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400年後、迎えに来た龍王を私は覚えていない 〜男装騎士団長は記憶喪失の龍の巫女でした〜  作者: 玖条 レイナ
本編

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第十四話 渓谷の死闘

 ルクサリス北部渓谷へ向う為に、五天星(アステリズム)はそれぞれのドラゴンに騎乗していた。


 『黒』のリーベルが先頭となり、渓谷へ案内する。


 黒龍の後を、青と赤が追う。

 さらにその後方を、二匹の緑龍が風を裂いていた。

 

「でも、珍しいね。サトゥルも討伐に加わるなんて」

 

「茶龍は空は飛べぬ。

 ――故に、これまで陛下の盾と成り城を護ってきたが、今の討伐はこの目で見届けねばならぬ」


「ふうん、サトゥルは真面目だねー」 


 飛龍を持たないサトゥルは、リコの緑龍を借りそれに騎乗していた。


  

 五天星(アステリズム)の後には白龍が控える。


「……たかが魔獣の討伐で、五天星(アステリズム)が全員出撃する程のことなのか?」  

  

 ドラゴンを持たぬエリスは、アレスと同じ黒い軍服を身に纏い、アレスと共に白龍へ騎乗していた。


「……そう言うな。みんなお前の武功が見たいのだ」


 アレスはエリスの腰に手を回す。 


 膝丈のスカートが特徴の白い軍服とは異なり、黒い軍服はパンツスタイルにロングブーツを合わせた制服になっていた。


「黒い軍服も似合っているぞ――」


 アレスはエリスの耳元で囁く。


「……言ってろ」


 エリスは呆れ気味にアレスをあしらう。


(だが、この戦闘用の黒い軍服。ズボンになっていて助かった……。スカートのままじゃ回し蹴りも出来ないからな――)


 言葉とは裏腹に、エリスは戦場への昂りを覚えていた。 

   

✕✕✕


「もうすぐ北部渓谷に到着する」


 リーベルの声に一同は眼前を見据える。


 ルクサリス北部、冷たい風が吹き荒れる「断絶の渓谷」。

 既に先行して待機していた『黒』の部隊が帝都からの増援に歓声を上げた。


「今回の討伐はリミナから陛下が直々に手に入れた、()()ヴァイオレット・レイス殿が指揮を取る」


 リーベルの宣言に『黒』の精鋭たちは混乱した。


「ヴァイオレット・レイスだって――?」

「あの『亡霊』がルクサリスに屈服したのか?」


 その時、精鋭たちのざわめきが一層大きくなる。


 ルクサリス帝国の皇帝アレスが、白龍に乗って姿を現したのだ。


「こ、皇帝陛下!」

「皇帝陛下! 万歳!」


「貴様らは俺が剣に文句があるようだな――」


 アレスはエリスを従えて、白龍から飛び降りた。


 『黒』の精鋭部隊の前で、白銀の髪と藤色の髪が靡く。


「誰だ! あの女!?」

「陛下と同じ軍服を纏っている、だと……!?」


「……紹介しよう。俺の剣――ヴァイオレット・レイスこと、エリス・オルタディアだ」


「ヴァイオレット・レイスの正体は女、だと!?」

「戦場も知らぬような女になにが出来る……!」


 精鋭たちの怒号が飛び交う中、エリスは深呼吸をした。


「――黙れ」


 エリスの凛とした声が渓谷の風を切り裂く。

 

 その瞳には、寝室で見せていた揺らぎなど微塵もない。かつて戦場を支配した『ヴァイオレット・レイス』の冷徹な光が宿っている。


「死にたい奴は、そのまま喋り続けていろ。死にたくない奴は、オレの指示に従え。……いいな?」


 戦場の空気が変わった。


✕✕✕ 

  

 軍靴が岩を踏みしめる音が、不気味なほどに響き渡っていた。

 背後に控えるルクサリスの精鋭たち、そして五天星(アステリズム)。その先頭を歩くのは、皇帝アレスと、そして――軍服の襟を正し、重い鉄の剣をその手に握ったエリスだった。 


 エリスが語った作戦内容は簡素なものだった。

 

「斬るな。焼くな。砕くな。

 核を探す。仔狼は囮だ」


 精鋭たちはその言葉に首を傾げた。だが、五天星(アステリズム)の面々は理解を示した。



「ヴァイオレット・レイス――。もうすぐヤツの縄張りだ」


 リーベルが言葉を発した瞬間。


「うわぁぁあぁぁ!!」 

 

 隊列の後方から悲鳴が聞こえてきた。


「……ッ! なんだ!?」


 一同は声のする後方を振り返ろうとするも、地面から次々と蔦のようなモノが吹き出した。


 所々に噴出した植物は狼のようなシルエットに変形していく。


「すまん! エリスちゃん……! これは俺の責任だ――!」


 リーベルが言う。


「まさか……、ヤツらの縄張りがここまで拡大していたなんてッ!」


「つまり、ここはもう変異種の縄張りの中だったってことだよね!?」


 リコが声をあげた。


「……そうなるな」


 ファイが冷静に事実を告げた。


「おいおい、どーするよヴァイオレット・レイス殿? このままじゃあ『黒』の部隊が壊滅だぜ?」


 リュケイオスが楽しそうに唇を歪めた。


「……()()()()() 増やすだけだ」


 エリスの声が渓谷に響く。


「戦わずにどう守る!」


「オレが全部、助ける――」


「……は?」


 仔狼が眼前の兵士に襲いかかろうとした瞬間、エリスは足場の悪い岩を蹴り、空中で体を回転させた。

落下と同時に、剣の峰で狼の頭部を叩き潰す。


「……!!」


「ヒュ〜、やるぅー」


 リュケイオスが目を見張り、リーベルが口笛を吹いた。 

 

