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勇者が女の子になったって、どういうこと!?  作者: 天月瞳


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第4話:絶望との対峙

「アースベア……どうしてこんな場所に……」


ウォルは自分より何倍も巨大な魔熊を見上げ、息苦しさすら覚えた。


目の前の魔熊には見覚えがある。


かつてゲームの中ではただのザコ敵に過ぎなかった魔獣だ。


序盤ですら、回復薬を飲みながら力押しで倒せる相手だった。


だが、現実で目の当たりにすると――


(……想像してたより、でかすぎる)


魔熊の関節は硬い岩石に覆われていた。


その姿こそ、「アースベア」と呼ばれる所以なのだろう。


この世界では10レベルごとにひとつの「階級ランク」が分かれている。


階級の差は、単純に能力値が倍になる程度では済まない。


極端な話、第二階級のアースベアなら、第一階級の冒険者十数人を相手にしても容易く蹴散らせる。


ましてや今ここにいるのは、第一階級のウォルとエナリアだけだった。




ウォルはこれまで幾多の鍛錬を積んできたのだから、敵を前にしても冷静でいられると思っていた。


だが現実は違う。


剣を握る指先が、かすかに震えていた。


「ウ、ウォル……どうしよう?」


背後から震える声が聞こえ、ウォルはチラリと後ろを振り返った。

蒼白になった小さな顔と、すっかり血の気を失った唇が目に入る。


「大丈夫だ」


ウォルは無理やり自分を落ち着かせ、武器を握り直す。


「今から君は山を下りて助けを呼びに行ってくれ。こいつは俺たちだけでどうにかできる相手じゃない」


「ウォルはどうするの?」


エナリアは焦った声で尋ねる。


「もちろん俺が時間を稼ぐ。さっきのアイツの速さを見たろ?山道で逃げ切れる相手じゃない」


ウォルはあえて軽い口調で答えた。


「大丈夫。俺はフル装備なんだから」


しかし、その作戦は一瞬で崩れ去る。


アースベアは両前脚を土色の光で包み込み、そのまま地面へと叩きつけた。


大地が水面のように激しく波打つ。


「危ない!」


ウォルは叫び、盾を構える。


激震とともに、大地は無数の岩の槍となって二人へ襲いかかった。


エナリアはとっさに氷の盾を展開し、地面から突き出す岩槍を防ぐ。


だが、地面そのものの揺れまでは防げなかった。


「きゃっ!」


悲鳴とともに体勢を崩し、そのまま地面へ転倒する。


ウォルは全力で岩槍をかわし、避けきれないものだけを盾で受け流した。


「エナリア! 大丈夫か!」


彼女のもとへ駆け寄る。


「……足が」


苦しそうな声を漏らすエナリア。


右足は赤く腫れ上がり、不自然な角度に曲がっていた。


転倒した際に痛めたのだろう。


「これを使え」


ウォルは腰から回復薬を一本取り出し、彼女へ投げ渡した。


だが、それは最低級の回復薬。


すぐに動けるほどの効果は期待できない。


(くそっ……こうなったら賭けるしかない! そうだ、昔護身用に作っておいたやつがある!)


ウォルは腰から自作の唐辛子水の瓶を取り出し、そのままアースベアの顔面へ投げつけた。


瓶が鼻先で砕けて、飛び散った液体は顔に浴びせられ、刺激で目を開けられなくなった。


「グオオオッ!!」


苦しげな咆哮が響く。


その隙を逃さず、ウォルは岩に覆われていないふくらはぎへ全力で剣を振り下ろした。


キィンッ!


