6-1「リックドラックのとある一日」
これはル・ロイザにおける、ある一日の話。
サクラ・ライゼンたちが旅立ってからしばらく。
新しくやってきた貴族が正式に領主となった事で、リックドラック・サンディルムは冒険者時代に使っていた姓であるガドルックを再び名乗るようになり、ル・ロイザの傭兵団団長として日々を過ごしていた。
ル・ロイザの新領主にはジャミエル・ロウバンという中央貴族の三男坊が任命された。
リックドラックが傭兵だった頃、ジャミエルを護衛する任務を受けた事があり、その縁で打診した所、快く後釜を引き受けてくれたという流れだ。
ジャミエルは決して武芸や政治に長けた人物ではなかった。しかして、彼は他人の長所を推し量り、また他人を頼る才能に秀でていた。
その能力と人望のお陰か、はたまた前領主のリックドラックの人徳か、ル・ロイザの領主交代は驚くほどスムーズに執り行われた。
一方、敵対していたリリディア神聖国も大人しくなっていた。
先の戦争において、人数的な損失こそ少ないものだったが、司令官であるコンラッドの処遇は協議中であり今はまだル・ロイザの牢屋の中にいる。それに加えて切り札だった無敵鎧が破られた事、竜人の協力者の存在などが響いているようだった。
更にはリリディア神聖国の掲げる教義 《ヒュマド》に反発する人間たちが起こしたルーザリア王国がこの機に乗じてリリディア神聖国に攻め込んだ事も重なり、向こう数年はル・ロイザと大規模な戦争は起こらないだろうと推測されていた。
詰まる所、リックドラックは平穏を享受していた。
その日も特に急ぎの仕事があるでもなく、のんびりと義手の調子の確認も兼ねて一人で剣を振るっていた。
「絶好調のようですね」
演舞とも呼べるような流麗な動きが一段落したタイミングで声をかけてくる者があった。
リックドラックが振り返った先に居たのはアイザー・ファリオン。傭兵団の二番手として活躍する男だ。
「おう。今なら単独で竜討伐にも出向けるぜ」
「そういう冗談はやめてください。貴方は本当にやりかねないから怖いんですよ」
リックドラックの冗談にアイザーは苦笑で返そうとし、それでも念のためと確認を取っていた。
「魔竜が生きてたら挑んでたかもな。それで、何か用があったんじゃないのか?」
実直なアイザーはただの雑談にわざわざ出向いたりはしないと、リックドラックは分かっていた。
そして他の傭兵や兵士ではなく、アイザー自身が出向いてきた事に意味があると感じていた。
「お客人がお見えです」
簡潔かつ明瞭な返事に、リックドラックは訝しむ。
「俺に客だと? そんな予定あったか?」
「アポイントメントはないですね」
疑問に即答で返され、リックドラックの不審は確信に変わった。
前提として、大した客で無ければアイザーか番兵かが用件を聞く。領主やその関係者であれば事前に連絡があるし、緊急を要するものだったとしても客人などとわざわざ相手を濁す必要はない。
相手が誰であるかを濁し、且つリックドラックに直接対応を伺うと言う事は先述した枠に収まらない、言い換えれば厄介な相手である事は想像に難くなかったのだ。
「面倒な予感しかしねぇな」
「ははは、勘も衰えていないようで何よりです」
ほぼほぼ直球で肯定を示すアイザーの物言いに、リックドラックは苦笑するしかなかった。
「しょうがねぇ。応接室にいけばいいのか?」
「お願いします」
にっこりとあどけない微笑みを向けるアイザーに、リックドラックはため息を隠せなかった。
アイザーに促されるまま、応接室へと向かう。
到着すると、メイドであるロノッテが控えていた。ロノッテは元々レイニー・キャスロックのメイドだったが、レイニーが旅に出た今、屋敷を継いだリックドラックに雇われている。
アイザーは右腕だが傭兵としての側面が強い。客人に無用な威圧感を与える可能性がある以上、同席は避けるべきだった。
その為リックドラックはロノッテを代わりに引き連れ、応接室へと入る。
「すまない。待たせただろう……か?」
入って早々、リックドラックは困惑した。
応接室のソファにちょこんと座っている相手は、娘のミリーと同じくらいと思われる子供だったのだ。
一瞬、種族的に身長が低い理人の可能性も頭を過ぎったが、体格からそうではないと思い直す。理人は身長は低めでもがたいが良いのが特徴なのだが、リックドラックの眼前にいる子供はローブから出た手足を見るだけで華奢だと分かった。
ただし、顔はフードを被っていて窺い知る事が出来ない。そのフードも不自然に大きく、兜をかぶっているのか、角でも生えているのかと推測された。後者であれば魔人かとも考えられた。
リックドラックはなるほど、と納得した。
小さな子供、それも顔を隠している。ミリーの友人という感じもしない。
