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07 けど全ては予行練習だから

 それから時間が合えば目的が無くても一緒に出かけたり、課題を片付けたりして過ごしていた。一緒に過ごす。これだけでもデートみたいなもの、だと勝手に思った結果だ。

 とにかく時間が許す限り、この夏休みを共に過ごした。



 じっとりと暑さが滲む。時刻は夕暮れだというのに、まだまだ周囲は明るくて日差しは容赦なく突き刺そうとしてくる。

 けども公園の中で遊んでいた子供達は皆、時間だからと名残惜しげに帰っていく。

 だんだんと先ほどまで響き渡っていた子供達の声が遠のく。そして代わりに蝉しぐれが強くなった、ような気がした。

 その音が全て雨であったら多少は涼しくなるだろうかと、悠斗は首元に流れる汗を拭いながらアイスを咀嚼した。


「来週から学校かぁ……」

「あっという間だったね」

「もう一ヶ月ぐらいあっても良いよな」

「分かる」


 とっくにアイスを食べ終えていた涼真が、名残惜しそうに空を見上げた。

 悠斗も最後の一口を咀嚼しながら見上げる。そこにはまだ暑さが遠のいていないというのに、秋の空によく見るような雲が遠くの方で浮かんでいた。

 夏の終わりが近づいている。

 こんなに終わりは早かっただろうかと悠斗は内心驚きながら、この夏の記憶を思い返した。 


「とりあえず、だけど。デートっていうのよく分かった?」

「なんとなく?」

「なんとなくって……」


 全ての発端である涼真の曖昧な答えに、悠斗は大きく肩を落とした。

 とは言え、悠斗もまたデートというものを分かった、と胸を張って言えなかった。考えれば考えるほど、デートとは何か、なんてよく分からない考えに至ってしまう。

 とにもかくにも、思いつく限りデートというものをしてきた。それでもまだやれていないことはないかと、悠斗は残ったアイスの棒を袋に突っ込みながら考える。

 そうして、ふと自分の手が目に入り、何気なく涼真に話しかけた。


「手、つないでみる?」

「……マジかよ」

「ほら、予行練習だから」


 何が予行練習なのか。

 悠斗は自分が言った言葉を欠片も理解出来ないままに、涼真に手を差し出した。

 さすがにやはり嫌がられるだろうと思っていたが、涼真は何も言わずに手を重ねてきた。

 悠斗が差し出した手は右手。そして重ねてきた涼真の手も右手なので、第三者から見たらまるで握手だ。しかし、そのおかげか悠斗は気恥ずかしさが無くなり、握手をしてきた涼真に呆れたように笑った。


「涼真。これじゃあ、ただの握手だよ」

「え、あ、やっべ。はっず」


 慌てて涼真は手を離し、今度こそ手をつないだ。

 悠斗の比べて骨ばっていて、男らしい手。羨ましいと何度思ったことか。


「そういえばさ、悠斗の手って俺より大きいよな」

「指が長いんだよ」

「……まるで俺が短いみてぇじゃん」


 涼真が羨まし気に、しげしげとつないだ手に視線を向ける。悠斗はその隙に、じっくりと普段見ることがない涼真の瞼を目にした。

 あれ程、外で出かけたと言うのに、瞼も綺麗に日焼けするものだと悠斗はよく分からないことを思ってしまった。


「……そういえば、いきなり手首掴んできた時は驚いたよ」

「あ? ああ、だって具合悪いとか言ってたからそりゃあ焦るだろ」


 最初のデート。なんとなく集まってみたものの、結局は普段と変わらずに遊んでいた。

 そこから食べ歩きをして、家に集まった。あれから何度も互いの家に集まっては課題を進めて、ゲームをして、漫画を読んで、結局いつもと変わらないことをしていた。

 海。声をかけられるなんてこともあった。結局、涼真は足をつることなく泳ぎきった。

 祭り。なんだかおかしな空気に酔ったような感覚だったの悠斗は覚えている。

 そして水族館でした、ダイビングに行こうという約束。たかが口約束だというのに、期待している自分がいるのを悠斗は自覚していた。そして、デートなのだからと無理に揃いのタコのぬいぐるみなんて選んでしまう始末。

 本当に、どうかしている。

 ずっと、涼真と過ごしたこの夏はうだるように暑くて、そして足はずっと寒く、すくんでいた。

 まるで少しでも動けば割れる薄氷に立っているかのような心地だった。


「……なんだよ」

「……何でもない」


 悠斗の視線に気付いた涼真の視線がぶつかった。


「……なぁ、こうさ。手つないだら、次ってどうすんの」

「僕に聞かないでよ」


 興味本位、なのだろう。涼真のその問いに、悠斗は何気なくつなぐ手を一度だけ緩める。と、涼真は何故だろう、少しだけ顔をしかめた。

 なんで、なんという、そんな顔をするのか。

 悠斗は息をを僅かに飲む。そしてすぐ、今度は指を絡めるよう握りしめた。


「……なぁ、これってさ」

「うん。いや、どんな反応するかなって」


 所謂、恋人繋ぎだ。

 恋人繋ぎをすると握り方のせいで肩があたるほどに近づかなくてはならないのだと、何故か悠斗は冷静に気付いた。


「近くね?」

「雰囲気が大事なんだってさ」

「へぇ、雰囲気ね」


 何せ、デートなのだから。予行練習だけれども。

 気付けば周囲はいつの間にか薄暗くなってきていた。けれども蝉しぐれは鳴り止まず、おかげで周囲のその他の音なんて届かなかった。

 じっとりと握りしめられた手は、何故か磁石のようにくっついて悠斗も、涼真もそろって離そうとはしなかった。

 ほんの少しだけ、甘い香りが悠斗の鼻をかすめた。

 涼真も先ほど同じアイスを食べていたから、きっとその香りだろう。

 暑さのせいだろうか。その香りも相まって悠斗はくらりと目眩を覚えた。

 額に何かが触れた。涼真の前髪だった。真っ直ぐな涼真の目の中に、悠斗の目が映った、ような気がした。

 そうして。

 ほんの、一瞬。確かに、熱い唇に、触れた。


「ふはっ……何してんだろ。俺達」

「……何、しているんだろうね。本当」


 耐えきれず、というように涼真が吹き出し、それとなく互いにそろって手を離した。

 近くの街灯がぱっ灯り、周囲を明るくするが悠斗はどうしても涼真の様子を見ることが出来ず、視線は足元へと落としたままだった。


「けど、これでデートっていうが何か、分かったんじゃない?」

「……たぶん」

「たぶんって……」


 一体、涼真はどんな顔をしているのか。

 いつもと変わらない声の調子に、悠斗は先ほどまで涼真と繋がっていた手を無意識に握りしめた。 


「……けどさぁ、女ってあれだろ? なんかこう、空気読まなきゃいけねぇんだろ?」

「そこはさ、涼真の感性でがんばるしかないよ」


 情けないことを言う涼真は、悠斗の心情なんて分からないと言わんばかりに軽く悠斗の腕を小突いた。


「帰ろうぜ、悠斗」

「……そうだね」


 何一つ変わらない涼真は、いつもと同じように大きな笑顔を向けてくれた。

 悠斗はそれすらも、直視することなくすぐに背を向けて歩き出した。



 ***



 この暑く、美しい夏の記憶が僕を苦しめる。

 壊してはいけないものだった。だから僕は踏み留まり、そうして、ここから離れた。

 この記憶を大事に抱えながら、足元の薄氷がまた厚くなるのを待って。


 だって、言うのに。

 君はどうして、僕の前へ現れるのだろうか。

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