5-23「真意」
ダルソンがどういった結論を出すのか、続く言葉を待つ。
ここまでの手応えは正直五分五分といった感覚だ。
何を考えているのやら、ダルソンは暫し虚空に視線を彷徨わせると、改めてティルティと向き合いゆっくりと口を開いた。
「……もう一つだけ聞こう。お前は私の爵位を継いで何をするつもりだ?」
「答えなければいけませんか」
結論はまだ出なかった。もどかしさと、その理由を口にする事が憚られるのかティルティは苛立たしさを滲ませて問いに問いを返す。
今度はダルソンの眉間に力が入り、しかめっ面になる。
「当たり前だろう。爵位とはただの称号ではない。貴族として成すべき仕事は山ほどある。
やってみたけど出来なかったなどというふざけた言い訳は通用しないのだ。その代償が己の首だけで済むならばよい。だが、多くの民を路頭に迷わせる事にもなりかねないとお前は自覚しているのか?」
直球の正論がティルティにぶつけられた。
そうだ。決して失念していたわけではないが、ダルソンの語る通り、爵位を継承するという事はその責任をも引き継ぐと言う事だ。
己の人生を己で決めたいと思うティルティの気持ちは蔑ろにしていいものではない。だからといって、多数の市民にその代償を与えようというのもまた間違いだ。
「どうした。何故答えない。まさか、遊び気分で爵位を欲しがったわけでもあるまい」
ダルソンの表情が一層険しくなる。
対称的に、ティルティは返答に窮しているようだった。それは継承を望む理由が私的なものである自覚がある故だろう。
ティルティは迷っている。自己の欲求を押し通すか、それとも自分以外の皆の幸福に殉じるべきか。選択肢はその二つだけだと思い込んでしまっている。
「ティルティ、素直に言ってしまえ。気持ちは伝えねば届かぬものよ」
だからこそ、我は背中を押す事にした。
ティルティはきちんと己の力量を理解している。子どもと言って差し支えない娘に、貴族として皆を率いる事などできはしないのだと。だが、その思考から今のティルティが辿り着く答えは間違いだ。
「そうだよ! ティルティの思ってる事を全部ぶつけちゃえばいいんだよ!」
「二人とも、そんな無責任に――」
「いえ。お二人の言う通りですわ。私が間違っていました」
我とともに後押しするミリーに対しレイニーが苦言を呈しかけたのをティルティが遮った。
レイニーが止めようとする理由も分かる。だが、今必要なのはそれではないのだ。
真に必要なのは思いを言葉で伝える事。ダルソンとてそれを望んでいるはず。ここまでの彼の言動を冷静に思い返せば、ティルティの事情を聴き出そうとしている以上の情報は存在しない。
それはつまり、話を聞くつもりがあるという証左だ。
なればこそ、思いの丈をぶつける以外に選択肢は無い。
ティルティはぐっとダルソンと目線を交わし、力強く立ち上がると同時に小さな口を大きく開いた。
「お父様、私はお父様の決めた方と結婚するつもりはありません。私の結婚相手は私自身で決めたいのです」
満を持してハッキリと言い切ったティルティの表情が、心なしか晴れ晴れとして見えた。
一方で、本心をぶつけられたダルソンはぽかんと口を開いて呆気に取られている様子だった。
「そ、その為に爵位を継承しようとしたのか?」
ようやっと絞り出したようなその声に、ティルティは気付いた様子なく生真面目に首を縦に振った。
「はい。馬鹿な事をとお思いかもしれませんが、これだけは譲れないのです」
どこか奇妙な静けさが訪れる。
答えを求むティルティに対し、ダルソンは冷や汗を垂らしながら固まっていた。
「すまんが、我も訊いてよいかの。ダルソン殿はどのような返答を予測していたのだ?」
どうにも違和感がある状況に、つい割り入ってしまった。我々は何か、とんでもない勘違いをしてはいまいか。
「私は……私の貴族としての適否を問われるつもりでいた」
「そんな!? お父様に限ってそのような事ありえませんわ!」
「ずっと敵愾心のような視線を感じていたのでな。私自身にそのつもりはなかったが、娘には見えているとんでもない不備でもあるのかと戦々恐々していたよ」
もしかしなくとも、このダルソンという男はおかしいくらいに生真面目な男なのではないだろうか。それ故に娘を信じすぎ、己に不足があると思い込んでしまった。結果として、ティルティの本来の望みを察せられず、すれ違いが起こってしまったのではないか。
どうやらティルティとダルソンも、互いのすれ違いに気付いたらしい。
ティルティは静々と椅子に腰かけ縮こまり、ダルソンはわざとらしい咳払いをして場の空気を取り繕っていた。
「で、では理由がそれだけならば、早急に爵位を譲る必要は無いな」
改まったダルソンが結論を告げる。
「えっ……」
「好きにしなさい、と言っている」
困惑を見せたティルティに、ダルソンは言葉を直した。
「随分とあっさりしておるの」
ティルティの頭ならダルソンの言わんとしている事は理解できたと思うが、想像以上にスムーズな展開だったので困惑が勝ったのだろう。
ダンジョン攻略の功績も関係なしに、こうも決着が早くつくとは我とて想像していなかった。
「誤解させているようだが、私は別に娘に結婚を無理強いするつもりなど最初から無いのだよ」
「えっ?」
「貴族として、民を率いる以上その責任は果たさねばならん。跡継ぎについて考えるのもその一つだ。
だが、それと同時に娘の幸せとて考えている」
民の上に立つ者として、完全な自由奔放ではいられない。それは貴族という階級に生きる者の責務なのだろう。それでもその中で選べる事柄もある。ダルソンはティルティに可能な限りの自由を与えるつもりが元からあったらしい。
「では……」
