4-4「初陣」
――タンッ!
小気味良い音と共に、吸いつくように矢が刺さる。
「このっ! このっ!」
――タンッ! タンッ!
ミリーの苛立たし気な声に合わせて、更に二つの矢が深々と突き刺さっていた。
獲物ではなく、その周囲の木々の幹に。
「あーもー! なんで当たらないのよー!」
叫ぶミリーを横目に、我の斧とレイニーの剣が獲物であるブラッドラビットを斬り伏せる。
これが、《蒼穹の夢狩人》の初陣の結果だった。
――冒険者ギルドでユニオン登録をした後、我らはル・ロイザを旅立った。
登録自体はスムーズに終わったが、レイニーやミリーの参戦は周囲の冒険者たちをにわかに騒がせていた。領主(もうすぐ元になるが)の娘と片腕が、どこぞの竜人とユニオンを組むというのだから話題になってもそれは仕方ない。
我個人も、それなりに噂は広まっていたようで遠巻きから眺める視線の数が尋常ではなかった。ル・ロイザを離れるという選択肢は間違っていなかったと確信できるほどに。
街を離れた我らの目的地は魔人領アモンガランに隣接する都市リ・マルタ。
到着までには幾つかの街を経由する予定だ。
ひとまずの目的地はランテ。先の戦いで派兵先となった街だ。
大よそ一日半と目される道程は、初めての冒険として丁度いい。
近辺の魔物も大した強さではないため、集団戦闘の肩慣らしにも適している……はずだった。
はずだったのだ。
――我に返って、眼前の惨状を省みる。
数分前、ブラッドラビットの小群を見つけた我らは攻撃を仕掛ける事にした。
ブラッドラビットは優れた嗅覚を持つため、先手を打つには遠距離からの攻撃が不可欠。そこでミリーの弓矢の腕前を確認する事にしたのだが、結果はご覧の有様。
十本以上の矢がブラッドラビットに掠るどころか見当違いの方向へ飛んでいっていた。
せめて対象の周囲に着弾していれば擁護のしようもあったのだが、外し方が豪快過ぎてレイニーも唖然としている有様だった。
結局、ブラッドラビットのほとんどは我とレイニーが片付け、ミリーも一匹蹴り飛ばして無力化して戦闘は終わった。
倒したブラッドラビットを確保しがてらミリーの放った矢も回収していく。
ちらとミリーの様子を伺うと、俯いた様子で黙々と回収作業にのめり込んでいた。落ち込んでるのが明白だ。
「……まぁ、よくよく考えれば大して練習もしていない武器の扱いなんてこんなものよね」
レイニーがぼそりと呟く。それはフォローなのかトドメなのか、どっちのつもりなのか。
見るからに気落ちするミリーに対し、かける言葉が見つからないまま時は過ぎゆく。
その日は結局、それ以上の戦闘は無く日が落ちる頃には野営の準備を進めていた。街道を外れ、開かれた場所を休息地と定める。
野営と言ってもマジックハウスがある。
我は勘違いしていたのだが、マジックハウスはマジックバッグと違い中に入れた物を小さくするのではなく、ハウス自体が大きさを変えるものだった。
つまり、使用する際に普通の家と同じ大きさになる。その為、展開できるだけのスペースが必要だった。
尤も、冷静に考えればそれは当然だ。小さいままでは家ごと潰される恐れがある。一撃死の可能性を考慮すれば、とてもマジックバッグと同じ形には出来なかったのだろう。
周囲には魔物除けの香を焚き、罠も仕掛けて安全を確保した上で中に入る。
慣れない旅程に疲れたのもあり、暫しの休息の後、それぞれの役割に従事する事となった。
ミリーは言わずもがな、料理を担当している。本日の戦果であるブラッドラビットの肉と街で購入した野菜や保存食やらを用いて早速調理にかかっていた。
