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第七章 四位

高校二年生。


ひよりは、再び全国コンクールに挑戦することを決めた。

きっかけは、部室に貼られていた一枚のポスターだった。


全国コンクールの応募要項。


その文字を見た瞬間、ひよりは足を止めた。


「……全国」


小学生の頃、一度だけ立った場所。

あの頃は、ただ嬉しかった。


全国一位。


賞状を抱えて、何度も自分の名前を眺めた。

けれど今は違う。

あのときの自分とは違う。

中学で挫折して、絵を嫌いになりかけた。

高校で、もう一度絵を好きになった。

今の自分が、どこまで描けるのか。


「……やってみようかな」


ひよりが呟くと、隣にいたあかりが笑った。


「うん。ひよりならできるよ」


「まだ何を描くか決まってないけど」


「じゃあ、そこから始めればいいじゃん」


その言葉に背中を押され、ひよりは応募を決めた。


テーマは――「旅立ち」。


ひよりは、何日も考えた。

旅立ちとは何だろう。


知らない場所へ行くこと。

誰かと別れること。

新しい生活を始めること。


それだけではない気がした。


そして、ある日の放課後。

ひよりは一枚のスケッチを描いた。


夜明け前の駅。

ホームに立つ、一人の少女。

少女の後ろには、これまで歩いてきた道。

そして、目の前には、まだ誰も知らない未来が広がっている。


「……これだ」


ひよりは、その構図を何度も描き直した。

休日も学校へ行った。

朝から美術室に入り、気づけば夕方になっていることもあった。


「ひより、休憩しなよ」


あかりが飲み物を置く。


「うん。あと少しだけ」


「それ、昨日も言ってた」


「昨日は昨日。今日は今日」


「はいはい」


二人で笑う。

部員たちも、ひよりが苦戦しているのを知っていた。


「この色、どう思う?」


ひよりが聞くと、


「もう少し青を入れてみたら?」


「こっちは?」


「そっちのほうが朝っぽい!」


みんなが一緒に考えてくれた。

一人ではない。

そのことが、ひよりには嬉しかった。


そして数か月後。


「……できた」


完成した絵を前に、ひよりは静かに息を吐いた。


夜明けの駅。

薄暗い空。

少しずつ差し込む朝の光。

少女の背後には、これまで歩いてきた道。

そして、その先には、まだ見たことのない未来。

まるで、自分自身を描いたような作品だった。


「いい絵だね」


部長が言った。


「うん」


ひよりは絵を見つめた。


「今までで一番、好きかもしれない」


作品を送り終えた日。

ひよりは少し寂しそうに笑った。


「これで終わっちゃったね」


「あとは結果を待つだけだね」


あかりが言った。


「……うん」


そして、数か月後。

結果発表の日がやってきた。

ひよりはスマートフォンを握りしめていた。


画面を開く。

受賞作品の一覧。


一位。

二位。

三位。


そして――。


「……四位」


ひよりの指が止まった。


「四位……」


声が震えた。

もちろん、凄い結果なのは分かっている。

全国から数え切れないほどの作品が集まる中での四位。

それでも。


悔しかった。

小学生の頃は、一位だった。

あの頃の記憶が頭をよぎる。


「……なんで」


目の奥が熱くなる。


「私、もっと……」


涙が頬を伝った。


そのとき。


「悔しい?」


隣から声がした。


部長だった。


「……はい」


「そっか」


部長は少しだけ笑った。


「じゃあ、まだ終わってないね」


「え?」


「悔しいって思えるなら、まだ描きたいってことでしょ」


ひよりは何も言えなかった。

そこへ、別の部員がやってきた。


「でも、四位って普通にすごいよ」


「そうそう!」


「全国四位だよ?」


「……でも」


ひよりが俯く。


「本人は一位を目指してたんだよ」


部長が言った。


「だったら、次は一位を目指せばいいじゃん」


「……!」


ひよりは顔を上げた。

誰も笑っていない。

誰も妬んでいない。

ただ、悔しがっているひよりを、そのまま受け止めてくれている。


「……みんな」

 

ひよりの目から、また涙がこぼれた。


「ありがとうございます」


「泣くなって」


「無理です……」


「じゃあ、今日は泣いていいよ」


部室に小さな笑い声が響いた。


その夜。

ひよりは自分の部屋でスケッチブックを開いた。


真っ白なページ。


少し考えてから、鉛筆を走らせる。

そこに、一つの言葉を書いた。


『次は、もっといい絵を描く。』


少し間を空けて、その下に続ける。


『順位のためじゃない。』


そして最後に。


『自分が納得するために。』


ひよりはスケッチブックを閉じた。

悔しさは、まだ消えていない。

けれど、不思議と胸は軽かった。

負けたからこそ、見えたものがある。


まだ、自分には描ける。

まだ、上手くなれる。

まだ、知らない景色を描ける。


ひよりは机の上の画用紙を一枚取り出した。


「……さて」


鉛筆を握る。


「次は、何を描こうかな」


窓の外では、夜の街が静かに光っていた。

ひよりはその景色を眺めながら、ゆっくりと最初の線を引いた。

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