第9話:昔日の影
女騎士はゆっくりとウォルへ歩み寄ってきた。
鎧の隙間から、かすかな金属音が響く。
目の前まで来て初めて、ウォルは彼女が自分より頭半分ほど背が高いことに気づいた。
女騎士はウォルを見下ろしながら尋ねる。
「小僧、どうして吾がここにいると知っていた?」
その問いに、ウォルは少し迷った末、正直に答えることにした。
「いえ、俺はこの迷宮に用があって来ただけです。さっきのは、ただの言い間違いです」
「言い間違い? だが、貴様の目は明らかに吾を知っていたぞ」
女騎士は眉をひそめ、ウォルをじっと見つめる。
「その……」
ウォルは必死に頭を働かせるが、すぐには納得のいく理由が思いつかない。
(まさか、ゲームをやっていて知っていたなんて言えるわけないだろ……)
「ん?待て」
女騎士はウォルの顔立ちを上から下までじっくりと見つめる。
そして、何かに気づいたように口を開いた。
「貴様、セインティス家の者か?」
ウォルは驚いて顔を上げ、おそるおそる尋ねる。
「はい。ですが、どうして分かったんですか?」
「なんだ、ナクスの息子だったのか」
女騎士――ヒカリの目から、先ほどまでの険しさが一瞬で消える。
そして豪快にウォルの肩を叩いた。
込められた圧倒的な筋力に、ウォルは一瞬体勢を崩してよろめいた。
「お前、父親によく似ているな。ナクスから、昔冒険者をしていた頃に吾と仲間だったことを聞いているだろう?」
ウォルは曖昧に頷いた。
(まさか、師匠とお父さんたちが昔の仲間だったとはな……)
原作でヒカリが何かと勇者を気にかけていた理由が、ようやく分かった気がした。
「して、名は?」
「ウォル。ウォル・セインティスです」
「お前は、こやつを目当てに来たのか?」
ヒカリはハルバードで宙に浮かぶ光球を指差し、興味深そうに尋ねる。
「はい」
「これが何なのか、分かっていて挑戦するのか?」
ヒカリはウォルの目を見て確認する。
「はい。そのために来ました」
ウォルは真剣な表情で頷いた。
「相分かった」
ヒカリは横へ退く。
「ならば、お前の実力を見せてもらおう。吾を満足させられる器量を見せねば、幾つか技を伝授してやらんでもないぞ」
「ありがとうございます、ヒカリ様」
ウォルはもう一度、自分の装備を確認してから光球へ手を伸ばした。
光球が強烈な光を放ち、ウォルの目の前に銀白色の人型が構築されていく。
「え?」
「ほう?」
ウォルとヒカリは、同時に困惑の声を漏らした。
「吾と同じハルバードだと?」
ヒカリも以前、神の涙と戦ったことがある。
その時、神の涙が顕現させた姿は、ヒカリ自身と完全に一致していた。
力も、技能も、さらには外見までもが完全に同じ。
その姿は、まさに完璧な鏡写しだった。
しかし、ウォルの目の前に現れたのは、全身を重鎧で包んだ人型だった。
片手にはハルバードを握り、もう片方の手を前へ突き出してウォルへ向けている。
体格を除けば、ウォルよりもむしろ、隣に立つヒカリを思わせる姿だった。
(これは……ゲームにいた『俺』?)
ウォルは一瞬呆然とする。
確かに『悠遠の詩篇』をプレイしていた頃、ヒカリの影響を受けていた。
だが、一番の理由は――ハルバードがカッコよかったからだ。
プレイヤーの選択なんて、所詮そんな単純なものだった。
ウォルは盾を構え、片手剣を握り締める。
しかし、考える暇など与えられなかった。
「!」
神の涙が勢いよくハルバードを振るい、ウォルへ横薙ぎの一撃を放つ。
猛烈な風切り音を伴った攻撃が迫る。
ウォルは正面から受け止めることを選ばず、半歩後ろへ下がって攻撃をかわす。
続けざまに、反撃の突きを放った。
神の涙はわずかに首を傾けるだけで、その一撃をかわす。
そして右足を振り上げ、ウォルの盾へと強烈な蹴りを叩き込んだ。
ウォルは後方へ跳び、衝撃を逃がす。
相手の凄まじい力を感じながら、ウォルは気づかれないように痺れた左手を軽く振った。
その胸中は激しく揺れていた。
(こいつ……まさか、ゲームのキャラクターデータをもとに生成されているのか?)
ウォルが『悠遠の詩篇』をプレイしていた時は、極端なステータス振りをしていた。
攻撃力は非常に高い。
その代わり、一撃でも食らえばすぐに死ぬ。
だからこそ、少しでも防御力を補うために重鎧を装備していた。
(だが、レベルまで同じなら……弱点は明らかだ)
ウォルは神の涙の周囲を円を描くように疾走し始めた。
神の涙は常にウォルの正面を捉え、背後へ回り込ませまいとする。
だが、重い鎧はどうしても動きを制限する。
振り向くたびに、ウォルより半歩遅れる。
(やっぱり……こいつは俺より遅い)
「隙あり!」
ウォルは斜め後方から神の涙の頭部へ斬りかかった。
キィン!
耳障りな金属音が響く。
必殺を確信した一撃は、分厚い手甲によって弾き飛ばされた。
(勇者の俺って、こんなに強かったのか!?)
心の中で叫びつつ、ウォルは頭を低くしてハルバードの石突きによる突きをかわす。
アースベアのように、自分より遥かに強く、勝てなければ死ぬという絶望的な状況とは違う。
今はまるで、互角の相手と心ゆくまで戦っているようだった。
「ははっ」
心臓が高鳴り、血液が沸騰するように全身を駆け巡る。
純粋な戦いの楽しさを味わいながら、ウォルの口元には、いつの間にか笑みが浮かんでいた。
そんな少年の姿を見つめ、ヒカリは眉をわずかに上げる。
その瞳には、かすかな称賛の色が浮かんでいた。
「ほう、面白いではないか」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
もしよろしければ★★★★★とレビュー、それにブックマークもどうぞ!
励みになりますのでよろしくお願いいたします!




