4-15「試射会」
模擬戦から二日後。
鍛冶師のトムソンから連絡があった。
頼んでいたパーツが完成したという事で、レイニー達を連れ立って早速向かう。
鍛冶屋の戸を叩き中へ入ると、トムソンがパーツを揃えて待ってくれていた。
「おう、来たな。注文通りに揃えたはずだ。確認してもらえるか」
かなり細かいパーツが一つ一つ丁寧に机上に並べられている。これを組み上げればビームライフルが出来上がる訳だ。
実際のところ、魔道具として扱うならばここまで細かくする必要はなかった。
だが、今後本物のビームライフルを製作する機会に備えて、敢えて機械製の製作工程を取り入れてみたのだ。
「ふむ……完璧な仕上がり。問題なさそうだの」
これで機械製作の可能性も見えてきた。とはいえそれは後々の話。
今は目の前の魔道具製ビームライフルに集中する事にする。
我がパーツの検品をしていると横からミリーが興味深そうに顔を出してきた。
「これがあたしの武器になるの?」
「組み上げたらの。レイニー、手伝ってもらえるか」
ミリーの期待も相まって、俄然やる気が溢れてくる。
「ええ。魔石の組み込みは任せて」
「わしにもやらせろ」
魔道具としての部分はレイニー頼みになる。故に二人で組み上げようと思っていた所にトムソンからも応援の申し出があった。自分が作ったパーツの結末が気にかかるのだろう。その気持ちは我にもよく分かる。
「むしろ有難い。これならすぐに完成しそうだの。ミリーよ、少々待ってくれ」
「おっけー。早くしてね!」
ミリーに断りを入れ、三人で組み上げに取り掛かる。
我の指示を受けて二人とも迅速に動いてくれた。ものの半刻ほどで無数のパーツだった物が一つの形を成していく。
「よし、完成だの!」
「えっ、出来たの? 見せて見せて!」
我の前に、アサルトライフルを模した形状の魔道具が置かれている。
魔力を原動力にサクライズ粒子を生成し、発射するビームライフルだ。
完成品となったビームライフルを全員揃って改める。
「ふむ……これが武器なのか。珍奇な見た目だな」
「あー、なんかサクラのセンスって感じだねー」
トムソンとミリーからの評価はイマイチだった。何故だ。ミリーはともかく、銃は男のロマンのはずなのに。いや、この世界では前世の常識が通用しないのは百も承知なのだが。
「なぬ!? 待て待て、かっこいいであろ!?」
それはそれとして、かっこよさへの理解は欲しい。賞賛を欲する我に、沈黙を保っていたレイニーが呆れたように口を開いた。
「独特なところは自覚した方がいいと思うわ」
「ぬう……割とオーソドックスに作ったんだがの」
銃としてはこれ以上ないくらいありふれたデザインなのだが、伝わらないか。
「まぁまぁ。武器に大切なのは見た目より性能じゃろうが。さっそく試すんじゃろ?
人目につかない場所がいいなら、ランテの外にいい場所がある。案内しよう」
「おお、助かる」
トムソンの言う通り、武器としての性能が判明すれば皆の評価も変わるはず。それにどんなものか見せるのはトムソンとの約束でもある。促されるままに場所を移動する事にした。
ランテの門を潜り、外壁に沿って歩く事数分、小さく開けた場所があった。壁と木々に囲まれており、確かに人目を気にせずに済みそうな空間だ。
早速、ビームライフルの使い方をミリーにレクチャーする。
特に銃口を人に向けない事と、安全装置については入念に確認を取った。弓矢よりも手軽に撃てる分、安全面の管理はやり過ぎて丁度いいくらいだ。
その後で撃つまでの流れを説明していく。
ミリーは一つ一つ口に出してしっかり頭に刻み込んでいる様子だった。
「えっと、ここでターゲットを確認してこのトリガー? を引く、と」
照準の見方も問題なし。この様子ならば弓矢の時のような盛大な誤射はするまい。
「うむ。ミリーは覚えが良くて助かるの」
「流石にこれくらいは覚えられるよ!」
これくらい、とミリーは言うが手順を並べると決して少なくはない工程がある。
魔道具ゆえ、本来はもう少し簡略化させられるのだがそこは安全面を考慮して敢えて残しているポイントだ。それでも覚えがいいのはミリーの育ちの良さ故なのだろう。
