4-13「模擬戦・反省会」
模擬戦の終了を宣言した後、負傷者の回復を待ってランテの街内へと戻った。
ゲイマールの屋敷の庭を借り、反省会へと移る予定だ。
とはいっても、百人もの兵士全員と反省会をするわけではない。治療が終わった者から順に、事前にミリーと用意しておいたアイスクリームとクッキーを手渡し帰らせた。いわゆる『頑張ったで賞』みたいなものだ。
我をただの怖い竜人だと思われないようにとの苦肉の策だったが、これが中々どうして好評だった。
そうして一通りの後始末が終わった所で、我ら《蒼穹の夢狩人》メンバーとゲイマール、サランの五人が残った。
五人でテーブルを囲み、和やかなお茶会の様相を作り出す。
サランはともかく、超堅物といった風体のゲイマールに、我の稚拙なアイスクリームなど振舞って大丈夫かと少しばかり危惧したが、特に何か指摘されるでもなくゲイマールは静かにアイスを口に運び、紅茶を啜っていた。
「さて、反省会をするのだったな」
「うむ。せっかく戦いの場を設けたのだから結果の分析までしなければ勿体なかろう」
ゲイマールから問われ、我は頷く。反省会という催しまでは依頼に含まれてはいなかった。しかし、それくらいのアフターサービスはしても構うまい。大した労力でも無し、身体を張った以上、最大限の成果を求めたいと思うのはおかしい気持ちではないはずだ。
「確かにな。しかし、これは君たちに依頼した領分を超えているが、良いのかね」
「なに、ただのついでよ」
「すまんな」
ゲイマールから謝辞を受ける。堅物らしく、事前の取り決めを越えている事を気にしていたようだ。しかし、これ以上の遠慮は失礼だと理解したのか微笑みを持って頷いてくれた。
「では始めよう。まずサラン、主の意見を聞こうかの」
最初はサランに意見を求める。他人の評価を受けた後では、素直な意見は口に出し難かろうという判断だ。
サランは緊張した面持ちながら、ハッキリと口を開いた。
「……落雷による牽制は、効いていなかったのですよね。今思えば、あれはブラフだったのだと思いました」
「うむ。全く無効というわけではなかったがの、どうせ飛んでも我は原初魔法を吐けぬ。
ならば地表にいた方が反撃もしやすいと考えたわけだ」
戦いの記憶を思い出すように、サランは確認を取ってくる。当時の状況を思い返し、その答えに至ったようだ。我はその推測が正しいものだと肯定する。
「それに気付かなかったのが最初の敗因……だと思います。そして反撃を受けて味方がやられた時、僕の指示が足りずに動きがもたついた。そこで態勢を立て直せずに追撃を受けたのが二つ目のミスです」
大きく分けて二つの失敗が敗北という結果を招いたのだとサランは語る。そこで彼からの話は途切れた。つまり、サランの意見はそこで終わりだと言う事だ。
「だいたいそんなところかの?」
「大まかにはその辺りだと思っているのですが、どうでしょう」
念のため確認を取るも、やはりサランの意見はここまでらしい。ならばと口を開きかけたところで、我より早く言葉を発する者がいた。
「では、観戦していた私から一つ宜しいですか」
挙手と共に声を上げたのはレイニーだ。戦いを外から見ていたレイニーの感想も実に気になるところ。我は素直に身を引いてレイニーに任せる事にする。
「ど、どうぞ」
「まずサランさんは一つ……いえ、二つほど思い違いをされているかと」
「え?」
レイニーの言葉を上手く呑み込めなかったようで、サランはぽかんと口を開けた。
「指示が足りなかった、と仰いましたが、あの場での指示は的確でした。足りなかったとすれば、部下への鼓舞でしょう」
「鼓舞……ですか?」
未だ要領を得ていない様子のサランに対し、レイニーは構わず言葉を紡いでいく。
「今回の兵士は実力面はともかく、精神面で脆いと目される者達で構成されているのは知っていたはず。
であれば、彼らの不安を取り除き戦意を高めるような声かけが必要でした」
「命令を出すのに必死だったのは分かるし、余計な言葉を語る余裕が無かったのも事実であろうがの。それでは動けぬ者もいた、という事よ」
我の方からも補足を加える。実際、サランの指示に不備はなかった。これが歴戦の戦士とまではいかずとも、それなりに戦闘慣れした兵士相手ならば何も問題は無かっただろう。だが、今回の兵士たちはそうではなかった。故に不足が出てしまったのだ。
「付け加えるなら、彼らの戦意を維持する為にも、もう少し突撃は控えるべきだったかもしれません。
安全圏から攻撃できる、というのは決して卑怯な事ではありませんからね」
「そういう意味では、最大のミスは部下の状態を理解しきれていなかった事と言えるやもしれぬの」
敵である我に対する分析は、完璧とは言わずとも相応に練られていた。あるいは、味方が頼りないと分かっていた故に余計に敵へと注力していたのかもしれない。
しかしそれではダメなのだ。敵を知る事も大切だが、己をも知れねば百戦危うからずとはいかない。そして己とは、自分一人だけではなく味方となる全てを指す。