「私なりに良縁となる相手を探していたつもりだが、その気がないのであれば好きにすればいい。貴族としての責任を果たす方法は別に一つではないのだからな。そこを忘れないのであればティルティ、お前の自由にするがいい。その上で尚、爵位を求めるならば譲ろう」
「ごねていた割には爵位も譲るつもりなのか」
あれだけ脅していたにしては爵位の譲渡にも抵抗が無いような事を言う。そこを問うてみると、ダルソンに逆に首を傾げられた。
「十分な功績は示されていると最初に言ったつもりだが。それが本当に望みであれば譲ったとも。
尤も、そうでなくて良かったと思っているがね。私にはまだまだすべき事が山積みであるし、娘にももっと様々な経験を経て貰いたかったからな」
「どこまで本心なのやら」
誰ともなく微笑み合う。どうやら本当に全てが杞憂だったようだ。最初からダンジョン攻略などせずとも、ティルティの望みは叶ったのだろう。
ほんのすこし、ティルティが本心を伝える勇気を持っていたのなら。
「しかし、君たちには迷惑をかけたようだね。ダンジョン攻略だけでなく、我が家の事情にも巻き込んでしまったようだ」
だが、決して我らの介入は無意味だったとは思わない。ダンジョン攻略という困難を成し得たからこそ、ティルティの本心に説得力があっただろうし、ここまで深く本心を打ち明け合う機会もなかったかもしれない。
何よりも。
「いえいえ! あたし達はそれぞれの夢を叶える為に集まったユニオンだから、一緒に戦ったティルティの夢を応援するのも当たり前なんです!」
「うむ。ミリーの言う通りだの。我らは我らの信念に殉じて行動したに過ぎん」
「そうか。そう言って貰えると助かる」
我らのユニオン《蒼穹の夢狩人》は互いの夢を叶える事に全力で協力する者同士の集まりだ。パーティとして一時的に加入しただけとはいえ、共に戦ったティルティへの協力も当然の事。
話の一段落を感じたところで、ティルティが立ち上がり、我らと正面から向かい合った。
「皆様、本当にお世話になりましたわ」
そうして、深々と頭を下げる。その後に続くようにリィンもまた頭を下げた。
「お嬢様への格別のご助力、感謝の念に堪えません。僕からもお礼を述べさせてください」
「ティ・ル・ティ!」
「やれやれ、主らは最後まで変わらんの」
すぐにいつものツッコミが入り、穏やかな笑顔が花咲いた。
それから幾ばくかの談笑を交えた後、遂に別れの時がやってくる。
ティルティの夢が叶い、我らの目的も達成させられた今……それはつまり、パーティ解散の時だ。
気付けば鮮やかな夕焼けに彩られていた屋敷の前にて、我らとティルティ達が向かい合う。
「そういえば、皆様の今後の予定は決まってるのですか?」
「あぁ。昨日話し合ったんだがの。リア・ベスタに向かおうと思う」
実は昨夜、宿に泊まっている間に今後については話し合ってあった。
「リア・ベスタ……もしや闘技大会に出場なさるおつもりですか?」
リィンが逸早くその理由に勘付く。流石に有名過ぎてすぐに分かったか。ちなみに我は昨夜初めて知った話なのだが。
「聞いた事があります。確か最強の戦士を決める大会でしたわね」
「ええ。三年に一度行われる大会が二ヵ月後にあるからそれに出てみるつもり」
「良質な魔石は手に入ったが、これを有効活用するには資金が足りんでの」
そう。地獄への路の攻略で国宝級の魔石を手に入れる事は出来た。だが、魔道具に加工するには資金も材料も心許ないという結論に至ったのだ。そこで手っ取り早く資金か材料を集める手段はないかと検討したところ、レイニーから闘技大会の話が出たと言うわけだ。
「なるほど。あの大会の優勝賞金は確か二億マリーでしたね」
「流石に優勝までは望まんが、八位までは賞金が出るらしいでの。挑戦してみる価値はあると思ったのだ。それに、作りたいものは他にもあるでの」
資金も材料もどれだけあっても足りない。スーパーロボット一体分だけでも莫大な量が必要なのに、その研究から始めようとなれば数十、数百倍のコストがかかると見るべきだ。
その為にも少しでも資金が稼げる手段があるのなら、逃すべきではない。現状の我らが一位を取る事は難しいだろうが、八位までなら何とかなるのではないかと思ったのだ。
「あたしはあんまり出たくないんだけどねー。二人と違って凡人だし」
ミリーが文句を垂れる。昨日の時点で気乗りしない事は聞いていた。それでも完全に嫌だとは言わないのはミリーなりに我の事を慮ってくれての事だろう。
「ふふふ。ミリーならきっと大丈夫ですわ。私達も応援に行きますね!」
「え、来るの!? うう、頑張らないといけなくなっちゃうじゃん」
ミリーががっくりと肩を落とす。
元より無理強いするつもりはなかったが、ティルティが激励をかけてくれたお陰で参戦意欲を引き出されたようだ。正直を言えば少しでも賞金が確保できる確率が高まるのは望ましい。
「これは負けられなくなったの」
ミリーに発破をかけつつも、その言葉は我自身に宛てたものだ。ミリーが頑張ってくれるというのに、我が無様を晒すわけにはいくまい。
意気込みを新たにしたところで、いよいよ出発の時がきた。
「じゃあ、そろそろいきましょうか」
「ティルティ、またね!」
「はい。皆様も頑張ってくださいませ!」
「お三方のご活躍、心よりお祈りしております」
「では、行くとするかの! リア・ベスタへ!」
次なる目標はリア・ベスタ。ティルティとリィンに別れを告げ、我らは新たな旅路へと足を踏み出すのだった――
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これにて五章は終了。次回からは闘技大会編となります!
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