ミリーの準備が終わった所で、トムソンが声をかけてきた。
「的は廃棄品の鎧を置いたが、あれでいいんだな?」
トムソンが指さす方には案山子のように立てられた棒に被せられた鎧があった。
廃棄品というように見るからにボロボロだが、それでも形は保っているし金属特有の頑強さも垣間見れる。
「なかなか頑丈そうだの。十分だ」
「……言っておくが、廃棄品っつっても金属の塊だからな。並みの武器じゃ返り討ちじゃぞ」
トムソンから警告を受ける。確かにあの鎧を剣で斬ろうとしたり弓矢で射ろうとすれば難しそうだ。だが、これから試す武器はその限りではない。
「並みの武器なら……ね。多分それは大丈夫そう」
既に結果に予想がついているらしいミリーが我より先に頷いていた。
「ふふ。分かっておるではないか。ではミリー、くれぐれも安全には気を付けての。
最初は最小限の魔力でいこう」
「最小限でいいの?」
「万が一を想定しての事よ。それで良い」
威力を確かめるよりもまず、安全を優先するのは当然の話だ。照準器もついている以上、よほどの事が無い限り大きな誤射は起こらないはずだが、安全に気を付け過ぎるという事は無い。
「はぁい。じゃ、撃ちまーす」
理解しているのかいないのか、ミリーは軽い口調のまま照準器越しに狙いをつけ、鎧の的に向けてトリガーを引いた。
ビシュゥゥゥン――
一本の細い閃光が迸り、吸い込まれるように鎧のど真ん中へと突き刺さる。
瞬き一つ分の間を置いて、閃光は鎧の後ろから顔を出し、遥か虚空へと消えていった。
「……ふへぇ」
トリガーを引いたミリーは、ビームライフルを下ろしながら呆然と鎧に空いた穴を見つめていた。
大丈夫かと心配して顔色を窺うと、何故かその口角が上がっているように見えた。
「バカな……これで最小威力だと!?」
一方で、トムソンは驚愕に目を見開いていた。撃ち抜かれた鎧に駆け寄り、穿たれた穴の様子をまじまじと観察している。
この中で唯一ビームを見た事のない者の反応は新鮮だ。鎧を貫通する威力を持っているなど想像していなかったのだろう。
「ねっ、ねっ、もっかい撃っていい!?」
トムソンの反応に満足していると、ミリーが勢いよく詰め寄ってきた。あまりの勢いに興奮しているのが見て取れる。的のど真ん中に当たったのが嬉しかったのか、それとも高威力に昂ったのか。
どの道、試用は一度で終わらせるものではない。
「お、おう……次はもう少し威力を上げてみるかの」
「やたっ! 早くどいてどいて!」
若干気圧されながらもミリーの要望に同意すると、ミリーはトムソンを完全に邪魔物扱いして追い払っていた。
どうにも良くない興奮をしているように見えるのは気のせいだろうか。
「お、落ち着いてな? よく狙うんだぞ?」
「分かってる分かってる」
我の言葉が届いているのかいないのか、ミリーは先ほどよりも素早く照準を合わせると、二度目のトリガーを引いた。
バシュウウゥゥゥン――
最初に空いた穴のすぐ下にもう一つ、二回り以上大きな穴が空く。胴体の大きい歪なダルマ型に空いた穴を見つめるミリーの瞳は、過去最高に輝いているように見えた。
「……うっはぁ」
何故か震えている。感動しているのだろうか。感極まったような吐息が漏れている。
「み、ミリー? 大丈夫かお主?」
思わず声をかけると、ミリーはゆっくりと顔をこちらに向けた。
そして大きな身振りで感動を表現する。
「サクラ……これ最っ高! めっちゃ気持ちいい!」
「なんかヤバい目をしとるぞ……」
ミリーの瞳はよくない方向の輝きを灯していた。もしやとは思ったが、トリガーハッピーの素質があったのかもしれない。
「うふへへ……試すならもっと回数こなさないとダメだよね」
「い、いや……まあ程々にな?」
乱射でも始めそうな様子に、我は宥める事しか出来なかった。
ふと、かつての誓いを思い出す。
ミリーに斬ってもらうのは食材のみ、敵は斬らせないと誓い合った。それに関して、特に不満があるわけではないしあるべきものだと思う。
