2-15「夢の始まり」
「……レイニー?」
「そんな……的どころか対魔力結界を貫通?」
ぶつぶつと何やら呟いており、様子がおかしい。というか、魔力結界を貫通?
レイニーの言葉に促されてよくよく見てみれば。金属鎧の的の向こう、結界の奥にある壁にも穴が空いていた。
とりたて変な事でもない。
この魔道具が魔力で起こすのは、あくまでビームとなるサクライズ粒子生成の補助と、集約と発射に関してのみ。
一般的な魔法は、魔力そのものを炎や水に変化させるためそこに魔力が含まれる。だが、これは粒子を生成する過程を魔力に頼っている。つまり、生成物は疑似的に自然発生させたものなので魔力が含まれないのだ。
そのため、魔力結界の影響を受けなかった。何も不自然な事は無い。
ちなみに、こうした形にしたのは何も結界の透過を狙ったからではない。
魔道具とはいえ、ビームは『本物』であって欲しいと言う我の願望からこうした構造にしただけの話だ。
そうした原理をレイニーが理解していないのも無理はない。
レイニーの傍へと駆け寄り、揺さぶって意識を戻させる事にする。
「おーい、レイニー?」
「サクラさん!」
「ひゃい!? ど、どうした?」
正気に戻そうと近づいたところ、逆に肩を掴まれ引き寄せられた。思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
だが、レイニーは気にする事なく顔をずずいと近づけてきた。
「今のは一体……何をなさったんです!?」
「何とは……ちゃんと設計図にも書いたであろう。いわゆる目からビームというやつだの」
設計図とは言うが、仕様書その他諸々、必要な物は取り揃えていたはずだ。使ったらどうなるかは事前に知っていたはずなのだが。
「だからそれが何なのかって聞いてんのよ!!」
「おお?」
あまりの激情に口調さえ崩れてしまっている。これほど正気を失っているレイニーは初めて見た。
どうやらビームという説明が通じていなかったようだ。
レイニーの鬼気迫る表情に呆然としていると、少し冷静さを取り戻したのかハッとしたように我の肩から手を引き、一歩後退った。
仕切り直すようにわざとらしい咳ばらいをし、改めて我の方へと向き直る。
「……し、失礼しました。ですが、キチンと説明を!
正直私では、あの内容は理解できなかったんです。ただ図面通りに作っただけ。
だから説明をお願いします。それは一体どういう魔道具なんです!?」
全く理解できないものを、そのまま作れるのもある種の才能だと思うのだが、それを口にしたら怒られる気がしたので止めておく。
それにしても、レイニーの情緒をここまで乱すとは思わなかった。
衝撃を感じてくれるのは嬉しいが、度が過ぎるといじめているみたいになるのでここは要望に応えよう。
「こいつは、蓄積された魔力を元に化学反応を起こし、サクライズ粒子を生成、それを集積し一点に集めて指向誘導を行う事でビームを発生させるという代物だ!」
「……すみません。無学なもので、もう少し分かりやすくお願いしてもよいですか」
むう。今の説明でも通じないか。
そうか、我の説明の仕方が悪かったのか。聞き知らぬ単語を羅列されても、意味が通じないのは道理だ。これは我の不徳と反省すべき点だな。
「あぁ、サクライズ粒子が何か分からなかったのか。あれは我が昔、新発見した特殊な粒子での。
密集するととてつもないエネルギーを持ち、発光する性質を持つのだ。正にビームになるべくして生まれた粒子と言えるな」
サクライズ粒子。
それは前世で我がビーム兵器の研究中に発見したものだ。他にも幾つかついでに見つけた物もあるが、これが一番ビーム兵器に適していた。今しがたレイニーに語った通り、理想のビーム生成粒子なのだ。
ちなみに粒子名に我の名前を混ぜたのは、発見者の特権である。
「……聞いても分からないということがよく分かりました」
頭痛を振り払うように頭を抑え首を振るレイニー。
まだ理解は得られなかったらしい。
もしやビームそのものが通じていないのか。似たような魔法は、それこそ《竜滅砲》など存在するというのに。
「ただ、一つだけ。これだけは明確にしたい事があります」
どう説明したものか、と考えているとレイニーは理解を諦めたように続きを口にした。
「素晴らしい成果に報いるのはやぶさかではない。何でも聞いてくれ」
「これだけの魔道具の設計、どうやって成し得たと言うのです?」
「む? お主の書物を読ませて貰っただろう。あれで大体の文法が理解できたのでな。
後は我の作りたい物に当て嵌めていっただけだの」
魔道具の作成には、発動したい魔法の詠唱文を刻み込む必要がある。
誰もが共通の認識で理解できるような極めて正確な文章が。
その為の文法、文脈、使える単語などなど、例となる資料を基にだいたいの理論を解明した。
「ぶ、文……法……詠唱文に法則があると!?」
「何を驚く事がある。詠唱『文』というのだから、無論あって然るべきだろう」
我としては至極当たり前の結論だったのだが、我よりよほど魔道具に詳しいであろうレイニーには驚天動地の事態だったようだ。
「た、確かにそれはそうかもしれませんが……たったあれだけの資料から解明したとは信じられません」
レイニーは参考資料の少なさを指摘するが、世間に出回っている魔道具のほとんどが網羅されているらしいレイニーの書庫は、十分といえるだけの資料があった。
それでもレイニーが驚いている理由に、少しだけ心当たりがあった。
我が魔道具の文法を解明するにあたっては、前世の知識を少しばかり応用させて貰ったからだ。
具体的に言えば、コンピュータのプログラミングとコードの知識、そして日本語だ。
一つの例を挙げるなら「我はレイニーの屋敷に行った」という文があるとする。