凄まじい反動が剣を伝って腕へ走る。


手元がじんじんと痺れた。


まるで鉄柱を斬ったような感触だった。


毛皮を浅く裂いただけだった。


「硬すぎるだろ!」


激怒したアースベアは巨大な右前脚を振り下ろす。


ウォルは慌てて回避し、同時に盾を斜めに構えて衝撃を受け流す。


「ぐっ!」


かすっただけで、鋼鉄の盾はわずかに歪んだ。


ウォルはすぐにエナリアから離れる方向へ駆け出す。


狙いどおり、アースベアの視線はウォルへ向いた。




「こっちだ!」


ウォルは剣の柄で鋼の盾を打ち鳴らす。


甲高い金属音が森へ響いた。


敵の注意を引きつけると同時に、わずかな魔力を流し込み、《霊鍛》を発動する。



ギィィン――


歪んだ盾が金属の悲鳴を上げながら形を変え、逆再生するように形を取り戻した。


まさか自分のアビリティが、実戦でこんな使い方までできるとは思ってもいなかった。



ウォルは再び踏み込んだ。


アースベアの速度は脅威的だが、その巨体ゆえに一撃ごとの隙はわずかに生まれる。


前脚の外側へ潜り込み、腹の下を駆け抜ける。


それだけが、生き残るための唯一の方法だった。



ウォルは知っている。


自分が退けば、死ぬのはエナリアだ。



「それにしても、攻撃範囲が広すぎるだろ!」



アースベアの怪力を正面から受け止めることなどできない。


だから必死に避け、避けきれない一撃だけを盾で受ける。


それでも、その衝撃だけで全身に激痛が走った。


全身を苛む激痛に耐えながら、彼は一定の間合いを保ち続ける。


そして僅かな空隙を突いては回復薬を口へと流し込んだ。

傷口を塞ぐ程度しかできないが、少し役に立つ。



「エナリア! 空に向かって、何でもいいから目立つ魔法を放つんだ!」


逃げられない以上、山の下にいる村人へ助けを求めるしかない。


ウォルの声を聞いたエナリアは、痛む足でどうにか立ち上がり、杖を空へ掲げた。


歯を食いしばりながら魔法を放つ。


「オーロラ・スキャッター!」


眩い氷の光線が天空へ突き抜ける。


やがて夜空に咲く花火のように、美しい氷の光が四方へ弾け散った。


その輝きに、アースベアの注意が向く。

首を巡らせ、エナリアへ向けて低い唸り声を上げる。


「まずい!」


ウォルの顔色が変わる。


アースベアは右爪を振り上げ、そのままエナリアへ叩きつけようとしていた。


当のエナリアは恐怖で体が硬直し、


迫り来る巨大な熊の爪を呆然と見上げている。


ウォルは迷わず飛び込んだ。


エナリアを抱き倒し、そのまま地面を転がる。


間一髪で致命の一撃をかわした。


だが立ち上がった瞬間、


横薙ぎに振るわれた左前脚がウォルを直撃した。



盾で受けるのが精一杯だった。


圧倒的な衝撃が盾ごと貫いた。


バキィッ!!


鋼鉄の盾が完全に陥没した。


ウォルの体は砲弾のように吹き飛ばされ、背後の大木へ激突した。

血に染まった防具が粉々に砕け散っていく。


「がはっ!」


ウォルは大量の鮮血を吐き散らした。


視界が急速に闇へと呑まれていく。


「ウォル――ッ!!」


アースベアは気絶した少年へ、とどめの一撃を振り下ろそうとする。



その光景を見たエナリアの胸は、怒りと絶望で埋め尽くされた。


彼女は震える手で杖を構える。


「アイシクル・スピア!」


今の彼女が使える、最強の攻撃魔法。


鋭く輝く氷の槍が一直線に飛び、アースベアのふくらはぎを貫いた。


傷口から瞬く間に氷が広がっていく。


「グオオッ!」


激痛に吠えたアースベアは、自分を傷つけた銀髪の少女へ振り向いた。




「来いよ!」


エナリアは涙を滲ませながらも、一歩も引かなかった。


足は震えている。


それでも杖の切っ先は、真っ直ぐアースベアを捉え続ける。


「今度は、私がウォルを守る!」


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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