5-22「親子」
翌日。
宿で朝食を済ませた我らは小休憩の後、ティルティの待つ屋敷へと向かう事とした。
休憩中に冒険者ギルドより、正式に地獄への路を踏破した事を認める書簡が届いたのだ。通達はティルティ達の方にも届いているようで、確認の為に渡していた黄の本も無事に手元に戻ってきた。
手早く準備を済ませ、屋敷へと向かうと門扉の前でティルティが手を振って待っているのが見えた。大よそ貴族の令嬢らしからぬ態度だが、それだけ我らに親しみを持ってくれている証左だと思うと微笑ましい。
隣に佇むリィンも笑顔でこちらの到着を待ってくれていた。
「ご足労頂きありがとうございますわ」
「全然! ティルティの夢の為じゃん。こんなの何でもないよ!」
ミリーがわっと駆け寄りティルティの両手を掴む。この二人は年が近いせいか随分と仲良くなったものだ。
「そうね。だから気にしなくていいわ。それより確認だけど、お父上にはどこまで伝わってるの?」
「ええと、まだ地獄への路を踏破した事だけです。詳しくはギルドの公認を得られてからと伝えていますので」
「じゃあ、ひとまずはティルティが説明するのを横で聞いていればいいのね」
「必要に応じて我らが補足すると言う事だの」
あくまで話をするのはティルティであり、我らは補佐。それは元から分かっていた事だ。当事者たるティルティが語らずして、何を説得できるものか。
しかし、それは一切の助力を否定するものでもない。足りない分を補う、それこそが仲間というものであろう。
状況と役目を確認し合うと、ティルティは力強く頷いた。
「ええ、それでお願いします」
「頑張ろうね、ティルティ!」
ミリーが掴んだままのティルティの手に一層力を込めているようだった。
ティルティの父親と一戦交える意思を一つにした我らは、意気揚々と屋敷の中へ足を踏み入れた。
リィンの案内で応接室へと招かれる。室内は華美過ぎない程度に装飾が施されており、壁際にはメイドが数名佇んでいた。
そして中央に置かれたテーブルの先に、椅子に腰かけてこちらへと見定めるような視線を向ける中年の男がいた。年恰好から見て彼がティルティの父親に間違いなかった。
「失礼しますわ、お父様。私の大切な仲間たちに来て頂きました」
「ようこそ。ティルティが世話になったそうだね。私はダルソンという。以後お見知りおきを」
ダルソンと名乗ったティルティの父親は、思った以上に温和な口調で語りかけてきた。
ひとまず第一印象はクリアしたといったところか。いや、別に何もやましい事はないのだが。何と無しに試されている気分になってしまう眼力がダルソンにはあった。
「いえ、こちらこそ娘さんにはお世話になりました」
「そうかね? まぁ、まずはかけたまえ。話はゆっくり聞こうじゃないか」
促され、用意された椅子に腰かける。リィンだけは従者としてティルティの後ろに控えた。
今はダンジョン攻略の時とは違う。リィンにとっての定位置はそこなのだ。
腰を落ち着けたところで、控えていたメイドたちがすぐに紅茶と茶菓子を並べ出した。
話をする準備は万全となったわけだ。
そうして、ティルティはダンジョン内で起こった出来事を語り始めた。
ダンジョンに潜む罠、戦ってきた魔物たち、苦戦を強いられた強敵、最下層に鎮座していた魔竜の存在。それらをどう乗り越えてきたのか、一つ一つ思い出すように話していく。
聞く限り、その中に過剰な修飾はなく、逆に過度に安く見積もる事もない正当な内容だった。
一通り説明され、話は一段落する。数秒、恐らくダルソンが内容を咀嚼するだけの時間、沈黙が流れた。それから最初に口を開いたのは、当然ながらダルソンだった。
「――なるほど。ティルティが君たちと攻略不可能と謳われた地獄への路を踏破したのは事実らしいな」
「証明書もあるしの。これで疑われてはたまらん」
ティルティの説明だけでなく、ダンジョンの核となっていた『黄の本』、及びギルドの証明書も提示している。
十分な証拠を提示した上で疑うのは最早無粋であると伝えると、ダルソンは申し訳なさそうに笑みを浮かべた。
「はは。そう言ってくれるな。これでもティルティやリィンマルスの実力は正しく把握しているつもりだ。その上、君たちとて若者ばかり。信じるにしても飲み込むのには時間が要るのだよ」
ダルソンの言い分を解釈すると、ティルティやリィンに関してはそれなりの実力を認めながらも、ダンジョンを踏破できるだけの実力は無いと認識しているわけだ。そこにきて我ら《蒼穹の夢狩人》の面々は女子供三人のユニオン。確かに信じさせるにはパンチが足りなかったかと納得する。
最終的に認めてくれたのならば、それでよいだろう。
「さて、話の本題はそれではないのだろう? まさか揃いも揃ってダンジョン踏破を祝って貰いにきたわけではあるまい」