我とレイニーの言葉を受けたサランは、しかして身を縮こませる事は無かった。
緊張こそ未だ隠せていないが、それでも真っ向から我らの言葉を受け止めようとしている。
実に助言しがいのある若者だと、語っていて嬉しくなる。
「……返す言葉もありません。その、もう一つの思い違いとは?」
「今回の戦いの目的です。サランさんはサクラに勝とうとしていたようですが、そもそもその前提に誤解があります。今回の模擬戦における達成すべき項目とは部下の方々の士気向上のはず。
確かに強敵に打ち勝つ事が出来れば自信がつくのは間違いないでしょう。
ですが、その達成が難しいと分かっている時点で方針を変えるべきでした。先ほどの話と被りますが、彼らを奮い立たせる言葉、安心させる言葉を投げかける事が必要でした」
戦いの成否と勝敗は似て非なるものだとレイニーは語る。勝てば成功なのは間違いないが、成功に至る道筋は一つではない。勝つ事が困難ならば、他の道を選ぶ柔軟性を持つ事も必要だった。
「……初めから勝ち筋はなかったと言う事ですか?」
サランはそれでも食い下がるように問いかける。戦闘の意味合いはともかくとして、勝敗が初めから決まっていたような物言いに納得がいっていない様子だ。
「ゼロではなかったと思うぞ?」
「物事に絶対はありませんからね。ですが、確率は限りなく低かったでしょう。
仮にサクラに打ち勝とうとしたら……そうですね、まず開戦前に部下の士気をある程度底上げしておくのが第一。兵士とて人間ですからね、一人一人戦う意味は異なります。戦意を高揚させる方法は一つではないでしょう。ですから、まず事前に彼らを知っておかねばなりませんでした。
そして戦意を十分にした部下と連携して逃げ場を奪うように攻撃……これはサランさんも出来ていた事ですね。
ただし、逃げ場を封じるには至っていなかったので、ここは土魔法で足元を固定するか氷漬けするかした方が良かったでしょう。
そうして反撃の手を封じる事を優先しつつ、少しずつ体力を削っていく。ここまでいければ勝ち筋は見えたと思います」
励ます事に留めた我に対し、レイニーは淡々と我の攻略法を教授していく。
その過程が実に的確過ぎて、つい距離を取ってしまう。
「レ、レイニー? 我に対してガチ過ぎぬかの?」
「この際だから、貴方もピンチに陥った時の想定はしておいた方がいいでしょ?」
まさかこっちに飛び火してくるとは。
だがしかし、レイニーの言う事にも一理はある。我が原初魔法が使えない事を知っている者が襲ってくる事があるかもしれない。そんな時にどう対処するべきか考えておく必要はあるのだろう。
とはいえ、これは竜化している事を前提とした話だ。
「そも竜化する気はないんだがの」
「だとしても、いざという時を考えない理由にはならないわ」
我はこうした事態を除けば竜化するつもりはない。だから別にいいだろうと言い訳を口にしたら秒で反論された。これは形勢が良くない。
「ちょっ、待て待て。我の話は後でよかろう!」
強引に話を戻すよう進言する。今はサランの反省会のはずだ。
……いや、よくよく考えれば誰のとは明言していなかった。我の事を指摘されても文句は言えないのだろうか。
しかし、この場を提供したのはゲイマールだ。我への指摘ならいつでも出来る。やはり優先すべきはサランたちの方だろう。うむ、理論武装完了だ。
「ゴホン……纏めると、大切なのは現状の理解と目的を見誤らない事です」
レイニーも優先順位は分かっている。咳ばらい一つで区切りをつけ、話を改めた。
「サランさんの指示は的確でした。それに後から気付いたとはいえ、敵の動きを分析する目もあります。
後は味方への気配りを忘れず、戦いの目的を理解すれば大丈夫だと思いますよ」
「あ……ありがとうございます」
分かりやすい纏めと激励に、サランの表情がぱっと明るくなった。
「是非ゲイマールさんの期待に応えてあげてくださいね」
「期待……ですか」
しかし、追加された言葉にサランは頭を捻る。どうやら彼は気付いていないようだ。
「何を呆けておる。でなければ、百人もの兵を集めたり我を呼んだりなどせんだろう」
そもそも、今回の模擬戦は誰の為のものであったか。百人の兵士の精神を鍛えようというのも間違いでは無かろう。だが、それを最優先とするならばサランは些か経験が不足していた。
もっとベテランの指揮か、彼らを鼓舞する専門の人員があってもおかしくない。
しかし、そうではなかった。それはサランの采配に注目していたからではないか。そしてその成長に期待していたからではないか。
「二人とも。その発言は少々無粋ではないかね」
ゲイマールから釘を刺される。当人がいる前で語る話ではなかったようだ。
「おっと、失言であったか。サランよ、すまんが忘れてくれ」
「は、はぁ……」
多少強引ではあるが、こんなところでゲイマールには手打ちとしてもらおう。
サランは困惑した様子であったが、ゲイマールは渋々ながら納得したようだった。
反省会で話すべき内容は大方語り終わった。
さてさて、そろそろお暇するとしようか――