「距離をとって縄張りから脱出を――。

 その間にオレは地脈を、本体を叩く!」


 エリスは襲い来る仔狼どもに、体重を乗せた鋭い回し蹴りを叩き込む。


 エリスが仔狼に斬りかかる兵士を助けに走り出そうとした瞬間、アレスがその腕を掴んだ。


「おい! 何をする!」


「……お前は俺の側から一歩も離れぬ契約だぞ」


「チッ! 言ってる場合かよ!

 だったらお前も一緒に来い、アレス!」


 アレス――。


 真正面から呼ばれた名前に、アレスは目を見開く。

 そしてニヤリと笑みを浮かべた。


「俺の剣は皇帝使いが荒いな――」


 

「総員、剣を引け! これ以上傷をつければ、数で押し潰されるぞ!」


 エリスの言葉にアレスがファイに指示を出す。


「ファイ、俺はこれからエリスと共に本体を叩きに行く。ここの指示はお前に任せる。

 いいな、決して戦うなよ――」


「……御意」


 ファイは軽く会釈をし、全軍に通達する。

 

「これより陛下とヴァイオレット・レイスが本体を叩く!

 それまではこの変異種と距離を保ち、決して戦うな!」 

 

「うおぉぉぉ!」


 ファイの言葉に兵士たちが答えた。


 エリスは流れるような動作で兵士を襲っていた個体の「首の付け根」……増殖の核となる一点だけを正確に突き刺した。


 エリスの視界から、音が消えた。

 

 風の流れ。

 地脈の脈動。

 蔦の伸びる軌道。

 仔狼の“次に生まれる位置”。

 

 すべてが、遅く――見える。

 

(そこだ)

 

 踏み込む。

 

 地を蹴る。

 世界が遅れる。

 

 身体が空を裂き、視界が流線に歪む。

 

 狼が迎撃に蔦を振るう。

 

 だが――遅い。

 

 エリスの刃は“肉”ではなく、“その奥”を捉えていた。

 

 ――核。

 

 見えないはずの一点へ、寸分違わず突き立てる。


 その瞬間だけ、世界が“静止画”になる。

 

 次の瞬間――

 

 崩れた。

 

 リーベルの魔法ですら再生していた肉体が、音もなく、泥のように沈む。

 


「……信じられん。あの速度で、核を見抜いたのか」


 ファイが浅葱色の瞳を驚愕に染めた。


「……最初から、“そこにある”のが見えていた」 


 そのままの勢いで仔狼を薙ぎ払い、エリスは渓谷の奥へ進んでいく。

 隣にはアレス。その後ろにはリュケイオス、サトゥル、リコが続いていた。


「護衛など無用だと言うのに……」


 アレスは後方を振り返らずに呟く。


「大事な皇帝陛下様を、何処の誰とも知らない『亡霊』とは二人きりに出来ないんだろ」


 エリスが自分の立場を皮肉る。


「エリス様! 違いますよー! 僕たちは陛下の護衛じゃなくてエリス様の()()を見に来たんですよー」    


 いつの間にかエリスの隣を走るリコ。

 アレスの表情がムッとしたものになっていた。


「はは、お気遣いどーも」


 エリスはリコの言葉を流す。  


「おい、エリス。地脈の中心が近いぞ」


 アレスが無理やりリコとエリスの間に割って入った。  

 

「……分かっている」


 エリスはアレスを横目で見やる。


「アレス、確認だ。本体が姿を現したらオレが斬る。

 お前は――」


「地脈と魔獣のパスを絶つ」


「その通りだ。背中はお前にまかせる」


「ククク。いいぞエリス。それでこそ俺の剣だ――」


 アレスがうっとりとした目でエリスを見るが、エリスはそれに気が付かない。

 一行が森を抜けると、そこかしこに蔦が張り巡らされた空間が広がっていた。


「エリス! 眼の前だ!」


 蔦が絡み合っている中心。そこには躰中に蔦が巻き付き、まるで自分の躰の一部であるように自由に蔦を動かしている巨大な狼がいたのだ。


「……来るぞ、アレス。……遅れるなよ」

 

「誰に言っている。お前の背は、俺が支配していると言ったはずだ」


 巨大な狼の核が、脈打つ。 

 それはまるで――こちらを“理解している”かのように。

 

「……エリス」

 

 アレスの声がわずかに低く沈んだ。

 

 次の瞬間―― 核が、嗤った。


 ――“見られている”。


 それは獣ではない。

 捕食する“意志”だ。


 二人は同時に地を蹴った。


 ――狩るのは、どちらだ。

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