1章 3話 「アサギリ」
あれから3日程経っただろうか。テレグ曰く、副団長はとある事件の対応に追われており、一段落ついてこちらに着くのは、俺が連行された日から数えて、4日後になるらしい。それまでは牢の中で大人しくしていてくれ、とも言われた。俺が脱走するとでも思っているのだろうか。
テレグは俺が名前を名乗った途端に態度が変わった。
つまり、俺のこの名前に、なにかマズいものがあったのだ。考えられる理由などひとつもないハズだ………と、そのとき。見張りの兵士がやってきた。
「ほら、食事だぞ。」
そう言って置かれたのは水分がほとんどなく、パサパサのパンと、冷めた上にたいした具材のないスープのみ。ここに来てからはこれしか食べていない。もっとレパートリーがあってもいいと思うんだが…と思いつつ、パンを口に含む。水分が全てもっていかれたので、冷めたスープを飲む。お世辞にも美味いとは言えないが、食べ物が出てくるだけまだマシ、と言った所だろうか。
「あったかいご飯が食いてぇ…………」
そんなことをこぼすが、見張りは既にいない。俺の嘆きはだだっ広い監獄に虚しく響くだけだった。
翌日。
コツ、コツ、コツ、コツ……
遠くから足音が聞こえてくる。来た。きっと例の副団長だ。一体どんな人物なのだろう。覚えのない罪で詰められたりしないだろうか。暴力で無理やり罪を認めさせられたりしないだろうか。ビクビクしながら、迫る足音を聞く。音が止まった。俺の目の前で。
「あんたが、アサギリシュンか?」
恐る恐る顔を上げると、そこにいたのは───
筋骨隆々という言葉が良く似合う、白髪でガタイのいい男がそこに居た。年齢による衰えなど微塵も感じさせず、極限まで鍛え抜かれた体だと、素人の俺でもわかるほどだった。
「あ、あぁ…あんたが副団長……?」
「あぁ、その通り!ワシはサーベス・G・ドリトン。ラフドリア王国騎士団で2番目に偉い、副団長だ!」
目の前の男は得意げに名を名乗った。それは気高い騎士というよりも、無邪気な子供のようだった。
「副団長……!自己紹介くらい普通にして下さい……!」
横にいたのはテレグだった。副団長に注意している所を見るに、テレグも騎士団の中ではそれなりに偉い立場なのだろうか。
「おぉ、悪りぃ悪りぃ。つい、な!」
副団長───サーベスが粗雑に頭を掻く。テレグとは違い、無造作な髪が更に乱れる。服装もよく見てみると、騎士団の服装ではあるがかなりボロボロで、おまけに上着にはきちんと袖を通さず、羽織っているだけだ。まるで一昔前の番長のようだった。
「さて、と。悪かったな!こんなクセェ所に閉じ込めちまって…ついてこい、綺麗なとこで話をしようじゃねぇか。」
サーベスが手招きする。俺は言われるがまま、彼について行った。
案内されたのは、校長室のような、厳かな雰囲気の部屋だった。ここはサーベスの部屋だろうか?こんな風体の男が、こんな綺麗な部屋を持っているとは思えないが…
「副団長!ここは団長の部屋だと何度言えばわかるんですか!あなたが使ったあとは必ず汚れるから、絶対に入るなとあれほど…………!」
「まぁまぁ、固いこと言うなって。使ったら綺麗にすりゃいいんだろ?」
サーベスがニヤリと笑う。テレグは頭を抱えため息をついている。恐らくこの粗野な性格に相当苦労しているのだろう。
「それに………」
と、サーベスが続ける。
「今から話すのは真剣な話だ。汚ぇ俺の部屋じゃあ話せるもんも話したく無くなるだろ。」
こいつの部屋はそんなに汚いのか、と軽く引く。だが今気にすべきはそこではない。真剣な話…こんな性格の彼が改まって話すほどの内容が俺にあるのか。
「さて、まずはあんたについて色々調べさせてもらったんだが…」
俺は驚いた。異世界から来た俺にこの世界での情報などある訳がない。
「どういうわけかラフドリアに来る以前のことが全て不明だ。名前、年齢、出身地に至るまでな。怪しさムンムンだ。」
当然だ。だが、問題はそこではない。テレグが俺に警戒心をむき出しにしたのは、素性が不明だからではなかった。サーベスが続ける。
「ま、1番重要なのはそこじゃあねぇよ。俺たちが聞きたいのは、お前のその名前───正確には、『アサギリ』っつうお前の姓についてだ。」
やはり。彼らにとって、俺の名前が問題らしい。俺は何も言わずにテレグの方を見る。まだ彼の警戒は解けてはいないようだ。
「実はな。ここ数週間の間で、村が何者かに襲撃されるという事件があったんだ。それもひとつじゃない。報告を受けてる範囲だけでも、既に5つの村が被害にあっている。俺はその件で方々を巡って事情を聞いていたってわけだ。」
話が見えてこなかった。俺がこの世界にやってきたのは、4日ほど前のことだ。それ以前のことなんて、俺が知る由もない。
「それで………村を襲撃したやつのことなんだが。黒髪で中肉中背、10代の若者だったという。それぞれ目撃されたのは2人。片方は短剣、片方は鞭を扱い、幾人もの村人を殺した。無惨だったよ。血の匂いが充満していてな。残された者達は癒えない傷を心に負っただろう。村を襲撃した2人とも容姿が似通っていたらしい。そしてそいつらは両名とも───────」
「自らを『アサギリ』、と名乗ったそうだ。」
「───────────は?」
俺は何1つ、すんなりと情報が入ってこなかった。




