第2話:勇者の隣人は危険すぎる
魔法使いのローブをまとった銀髪の少女は、タオルと水筒を持ち、もう片方の手で金髪の幼女の手を引いていた。
二人はゆっくりと裏庭へ向かう。
まだ姿が見える前から、剣が風を切る鋭い音が聞こえてきた。
上半身裸の少年が、一心不乱に片手剣を振るっている。
全身の筋肉はまるで岩を削り出したように引き締まり、鋭い輪郭を描いていた。
短い黒髪は一本一本が逆立っている。
大人より頭一つ高いその少年が、まだ十三歳だと誰が思うだろうか。
少年の姿を見つけた金髪の幼女は目を輝かせ、嬉しそうに駆け寄ろうとした。
「待って。ウォルの鍛錬が終わってから行こうね」
銀髪の少女は優しく妹を引き止める。
幼い少女も聞き分けよく頷き、その場でウォルを見つめていた。
「うん! まつ!」
銀髪の少女の視線は、ついウォルの裸の上半身へ吸い寄せられた。
その瞬間、頬をほんのり赤く染め、慌てて視線を逸らした。
それほど待つことなく、ウォルはその日の鍛錬を終えた。
「はい、お水とタオル」
「ありがとう、エナリア」
ウォルは受け取ると、まずは水を一気に飲み干し、それからゆっくり汗を拭った。
「違うでしょ?」
「?」
まだ幼さは残るものの、美少女になりつつある少女が、腰に手を当てて頬を膨らませる。
整った顔には、不満がありありと浮かんでいた。
「ここは『お姉ちゃん、ありがとう』でしょ」
「一歳しか違わないじゃないか」
ウォルは首を振る。
どうしてそこまで「お姉ちゃん」にこだわるのか、まるで理解できなかった。
「一歳でもお姉ちゃんはお姉ちゃんよ。だから、お姉ちゃんって呼んで」
前世を含めればおじさんと言っていい年齢のウォルが、未成年の少女を「お姉ちゃん」と呼ぶのは抵抗がある。
適当に相槌を打って、その場をごまかした。
そのとき、ついに我慢できなくなった幼い少女が、ぷにぷにした小さな手でウォルのズボンの裾をつかむ。
「にに、だっこ」
「ウティナ、今は汗だくだから、あとで抱っこしてあげるね」
ウォルは拭いたばかりの手で、そっと少女を制した。
「だっこ~」
ウティナは頬をぷくっと膨らませ、不満そうな甘い声を上げる。
「いい子だから、我慢しような」
ウォルは小さな頭を優しく撫でる。
「うぅ~」
ウティナは少しだけ寂しそうに頷いた。
ウォルはウティナの顔を見つめる。
その無邪気な瞳を見ていると、胸の奥が少し痛んだ。
何がどうしてこうなったのかは分からない。
だが、目の前にいるこの金髪の幼女こそが、未来の勇者になるはずだった。
(でも、世界を救うなんて大役を、この子に背負わせていいのか?)
「昔はあんなにいたずらっ子だったのに、こんなに真面目に鍛錬するようになるなんてね」
エナリアは話題を変え、感慨深そうに言った。
「しかも毎日続けるなんて」
「それは、その……」
ウォルは言葉に詰まる。
昔のことを、まさか「経験値稼ぎのため」とは言えるはずもない。
自分が勇者の隣人だと知った日。
ウォルは人生設計を即座に変更した。
生き延びること。
何があっても、生き延びることだ。
勇者がいる世界で、一番危険なのは誰か。
間違いなく、勇者の身近な人間である。
そして王道RPGにおいて、最も危険なのは――勇者の故郷だ。
ウォルは覚えている。
幼い勇者の故郷は、かつて魔物の大群による襲撃を受けた。
大量の魔物が村へ押し寄せ、勇者の両親は必死に応戦するも敗北。
かろうじて勇者だけを連れて逃げ延びたものの、村は滅びてしまった。
生き残るために。
そして、村が滅ぶ未来を変えるために。
ウォルは強くならなければならない。
このゲームで最も手っ取り早く強くなる方法――
それは、レベルを上げることだった。
レベルが一つ上がるたびに能力値は伸び、さらにスキルポイントまで手に入る。
ウォル自身の検証によれば、
虫や小動物を倒しても経験値は獲得できる。
ただし、レベルが上がるにつれて獲得量は少しずつ減っていった。
そして、その情報を調べるために――
「ウォル! そのバケツいっぱいのカエル、一体何に使う気だ!?」
ある日、村人が青ざめた顔で叫んだ。
「おおっ、ウォルが石で鳥を二羽も落としたぞ! すげぇ!」
同年代の子どもたちは尊敬の眼差しを向けた。
そんなことを繰り返した結果。
ウォルは村人たちから、いたずら好きの問題児として認識されるようになってしまった。
「ウォルは冒険者になりたいの?」
エナリアが興味深そうに尋ねる。
「ああ、そのつもりだよ」
ウォルは頷いた。
冒険者という職業は、何をするにも都合がいい。
「そっか……」
エナリアは何かを考えるように頷く。
「じゃあウォル、今日も裏山での魔法の練習、付き合ってね」
魔法使いであるエナリアは、魔法を使うたびに大きな音が響く。
そのため、鍛錬はいつも人里離れた裏山で行っていた。
エナリアを一人で山へ行かせるのは危険だと思ったウォルが、一緒について行くと言い出したのが始まりだ。
今ではすっかり日課になっていた。
「分かった。装備だけ着替えたら行こう」
ウォルは気持ちよく頷くと、ウティナの手を握り、姉妹二人の家へ向かって歩き出す。
まずは、この小さな勇者を家まで送り届けなければ。
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