第3話:勇者の誕生……あれ?
ウォルは興奮した様子のエナリアを見つめ、すぐに結論を出すことはせず、そのまま話を聞くことにした。
前世、孤児院にいた頃、野良猫や野良犬を一匹拾ってきただけで、あちこちで「自分はお兄ちゃんになる」「お姉ちゃんになる」と自慢している子供を、彼は何人も見てきた。
しかし、エナリアの話を聞き終えたウォルは、今回の件はどうやら本当らしいと思った。
(そういえば、最近シオンおばさんをあまり見かけなかったな)
ウォルは思い返し、どうやらいくつか兆候があったことに気づいた。
「おめでとう。おばさん、いつ生まれるって言ってた?」
エナリアは小さな頭を傾け、真剣に考えてから答えた。
「ママが言ってた、夏だって」
「そうか」
ウォルは頷き、一つの考えが頭に浮かんだ。
(今度こそ、勇者だよな)
「弟なのかな、それとも妹なのかな」
エナリアは期待に満ちた目で空を見上げ、幸せそうな想像にふけっている。
「えへへ、私がお姉ちゃんだ」
(勇者なら、弟だろうな)
ウォルは心の中でそう考えながら、ただ静かにエナリアの話を聞いていた。
「じゃあ、いいお姉ちゃんにならないとな」
ウォルは優しくエナリアの頭を撫でる。
「うん!」
エナリアは力強く頷いた。
銀髪の少女と別れ、家へ戻ったウォルは、家事をしていたユミリに何気なくそのことを話した。
「母さん、シオンおばさんに赤ちゃんが生まれるって聞いた?」
「ん? エナリアちゃんから聞いた?」
ユミリはすぐに情報の出どころを察した。
「もちろん知ってるわよ。あの日、わざわざ私のところまで来て、出産のときに手伝ってほしいって言ってたもの」
「母さんが手伝うの?」
「ん? ウォル、まさか母さんが昔は上級薬師だったって、まだ知らなかったの?」
「薬師だったの?」
ウォルは少し驚いた。
だが、考えてみれば、二つの家はかつて同じパーティーの仲間だったのだ。
母親がただの一般人であるはずもない。
「ふふん、母さんのこと、見直した?」
ユミリはお茶目に片目をつぶった。
「もちろん。さすが母さん、すごいよ」
ウォルは迷うことなく答えた。
転生したばかりの頃、ウォルは、突然与えられたこの両親を受け入れられるのかと考えたことがあった。
実際には、自分が思っていたよりもずっと早く受け入れることができた。
一人は不器用だが誠実な父親。
もう一人は優しく善良な母親。
前世で孤児だった彼が一度も感じることのなかった両親の温もりを、この人生で一気に埋めてもらったのだ。
時はあっという間に過ぎ、ついに運命が明らかになる日がやってきた。
ダーンの家のリビングでは、ウォルとエナリアが緊張しながら待っていた。
魔法使いのような格好をした銀髪の少女は、隣の椅子に座っていた。
だが、何度も立ち上がっては座り直し、小さな足を落ち着きなく揺らしていた。
「まだなの? 赤ちゃん、まだ生まれないの?」
エナリアは口の中で何度も呟いている。
「エナリア、ちゃんと座って。少し落ち着こう」
ウォルはエナリアを優しくぽんぽんと叩いて宥めた。
だが、実のところ、彼の胸の内にある興奮も負けてはいなかった。
(頼む、今度こそ勇者であってくれ!)
ウォルは思わず拳を握りしめる。
もし本当に原作の勇者が無事に生まれてくるのなら、世界を救うという重責は、その運命の子に任せることができる。
自分はただ、身近な人たちを守ればいい。
「エナリア、お姉ちゃんになったぞ!」
寝室の扉がついにゆっくりと開いた。
ダーンが足早に出てきて、幸せそうな笑顔を浮かべながら声をかける。
「パパ、赤ちゃんを見に行ってもいい?」
エナリアは興奮して飛び上がり、ダーンの前まで駆け寄った。
「もちろん。おや、ウォルもいたのか」
ダーンはウォルに気づき、親しげに手招きする。
「ほら、エナリアと一緒に妹を見に行こう」
「はい……」
ウォルが一歩踏み出そうとした、その瞬間。
まるで金縛りにでも遭ったかのように、足が空中でぴたりと止まった。
返事の最後の音が喉に引っかかり、笑顔が完全に固まる。
「どうしたの?」
エナリアが不思議そうに少年のほうを振り返る。
「……妹?」
ウォルは口を大きく開けたまま、頭の中が真っ白になった。
ゲームではあんなに立派な勇者だったはずなのに、どうして女の子になってるんだ?
このときのウォルはまだ知らなかった。
運営が謳う『全く新しいモード』とは、もともとのRPGを恋愛ゲームへと作り変えたものだったのだ。
ヒロインたちは誰もが地雷を抱え、プレイヤーを待ち受けている。
(待て……ハーレム軍団の助けを失った勇者様で、果たして世界を救えるのか?)
本来、筋書きどおりに進むはずだった未来は、
勇者が生まれたその瞬間から、完全に道を外れてしまった。
「な、なんでもない。行こう」
ウォルは不安で胸がいっぱいのまま、魂が抜けたような足取りで部屋へ入っていく。
……いや、この世界、もう詰んでないか?
部屋に入ると、少し顔色の悪い銀髪の女性が、わんわんと泣いている赤ん坊を抱いていた。
その隣で付き添っているのは、ウォルの母親、ユミリだった。
「わあ! これが私の妹?」
エナリアは興奮しながら赤ちゃんへ近づいていく。
「ちっちゃい。ママ、触ってもいい?」
「うん、優しくね」
母親の許可をもらったエナリアは、おそるおそる指を伸ばし、赤ちゃんの小さな頬をつんつんと突いた。
だが、刺激された赤ちゃんは、さらに激しく泣き始めてしまった。
「わわっ!? どうしよう、ウォル」
驚いたエナリアは唇をへの字に曲げ、今にも泣き出しそうな顔でウォルを見る。
「えっと……」
ウォルは覚悟を決めて前へ出ると、頭を高速で働かせた。
(お腹が空いてるのか?)
だが、予想に反して、さっきまで大声で泣いていた赤ちゃんは、ウォルの顔を見た瞬間、ぴたりと泣き止んだ。
赤ちゃんの小さな顔には、これ以上ないほど眩しい笑顔が咲き、真っ白で柔らかな両手を振りながら、「あう、あう」と声を漏らし、ウォルへ向かって自ら手を伸ばした。
ウォルは少し迷った後、同じように人差し指を伸ばした。
すると赤ん坊は、その指をぎゅっと握り、嬉しそうにけらけらと笑った。
「むぅ」
エナリアは不満そうに頬を膨らませ、この光景を見つめる。
「ウォル、ずるい!私がお姉ちゃんなのに」
赤ちゃんの頭に輝く、太陽のように眩しい金髪を見つめながら、ウォルは複雑な気持ちになった。
目の前のこの子は、本当に勇者なのかもしれない。
手に伝わってくる柔らかな感触を感じながら、ウォルの頭に一つの考えが浮かんだ。
(本当に……世界を救うという重責を、こんなに小さな子供に押しつけていいのか?)
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