こちらが第一関門を突破して安心している所で、ダルソンはすぐに話を進めてきた。流石にこちらの目的がただの自慢話ではない事は理解されているようだ。
ここまではあくまで前置きに過ぎない。
ティルティの方を見ると、先ほどまでより僅かに緊張しているのが見て取れた。いよいよ本題を切り出そうと言うのだ。致し方あるまい。
だが、このタイミングで手を貸すのはまだ早計だろうとティルティの動向を伺う事にする。
少しの間を置いて、ティルティは姿勢を正すと再び口を開いた。
「お父様、私はこの通り功績を証明しました。ですので、今すぐにお父様の爵位を譲渡して頂きたいのです」
ティルティとダルソンの視線がぶつかり合う。ダルソンは微かに目を細めた。
ダルソンの視線はそのままテーブルの上の証明書へと注がれる。
「ふむ。確かに地獄への路の踏破は功績として十分な物と言えるな」
「それでは!」
ダルソンの口から漏れた成果を認める発言に、ティルティの顔がぱっと華やいだ。
反して、ダルソンの表情は険しくなりティルティを諫めるように目線を尖らせる。
「……だが、ティルティよ。その前に改めて聞こう。お前はダンジョン攻略にどれほど貢献できたのだ?」
「えっ……」
昂った期待に水を差すような言葉が浴びせられる。思わぬ不意打ちにティルティは声を詰まらせていた。
「先の話を私なりに解釈した所、大半はそこの《蒼穹の夢狩人》の者達の活躍だったように聞こえた。仮にお前たちがいなくとも、彼女たちは地獄への路を踏破できたのではないか?」
「それは……」
「ダルソン様、お嬢様は――」
「リィンマルス。私は今、ティルティに問うているのだよ」
言葉を紡げないティルティに代ろうとしたリィンを、ダルソンは即座に諫める。
反論を許されないリィンは悔しそうに歯嚙みしていた。
リィンにとっての主人はティルティのはずだ。いざとなればダルソンよりもティルティを選ぶだろう。しかし、この場はそのいざという時ではない。下手に口出しすれば事態を悪化させるだけだ。それが分かっているからこそ、リィンは歯嚙みするしかないのだ。そして、我らもまたティルティを信じる以外の選択肢を持たない。
力を貸すことが出来るか否かの問題ではない。今はティルティ一人の力が見定められている時なのだ。
「ティルティ、過不足なく正確に答えなさい」
「……お父様の仰る通りですわ。確かに、私たちがいなくともミリー達は地獄への路を踏破できたと思います」
誰もが固唾を飲んで見守る中、ティルティはそう結論を口にした。
それを聞いたダルソンの表情が僅かに曇る。どこか寂しげにも見えた。
「そうか……娘はそう言っているが、当人である君たちはどう思う?」
一度目を伏せたダルソンだったが、再び開眼したかと思うと我らの方へと視線を移した。先のティルティの評価が適切であるか否か、問われている。
さて、これに何と答えるべきか。最終的な目的がティルティの爵位継承を認めさせる事であるならば、ここは少しでもダルソンの心証を良くする事に協力するべきだろう。であれば、多少話を盛る事も必要か。
盛ろうと思えば幾らでも盛れる。しかし、過ぎれば嘘くさくなってしまう。
「可能かどうかで言えば、可能だったと思います」
どの程度の塩梅が適当だろうかと悩む我より先駆けて、レイニーが口を開いた。
「ちょ、ちょっと! レイニー!」
あまりに忖度無い物言いに、ミリーが上ずった声で止めに入ろうとする。しかし、レイニーはミリーの制止を意にも介さず言葉を続けた。
「嘘は言えないわ。ただ、その場合攻略にはもっと時間を要していたでしょう。ティルティの目的を叶える為に急いだというのもありますが、それ以上に期間短縮への貢献があった事もまた事実です」
レイニーはダルソンの要望を正しく汲み取っていた。過不足なく、つまり修飾する事もなければ謙遜もない評価を口にしている。
仮に我ら《蒼穹の夢狩人》だけでダンジョンに挑んでいたとしたら。期限というものの無い我らは、急がず慌てず攻略に臨んでいただろう。道中で撃破を諦めたゴーレムも、のんびりと対策を練って時間を潰していたかもしれない。それを思えば、ここまで迅速な攻略に望めたのは間違いなくティルティ達がいたお陰といえる。
「あ! あと、あたしを庇ってくれたよ!」
レイニーの意図を察したミリーが追従する。アースドラゴン戦ではピンチのミリーを助ける場面もあった。そう、ティルティ達は決してダンジョン攻略に貢献していなかった訳ではないのだ。
「それは……結局、守ったのはリィンですし」
「結果はそうだったかもしれぬが、リィンが動いたのはティルティが先に動いた故であろう?
であれば主の成果と言って良いだろう」
仲間のピンチに、自らを省みず即座に動ける者はそうは居ない。そこで踏み込めたティルティの行動は、賞賛するに値するものだ。
「なるほどな」
質問の答えは十分だと感じたのか、ダルソンは満足そうに頷いた――




