大な何かが、凄まじい勢いで森を突き進んでくるかのようだった。
次の瞬間。
全長五メートル近い巨大な魔熊が木々を押し倒しながら姿を現す。
「グオオオオオッ!!」
魔熊は山中に響き渡る咆哮を上げ、凶暴な爪で傍らの大木を薙ぎ払った。
大人が両腕でようやく抱えられるほど太い木が、一撃で真っ二つに折れ、轟音とともに倒れる。
喉の奥から響く重々しい息遣いだけでも、背筋が凍るほどの威圧感があった。
赤く血走った巨眼が、ウォルを射抜くように見据えた。
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