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第十一章 二人で描く未来

フリーランスになったひよりを待っていたのは、自由ではなかった。

仕事がない。

会社員の頃には毎月入っていた給料もない。


家賃。

食費。

画材代。

パソコンの維持費。


何をするにも、お金が必要だった。


最初の一か月。

ひよりが受けた仕事は、ほんの数件だった。


「……これだけか」


銀行口座を確認して、ひよりはため息をついた。

会社員だった頃より、収入はずっと少ない。

それでも、自分の名前で仕事をしたことが嬉しかった。

SNSにも絵を投稿した。


『新作です』


投稿ボタンを押す。


数時間後。

「いいね」は、ほんの数件。

翌日になっても、ほとんど増えない。


「……そう簡単にはいかないよね」


ひよりは笑おうとした。

けれど、次第に投稿することさえ怖くなっていった。

何時間もかけて描いた絵が、誰にも見られない。

会社員時代なら、少なくとも誰かが仕事として受け取ってくれた。


今は違う。


描くのも自分。

宣伝するのも自分。

仕事を探すのも自分。

失敗するのも、自分。


ある夜。

ひよりはパソコンの前で頭を抱えていた。


「……やっぱり、無理なのかな」


机の横には、描きかけのイラスト。

何度見ても、自信が持てない。


「私なんかがフリーになって、本当に良かったのかな……」


そのとき。

スマートフォンが鳴った。

画面を見る。

あかりからのメッセージだった。


『また弱気になってる?』


ひよりは少し驚いた。


「なんで分かるの……」


すぐに返信が来る。


『長い付き合いだから』


『まだ高校からだけど』


『細かいことはいいの』


ひよりは思わず笑った。


『……うん。ちょっと弱気』


すると、あかりから電話がかかってきた。


「もしもし」


『明日そっち行く』


「え?」


『助手になる』


「……え?」


ひよりは思わず聞き返した。


「助手って何?」


『そのままの意味』


「いやいや、急すぎるって」


『だって、ひより一人だと大変そうだし』


「でも、あかりは絵の仕事してないじゃん」


『絵はひよりほど描けないよ』


「だったら――」


『でも』


あかりの声が少しだけ真剣になる。


『ひよりの絵が世の中に届く手伝いならできる』


ひよりは黙った。


『スケジュール管理とか、イベントの準備とか』


『SNSもできるし』


『梱包とか、事務作業もやる』


『ひよりが絵に集中できるようにする』


「……いいの?」


『何年友達やってると思ってるの』


「だから、まだ高校からだからそんなに長くないって」


『細かいことはいいの』


電話越しに、二人の笑い声が響いた。


翌日。

本当に、あかりはひよりの家にやって来た。


「お邪魔しまーす」


「本当に来た……」


「昨日、行くって言ったじゃん」


「あれ冗談だと思ってた」


「私は本気」


あかりは持ってきたノートパソコンを机に置いた。


「まず、ひよりの仕事を整理しよう」


「仕事って言っても、そんなにないよ?」


「だから整理するの」


あかりはホワイトボードを取り出した。

ひよりは思わず笑った。


「準備良すぎない?」


「助手だから」


「いつの間に正式採用されたの?」


「今」


「勝手に……」


二人で笑う。

そして、そこから二人の生活が始まった。

ひよりは絵を描く。


あかりはスケジュールを管理する。

依頼のメールを整理する。

SNSに投稿する。

イベントに申し込む。

完成した作品を梱包する。

時には、二人で夜遅くまで作業した。


「ひより、明日の締め切り大丈夫?」


「あとちょっと」


「その『あとちょっと』、三時間くらいあるやつでしょ」


「……たぶん」


「寝なさい!」


「はい……」


そんなやり取りも増えていった。


ある日。

あかりがひよりのSNSを見ていると、突然声を上げた。


「ひより!」


「なに?」


「これ、いつの間にこんなに増えたの?」


「え?」


画面を見る。

以前は数件しかなかった反応が、何十件、何百件と増えている。


「……え?」


ひよりは画面を見つめた。


「昨日投稿した絵……」


「うん」


「こんなに見られてる」


「すごいじゃん!」


「……なんで?」


「ひよりの絵が好きな人が増えたんじゃない?」


ひよりは信じられないような顔をした。

その後も、少しずつ変化が起きた。

絵を見てくれる人が増えた。

感想を送ってくれる人が現れた。


「この絵、大好きです」


「いつも楽しみにしています」


「新作、待ってました」


そんな言葉が届くようになった。

ひよりは一つ一つのメッセージを、大切に読んだ。


「……嬉しい」


「うん」


「あかり」


「なに?」


「私の絵、ちゃんと誰かに届いてるんだね」


あかりは笑った。


「最初から届くって言ったじゃん」


「……そうだったっけ」


「言ったよ」


少しずつ。

本当に少しずつ。

ひよりの名前が知られていった。

まだ「有名絵師」と呼ばれるほどではない。

大きな仕事が次々に舞い込んでくるわけでもない。


それでも――。


昨日より今日。

今日より明日。


ひよりの絵を待ってくれる人が増えている。

そしてその隣には、いつもあかりがいた。


二人はまだ知らなかった。

この小さな積み重ねが、やがて大きな転機へとつながっていくことを。

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