何やら訳ありだと一目でわかる。
「遅い! いつまで待たせれば気が済むのよ!」
子供はリックドラックの方を向くなり、怒声を浴びせてきた。口調と声の高さから少女と見受けられた。
リックドラックはあまりの剣幕に気圧されながらも、相手が子供という事で笑みを作る。
「おっと、こいつぁ気丈なお嬢さんのようだ。だが、待つのが嫌なら事前に一言欲しかったな」
「アンタ達の都合なんて知らないわ」
「やれやれ、困ったお嬢さんだ。それで、俺に何の用だ? というか初対面だよな?」
あまりに自己都合を優先するワガママぶりに、リックドラックはどう対応したものかと迷っていた。
ただの子供であれば追い返すだけなのだが、アイザーがここまで通したのには理由があるはずと踏んでいた。そして相手について何も説明しなかったのは、直で見て確認してほしいという意味合いだ。
その理由を見出せていない内は無下に出来ない。
まずは少しでも情報を得ようと質問を投げかける。娘であるミリーの知り合いなどであればスムーズなのだが、と一抹の期待を込めて。
「ここにいたっていう竜人について教えて」
だが、期待していた答えが返ってこないどころか一方的に話を進められる。
幾ら相手が子供と言えど少なからず苛立ちを覚え始めていた。
「残念だがそいつは無理だな」
内心の苛立ちが若干声色に乗る。しかし、それがなくともリックドラックにサクラの事を話すつもりはなかった。
「どうしてよ」
「お嬢さんに教える理由が無いからだ。その竜人は恩人なんでな。
名前も知らない相手を信用出来ないし、不用意に周知する不義理を働く気も無い」
それはリックドラックの本音であり、常識的な回答でもあった。
素性の知れない相手に対し無暗に情報を喋るなど、例え恩人の事でなくとも憚られて然るべき。
「なら……アンタ以外に訊くだけ」
リックドラックの答えが気に入らなかったようで、少女はすっと立ち上がり退室しようとした。
「言っとくが、この街で誰に聞いても答えは変わらんぞ。
知ってるヤツは恩義がある事も知っている。後は詳しく知らないヤツばかりだ」
その背中に対し、リックドラックは止めるつもりはなくただ声をかける。
少女は振り返ると、おもむろにフードを脱いだ。
「ふーん……これでも教えてくれないのかしらね?」
最初に艶やかな赤色の髪の毛が目を引いた。それは誰かを思い起こすような色合いだったが、すぐに意識は別の所へと移される。
リックドラックの目線は髪よりも僅かに上へ。
少女の頭には立派な角が二本生えていた。同時にローブに隠していたのか太く長い尻尾が顔を出す。鱗に覆われたそれは、間違いなく竜のそれと同じだった。
「なっ!? お前……竜人!?」
リックドラックが竜人と対面したのは二人目だった。ただし、一人目のサクラは外見は完全に人間と化していたので竜人らしい竜人と遭遇したのは初と言えた。
そして、アイザーが判断を託した理由に納得する。
いかに相手が少女とて、竜人ならば油断は出来ない。サクラ・ライゼンという少女の存在がそれを証明していた。
「竜人の能力は知っているでしょ。さ、とっとと話して」
竜人の少女はそれ以上の説明は不要と言わんばかりに殺気を放つ。つまり言う事を聞かなければ竜の力を発揮すると言っているのだ。
「……その言い方は頂けないぜ、お前さん」
あからさまな威嚇に対し、リックドラックは恭順も拒絶もしない。代わりにそれは悪手であると諭す。それは相手がまだ少女だからという慈悲だった。
「やるって言うの?」
「お前さんがこの街に危害を加えるつもりならな。なぁ、ここには争いに来たのか?」
「アンタが喋ってくれれば全部丸く収まるんだけど?」
「そいつも無理だって最初に言ったと思うんだが」
話は平行線のまま、同じような問答が繰り返される。
一向に進む様子の無い話し合いに、竜人の少女の苛立ちが募っているのが如実に表れていた。
「どうする。言っておくが、無傷で勝てるなんて思うなよ」
苛立ちが爆発する一歩手前のタイミングで、リックドラックもまた剣に手をかけた。同時に相手に伝わるよう最大限の殺気を返す。
一瞬。
ほんの一瞬だったが、リックドラックの目には竜人の少女が竦み上がったように見えた。
竜人の少女は竦んだのを隠す為か、わざとらしく大仰なため息を吐き出す。
「メンド……理由を話せば納得するのね」
「内容次第だがな。まぁ、善処はしてやる」
それが妥協点だったのだろう。竜人の少女はどかどかと足音を立てながら元の位置まで戻ってくると、ソファを壊す勢いで座り込んだ。
改めて向かい合った竜人の少女は、気怠そうに口を開く。
その姿に、リックドラックは苦笑するしかなかった。
――これが、リックドラックが迎える新たな物語の始まりだった。




