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第二章 全国一位

小学校五年生。

ひよりの絵は、いつの間にか周囲より頭一つ抜けていた。

授業で絵を描く時間になると、クラスメイトがひよりの机の周りに集まってくる。


「ひより、これどうやって描いたの?」


「ここ?」


「うん。なんか本物みたい」


「えっとね……光が当たってるところを少し明るくして……」


ひよりは嬉しそうに説明する。

絵の話をしていると、時間が経つのがあっという間だった。

写生大会ではいつも上位。

校内の絵画コンクールでも、何度も賞を取った。

賞状が増えるたび、母親は嬉しそうに額に入れてくれた。


「すごいね、ひより」


「えへへ」


ひよりは照れながら笑った。

けれど、本人にとっては「賞を取ること」よりも、絵を描いている時間そのものが楽しかった。


ある日の放課後。

ひよりが教室で絵を描いていると、担任の先生が一枚の紙を持ってきた。


「ひより、これに応募してみないか?」


「なにこれ?」


「全国の小学生が参加する絵画コンクールだ」


「全国?」


ひよりは紙を受け取った。

そこには、全国から集められた作品の中から優秀な作品を選ぶ、と書かれていた。


「私が?」


「ああ。ひよりなら、いけると思う」


「でも……全国だよ?」


「だからこそ、挑戦してみたらいい」


先生は笑った。


「結果は気にしなくていい。ひよりが描きたいと思った絵を描けばいいんだ」


その言葉が、ひよりの背中を押した。


「……やってみる」


その日の帰宅後。

ひよりはさっそく机に向かった。


テーマは「未来」。


「未来って、何だろう……」


ひよりは鉛筆を持ったまま考え込んだ。


未来の車。

未来の家。

ロボット。

宇宙旅行。


いろいろなものを思い浮かべた。

けれど、どれもしっくりこなかった。

数日経っても、絵は完成しない。


母親から、


「珍しいね。ひよりがこんなに悩むなんて」


と言われるほどだった。


「だって、未来って見たことないんだもん」


「そうね」


「どうやって描けばいいのかな」


「ひよりが行ってみたい未来を描けばいいんじゃない?」


「私が?」


「そう。ひよりが見てみたい世界」


その言葉を聞いて、ひよりはしばらく考えた。

そして、机に戻った。


鉛筆を握る。


今度は、迷わなかった。


青い空。

遠くまで続く街。

空を飛ぶ乗り物。

色鮮やかな建物。

そして、その中央に一人の少女。

少女は振り返って笑っている。

その先には、まだ誰も見たことのない世界が広がっていた。


ひよりは何日もかけて、その絵を描き続けた。

学校から帰ってきても描いた。

休日も朝から机に向かった。

上手く描けないところがあると、何度も描き直した。

それでも、楽しかった。

絵を描いていると、自分自身がその世界に入り込んだような気がした。


そして、ついに完成の日。

ひよりは絵を少し離れたところから眺めた。


「……できた」


これまで描いたどの絵よりも、時間をかけた。

そして、これまで描いたどの絵よりも好きだった。

完成した絵を見つめながら、ひよりは小さく呟いた。


――私、こんなところに行ってみたい。


数か月後。

朝のホームルームが終わった直後、担任の先生が教室に入ってきた。


「朝倉さん、ちょっと校長室まで来てくれるか?」


「え?」


ひよりは驚いた。


「私、何かしました?」


「いやいや。悪いことじゃないよ」


先生は笑っていた。

校長室に入ると、校長先生と母親が待っていた。


「お母さん?」


「ひより、おめでとう」


「え?」


校長先生が一枚の賞状を手にしていた。


「全国絵画コンクール、最優秀賞です」


一瞬、意味が分からなかった。


「……え?」


「全国一位ですよ」


「私が……?」


ひよりは賞状を受け取った。

手が震えていた。

母親が嬉しそうに拍手する。


「すごいじゃない、ひより!」


「全国で一番なんだよ」


先生も笑っている。

ひよりは賞状を見つめた。

そこには、自分の名前が書かれていた。


「……本当に?」


「本当だよ」


その瞬間。

ひよりの顔がぱっと明るくなった。


「やった……!」


嬉しくて仕方がなかった。

学校に戻ると、クラスメイトたちもひよりの周りに集まってきた。


「全国一位なんでしょ!?」


「すごい!」


「その絵、もう一回見せて!」


「どうやったらそんな絵描けるの?」


ひよりは少し照れながら、自分の作品について話した。


その日の帰り道。

ひよりは賞状を抱えながら歩いていた。

何度も賞状を見てしまう。

そして、自然と笑みがこぼれた。


「もっと上手くなりたい」


今まで以上に、絵を描きたくなった。

もっといろんな景色を描きたい。

もっといろんな人に、自分の絵を見てもらいたい。

いつか、自分の絵で誰かを笑顔にしたい。


その日。

ひよりの中に、小さな夢が生まれた。


――いつか、絵を描くことを仕事にできたらいいな。


まだ「絵師」という言葉さえ知らなかった。

ただ、絵が好きだった。

だから、もっと描きたかった。

このときのひよりは、まだ知らなかった。

全国一位という輝かしい結果が、やがて周囲からの期待を大きくし、「上手い」という言葉が、いつか自分を苦しめることになるなんて。

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