06 水族館に行くと腹が減る
水族館は嫌いではない。むしろ好きな方だ。ぼんやりと水槽を眺めるだけでも面白いし、何よりも暑さから逃げられる。
「あれ、うまそう」
「分かる」
青い光が満ちる水槽の中、涼真はぽつり、と泳ぐ魚を見つめながら呟き、悠斗は即座に頷いた。
あれは何の魚だっただろうか。けどもどこかで見たことがあるはずの魚だった。
「刺身か、焼くか」
「塩焼き」
「うわぁ、食べてぇ」
生よりも焼く方が好きな悠斗に同意してくれているのか、涼真は横で小さく呻いた。
これもデートなのは変わらない。しかし話す内容は食べ物の話ばかりだった。
「海鮮丼食いたい」
「良いね、海鮮丼。今度食べに行こ」
「だな。あ、けど寿司も食いたい」
「帰りに食べる?」
「食う」
涼真はだいぶ腹を空かしているらしい。寿司なら生魚もあるし、焼いたものもある。選択としては間違いないなと悠斗はうん、と大きく頷いた。
それから他の魚が展示されている水槽をゆっくりと見て回る。やはり家族連れが多い中、恋人同士であろう二人組の姿もちらほらと見えた。
そんな中、涼真が小さな水槽の中で泳ぐ魚達を見つめながら言った。
「水族館ってさ。どこ見れば良いのか分かんねぇんだよなぁ」
「いや、見てるでしょ」
「うまそうな魚ばっかりだけどな。これ、何の魚?」
「そこに書いてるよ」
悠斗が水槽脇にある説明文を指すと、涼真は半歩ほど悠斗に体を寄せて説明文を覗き込んできた。
「え、この中に三種類も? どれだよ」
「これと、これ。それからここにいるよ」
「……よく分かんねぇ」
裸眼であるはずの涼真は特徴が見えないのか、ずい、と水槽に顔を近づけている。しばらくそのまま放置しても良かったが、横から覗き込もうとする小さな少年の姿を見て、悠斗は涼真の袖を引いた。
「邪魔になってる」
「お、悪い」
涼真も小さな少年の存在に気付き、すぐにその場から離れた。
結局のところ、やはり会話の内容はあれはうまそう、だとか、まずそう、だとか。そういう話ばかりになる。綺麗とか、かわいいとか、見た目に関するようなことを言えばもっと話が広がるだろうに、涼真の残念なところが全面に出てしまっている。
それからメインである大水槽の前にたどり着き、そろって見上げる。
数多くの魚達が優雅に泳いでいる中、サメがゆったりと体を揺らして横切っていく。下にはカニの姿があり、隠れ家であろうごつごつとした岩場の間に体をねじ込んでいる。
「……海、行きてぇ」
「この前行ったのに?」
「違うって。あれだ、潜りたい」
「ダイビング?」
「そうそう、それ」
唐突にまた何を言い出すのかと思えば、ダイビングと。
悠斗はその突拍子もないことを言い出す涼真に呆れつつも、確かにこの水槽に前にいたらそんな考えが浮かぶのも仕方が無いと思った。
「行こうぜ」
「……あのさぁ」
「いや、今じゃなくって。いつか、そのうちさ」
ただもちろん、その後に続く涼真の言葉は予想通りのもので、悠斗はゆるく首を横に振った。涼真は慌てて、そして当然のように先のことだと付け加えた。
いつか、そのうち。
その時、涼真は変わらず、隣に悠斗がいると思っているのだ。それがなんとも嬉しくて、何故か苦しくて、悠斗は小さく顔をしかめた。
「なんだよ」
「いや。その時も付き合っている相手、いないんだろうなぁって思って」
「……で、出来てるだろ。たぶん」
「たぶんって言っている時点で無理でしょ」
「はあ? じゃあ悠斗はどうなんだよ」
「ごめんね。僕、涼真よりモテて」
半分以上はこの顔のおかげで、そこそこ声をかけられやすいし見られやすい。異性からはもちろん、同性からも。
もちろん、涼真は異性からということだけしか思っていないのだろう、悔しそうに呻いていた。それがなんともおかしくて、悠斗は大きく肩を上下させつつ慰めるように涼真の肩に手を置いた。
ペンギンを見て。来たからにはとイルカショーも見て。水族館をひとしきり見た後にあるのは売店だ。
「何か買う?」
「何かって。今、何があるんだっけ?」
人がごった返す中、邪魔にならないようにと通路の端っこによりながら並ぶ商品を見る。
子供向けの、魚モチーフの玩具。置物や文具。菓子。それからキーホルダー。悠斗は何げなく、シンプルなイルカのキーホルダーを手に取った。
「デートって言えば、こういうキーホルダーとをおそろいで買ってつけてたりするよね」
「あー……やっぱり定番っちゃ、定番か」
「こういうの、付けたい?」
「全く」
きっぱりと否定した涼真に、それはそうだろうなと悠斗は素直にキーホルダーを元の位置に戻した。
涼真の好みはとてもはっきりしている。おかげで一緒にこうして買い物するときも気を使わなくて良いが、これはデートなのだ。予行練習とは言え。
人の合間を縫うように進み、悠斗は横の棚に置いてあったそれを見つけ、手に取った。
「ねぇ、涼真。これとかどう?」
「どうって、ぬいぐるみだけど」
「小さいサイズのね。これなら置き場所に困らないよね?」
「いや、待てって。なんで二つ」
「タコじゃなくってイルカが良かった?」
「そうじゃなくって……!」
まだタコの方が持ちやすいだろう。それにこれならば家に置きっぱなしにしてもおかしくはないし、何よりも片手に収まらないサイズだから簡単に無くすことはないだろう。
さらに文句を言おうとする涼真に、悠斗はずい、と顔を近づける。それに驚いたらしい涼真はすぐに身を後ろへ反らすが、それよりも早く、悠斗は涼真の耳元にこそり、と囁いた。
「涼真。これは予行練習とはいえ、デートだよ?」
周囲には人混み。下手にデートだなんだ、と言ってしまえば注目の的になる。だから悠斗は周囲に聞こえないようにと声を潜めて涼真に伝えた。
というのにだ、何故か涼真はぴたり、と動きを止めたかと思うと邪魔になるだろうに勢いよくその場にしゃがみ込んだ。
「え、涼真? ちょっと、そこ邪魔になるって」
はやくさっさと立たせて移動しなければ。
悠斗は涼真の肩を掴む。が、すぐに軽くその手を振り払われて立ち上がった。何故か、悠斗を睨みつけながら。
「……俺が買う」
「何で」
「俺が誘ったんだから良いだろ……!」
確かに水族館へ行こうと提案したのは涼真である。とはいえ、この支払はいつもの漢気じゃんけんで決めるつもりだったつい、悠斗は驚いて目を丸くした。
その隙に涼真はひったくるように悠斗の手にあった二つのタコのぬいぐるみを奪い取り、足早に会計へと向かって行ってしまった。
一体全体、どうしてこうなったのか。
デートなんだから、と言ったせいだろうか。きっと、そのせいだ。別にこれは予行練習なのだからわざわざ、おそろいで買わなくたって良いと言うのに、だ。
「……ほんと、何してるんだろ。僕」
一人、残された悠斗はため息をつきながら呟き、邪魔にならない位置に移動して涼真が戻ってくるのを待つことにした。
大人しく会計の為に並ぶ涼真の姿を見つける。悠斗は目を細め、そしてわずかに口元を緩めてしまっているだなんて、気づかないまま。