「レイニーの屋敷に我は行った」「我は行った。レイニーの屋敷に」どちらも意味合いは変わらない。変わるのは理解しやすさだ。この例ならば最も伝わりやすいのは最初の例となるが、文章が長大化すれば正解は変わってくるし、何を強調したいかでも正解は異なってくる。
詠唱文の構築にも、こうした伝わりやすさへの配慮が必要となるのだ。
「まぁ、我も完全に解明できているとまでは自信を持って言えぬがの」
更に複雑な機構に挑むとなると、未だ不安はある。
しかし、グラスラインレーザー程度の魔道具であれば十分考案した理論が使える事が分かった。
今後足りない部分が出てきたとしても、後は逐次実験と検証を繰り返していくだけだ。
「実際、ここまで想定通りに機能してくれるとは思わなかったぞ。
実によい仕事をしてくれた。いくら感謝しても足りんくらいだ。これで我はようやく夢への出発点に立てたと言える」
「……これだけの成果でようやく出発点、ですか」
「まあの。最終的には、これを魔道具ではない形で再現せねばならんからの」
「よく分かりませんが、貴方の夢は末恐ろしいですね……」
レイニーはスケールの大きさに困惑している様子だった。だが、我にとっては始まりでしかない。
現状はただスーパーロボットを作る為の道具の開発に光明が見えたに過ぎない。
それでも進展は進展。この世界でもスーパーロボット開発の可能性が見いだせた事は大きな一歩と言える。
今回の試作品は大成功だった。
その結果にほくほく満足している中ふと見ると、レイニーが神妙な面持ちで畏まっていた。
「サクラさん」
「なんだ?」
その態度に、我も気持ちを切り替え姿勢を正す。
「サクラさんはまだ魔道具の作成を続けられるのですよね?」
「そうなるかの。まずは魔道具でベースを整えるのが近道だとは思っておる」
それ自体は過程に過ぎないが、今はまだ必要な道筋だ。
その為にも、レイニーにはまだまだ協力をお願いしたい。
「お願いがあります。私の……いえ、ル・ロイザの為、正式に協力して頂けませんか」
これまでも魔道具製作の対価として依頼を引き受けてきたはずだが、敢えて『正式』と付け加えるのには相応の覚悟があると見る。
確かに今までは問題を片づけてはいたが、他国との戦事に関わるようなものは一つもなかった。
冒険者が戦事に関われば傭兵扱いとなる。そうなると国を越えた活動に支障をきたす場合が出てくる。これまではそうした点から配慮してくれていたのだ。
だが、今は縋れる手には縋りたくなるほどの状況に変わってきているという事だろう。
我とて、ル・ロイザでの日々を己の夢だけに費やしてきたわけではない。
周辺の情勢について情報はある程度仕入れている。
まぁ、能動的にならずともリリディア神聖国のきな臭さは自然と耳に入ってくるのだが。
「……何やら慌ただしい空気は察しておる。リリディアとの戦が近いのか」
「はい。ほぼ間違いなく、数ヵ月以内に大きな戦いが起こります。
負けるつもりはありませんが、正直に言えば状況はよくありません」
五年前の大きな戦からしばらく、小競り合いが続いていたと言っていたはず。そろそろ痺れを切らしたか、次の準備が整ったのか。いずれにせよ、向こうは待ってくれないという状況らしい。
「一つ確認したい」
レイニーの要求は理解した。なればこそ、抜けている詳細を改める必要がある。
我の問いかけに、レイニーは少し表情を硬くした。この返答如何が承諾の是非に関わってくるとでも思っているのか。そんな事は気にせずとも、我の心は決まっているのだがな。
「なんでしょう」
「お主への見返りは何だ?」
その質問に、レイニーはぽかんと脱力したように口を開けた。
「え? ですから、ル・ロイザを守ってほしいと」
「それはル・ロイザの為、の方だろう。我とてこの街は気に入っておるし、世俗についても多少は情報を入れておる。戦ごとに善悪を持ち込むべきではないと言えど、かの国に大義はあっても正義はなかろう」
リリディア神聖国。《ヒュマド》なる人間こそ至上の支配者だと語る宗教を崇める国家だという。
宗教の良し悪しはともかく、その信仰を理由に他国への侵略を考えるなど大義があろうと正義に悖る。
我の理想は正義の証となるスーパーロボットの製作と操縦だ。決してリリディアの行いを正義と認める事は無い。
故に、ル・ロイザへの協力は最初からやぶさかではなかった。
ただし、それだけでは足りない。
「だから聞いているのだ。初めから協力を惜しむつもりはない。
ル・ロイザに対しても、お主個人に対してもな。主自身にもあるのではないか?
我の協力が必要な夢か何かが」
「私の……夢……」
突きつけた言葉は、レイニーにどう刺さったか。
この街を守りたいという思いは真実だろう。だがそれは使命であって夢ではない。
そして、レイニーにも何か胸に抱く強い想いがあるのではないかと、我は感じていた。
だが、レイニーはしばらく黙りこくった後、我に返ったように首を横に振る。
「いえ、今はそれを論じている時ではありません」
「で、あるか。ならば、こちらは保留しておこう」
確かにこれから戦争が起ころうとしている時に考えられる事柄でもないか。
今はレイニーの言い分に納得しておくことにする。
「さて、そうと決まれば色々と聞かねばならん事があるな。
無論、協力を申し出てきたからには教えてくれるのだろう?」
「勿論です。それでは行きましょう。領主リックドラック・サンディルム様のところへ」
我とレイニーは歩き出す。
目的地は領主の屋敷。
事態が大きく動く予感があった。それは、ル・ロイザを取り巻くものだけではない。
我の夢、そして……恐らくは彼女の中に燻ぶるものも――
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