レイニーは我の要望で魔道具の製作を行って貰っている。正式な完成に至るのは魔石を含めて材料が足りないので街に着くまでお預けだが、開発が滞っているので少しでも進めて欲しいという我の我儘を聞いてもらっている格好だ。
作業場となる部屋は無いので、ダイニングの一角にスペースを作っている。
レイニーに諸々を頼む代わりに、我は他の家事を全て代行する事となった。掃除に洗濯、その他雑務。武具の手入れだけは流石に個々人の領分だ。
尤も、今するべき事はそう多くない。翌日にはランテにつく算段なので洗濯はその時でいいし、調理中に埃のたつような掃除をするべきではないからだ。
調理の手伝いは不要とミリーから厳命を受けているので、暫し手持無沙汰となる。
仕方ないので、新たな魔道具の設計図を書く事にした。二人の邪魔にならないよう、寝室にてひっそりと行う事にする。
色々作りたいものはある。今後、マジックハウス内の家事を執り行うに当たって、前世で言う家電製品は欲しい。炊事に関してはミリーが取り仕切る為、便利にしすぎると文句を言われそうではあるが、掃除や洗濯は我の担当となる故、少しでも楽になる方向にもっていきたい。
だが、それはそれとして今一番優先すべき魔道具はそこではない。
既に頭の中にある内容を、ペンに乗せて紙に記していく。
「ご飯できたよー!」
休むことなく走り続けるペン先が一つの設計図を書き終わる頃、キッチンからミリーの声が響いてきた。
完成まであと少しではあるが待たせるのも悪いと思い、手を止めてダイニングへと向かう。
既に作業を切り上げていたらしいレイニーが食卓に料理を運ぶのを手伝っていた。
ミリーも配膳の手伝いまでは拒む気はないらしい。我もすぐに参戦し、瞬く間に食卓に料理が並べられる。
メインはウサギ肉を香草で焼いたもの、それにサラダとパン。見た目も組み合わせも悪くない。
「これは……なかなかの物だの」
「夢を語るだけはあるわね」
「へへ、いっぱい食べてね!」
我とレイニーの賞賛を受け、ミリーは自慢げにそれぞれの料理を勧めてきた。
一つ一つに手を付ける。ウサギ肉は臭みもなく香ばしく味付けがされていて思わず舌鼓を打つほどだった。付け合わせのサラダも程よく塩が効いており、パンは流石に出来合いの物だが他の料理にマッチしている。
全体的な纏まりも個々の味も申し分のない出来だった。
一しきり味を堪能し、雑談に花を咲かせる。生憎と我は己の趣味以外に語れる話題は無かったが、ミリーがよく喋ってくれるお陰で退屈する事は無かった。
レイニーもどちらかといえば言葉少なな方なので、ミリーが随分と支えになってくれている。
楽しい夕食も終わりに向かった頃、食後の一服がてら改めて会話の機会が訪れた。
「いやぁ、美味かった。だが、ミリーはまだ高みを目指すのか」
「まぁね。ママのご飯はもっと美味しかったし、手際も良かったな」
既に相応の力量はありそうだが、ミリーは満足していない。今日はまだ食糧も十全に用意してあった上、たった一食分の話だ。これから先、色々な状況が訪れた時にも同様以上の成果を出したいという気持ちもあるのだろう。
「このクオリティを維持できるのなら、旅も楽しいものになりそうね」
レイニーはしれっとした様子ながら、誰よりも食べている事を我は知っている。
以前のお茶会などもそうだったが、意外と食べる事が好きなのかもしれない。
そんな我の疑念を知ってか知らずか、レイニーはお茶を一口含むと我らの方に向き直った。
「さて、じゃあ今日の反省会をしようかしら」
それまでの暖かな空気が一瞬にして冷えた気がした。具体的には我の隣の方向、ミリーがいる周辺からだ。
我にとってはそこまででもないし、レイニーの想定も恐らく我と同様だろうが、ミリーにとっては気の休まらない時間が訪れようとしていた――