だが、現実的に必要だったのは、敵を『撃たせない』事だったのではないか。
そんな事を考えつつも今更ダメとも言えず、答えの出ない問答に途方に暮れながら、ミリーが暴走しない事を祈って見守るしか出来ない自分に情けなさを感じるのだった。
「あー……ゴホン。ミリーは置いておくとして、感想はどうかの?」
落ち着けるにはもう好きなだけ撃ってもらうしかないと諦め、ミリーは放置してレイニーとトムソンに感想を求める。
ミリーも流石に最低限の節度は理解しているだろう。街に被害を出したりはしないはずだと信じる。
トムソンは額から冷や汗を垂れ流しながら、未だ視線をビームライフルの軌跡から離せずにいるようだった。
「まさかこんなとんでもねぇ武器になるとは思いもしなかったぜ。歴史が変わるぞ」
「ふふっ、それは少々大袈裟だの。確かに優れた武器であると自負しているが、欠点も対策も普通に存在する。他の武器と何も変わらぬよ」
ビームとて欠点はある。水中では威力が大幅に減衰するし、同じ性質を持つビームとぶつかれば相殺されてしまう。これはサクライズ粒子の特性でもある。
つまり水の魔法で壁を作られれば防がれるし、同様の魔道具を作られれば簡単に対抗できる。
今はまだそれらの性質が知られていないが故に、無敵の武器に見えているだけだ。
我の返答に納得がいかない様子のトムソンだったが、それ以上の追及は無かった。
ひとまずレイニーへと意識を向ける。
「一つ気になる事があるわ」
「ほう、何かの?」
トムソンと違い、レイニーは既に我の目からビームで予習済みだ。さほど驚いた様子の無いレイニーからどんな疑問が出てくるのか。
「詠唱文を刻んだから分かるけど、原理的にはサクラのそれと同じものよね?」
「うむ。そうだの」
「どう考えてもこちらの方が取り回しもしやすそうだし、使い勝手は上よね。携帯性はまぁサクラの着けてる方が優秀かもしれないけど……最初にこっちを作らなかった理由は何なの?」
なるほど。確かに顔を対象に向ける必要のあるメガネ型と違い、銃ならば後ろにだって撃てる。
レイニーの指摘は間違っていない。真実であろう。
だが、一つ大事な視点が抜けている。
「そんなのは決まっておる。ビームライフルは確かに優秀な武器だが、これはロボット的ではあってもスーパーロボット的ではないからだ!」
そう!
ビームライフルはロボットらしい武器ではある。だがそれは量産型の武器……言い換えれば工業兵器の側面が強いのだ。超然とした技術で作られた正義の味方の化身らしさは薄い。
それに比べて目から放つビームは、そのシルエットからしてヒロイックであり、スーパーロボットらしい兵器と言える。我がどちらを優先するかなど、一目瞭然なのだ。
「……質問した私が間違ってたみたいね」
「わしには何のことやらサッパリなんだが」
「私も同じです。サクラの発言が突飛なだけです」
頭を抱えるレイニーに、両手を上げて降参を示すトムソン。
残念ながら我の説明で二人の理解を得る事は出来なかったようだ。
「いずれ理解させてやろう。ともかく、試射は成功のようだの」
穴だらけになり、廃棄品どころかただのゴミクズと化した鎧の方を見ながら、一先ずの成果に改めて頷く。
「あははははは!」
「……あれを成功と言っていいのかしらね」
鎧の残骸に向けて未だビームライフルを構えて大笑いするミリーを心配するようにレイニーが呟いた。傍から見て不安を覚える情緒なのは間違いない。
「まぁ……ビームライフルは問題ないからの。ミリーには後で強く言っておくとしよう」
「あの嬢ちゃんはともかく……いい勉強をさせて貰った。また依頼があったら頼ってくれ。力になろう」
「それは心強いな。その時は是非頼ませて貰う」
トムソンの技術力は既に十分堪能した。ル・ロイザのガゼット然り、良い職人に巡り合えた事は幸運以外の何物でもない。
今後もこのような出会いがあるとは限らないし、是非とも繋がりは作っておきたいものだ。
そういった願いを込めて握手を求める。トムソンは快く我の手を取ってくれた。
こうして、試射会は無事に終わりを告げるのだった――




