3-1「リックドラック」
最強の傭兵と謳われたリックドラック・ガドルックが、最愛の妻と出会ったのは二十年前の事。
仲間と共に各地を転々としながら戦いの日々を送っていたリックドラックは、ル・ロイザにてレーミア・サンディルムと出会った。
彼女はル・ロイザで活躍する冒険者であり、たまたま酒場で出会って意気投合。
気付けばリックドラックの傭兵隊に参加していた。
当時はまだ駆け出しであり、最強などとはとても呼べなかったリックドラックだったが、頭角を現してきたのは愛するレーミアの為だと言われている。
本人も表には出さないが、妻へのアピールの為必死になっていた事は事実であった。
西に凶悪な魔獣が出れば傭兵隊を率いて討伐に向かい、北で戦争があれば劣勢であろうと戦況をひっくり返す活躍を見せ、プロポーズの為に希少な素材の指輪を作ろうと単身で魔の森を駆け抜け、闘技大会では優勝を余裕でもぎ取り、後に産まれた娘のミリーが熱で倒れれば万病に効く薬草を求めて竜の住む山へと踏み込んだ。
それらのエピソードが大勢の人々に伝わる中で、いつしか彼は最強の傭兵と呼ばれるようになっていた。
レーミアとの出会いから十五年余り、順風満帆だった彼の人生に初めての悲哀が訪れる。レーミアが不治の病を患いこの世を去ったのだ。
ミリーの希望もあり、リックドラックは彼女の形見をせめて故郷に帰そうと再びル・ロイザを訪れた。
そこでル・ロイザがリリディア神聖国と本格的な戦争状態になりかけている事を知り、参戦を決意。
だが、リリディア神聖国のコンラッドの策略と、それを見抜けなかった味方の司令官ダロイの失策によって、大敗。
辛うじて仲間を逃がす事に成功するも、リックドラックは右腕を失う事となった。
大敗したとはいえ、リックドラックの功績は誰もが認めるところだった。
アルディス竜帝国はこの事態に対し、リックドラックをル・ロイザの領主として迎え入れる事を決定。リックドラックは妻の故郷を守る為にと、妻の姓を名乗り領主として赴任する事となった。
これが、リックドラック・サンディルム卿がル・ロイザの領主となった経緯である。
――そのリックドラックは現在、頭を悩ませていた。
かつてのリリディア神聖国との戦争で大敗した理由は、情報戦に負けたからだ。
敵の策略を見抜く頭がこちらになかった。
しかし、五年経った今は情報戦に加え兵力でもリリディア神聖国に負けている。
リリディア神聖国がアルディス竜帝国に向けて用意している兵の数は推定一万五千。
対して、ル・ロイザと近隣の街の兵数は合わせて一万。戦力差は圧倒的だ。
加えて多くの猛者は五年前の戦争で失っている。全体的な兵隊の練度はリリディア神聖国が勝っているのは明白だった。
防衛戦になる都合上、地理的相性だけはこちらに分があると言えるが、どこをどう見ても劣勢は否めない。
だが、全く絶望的な状況というわけでもなかった。
リックドラックは片腕を失い、その戦闘力を全盛期の三割まで落ちていると自覚している。それでも並の兵士なら数十人相手どっても負ける事はない。
そのリックドラックに匹敵する戦力が数名いる。
かつての傭兵隊からそのままル・ロイザに腰を落ち着けた仲間であるリーベンとアイザー、ル・ロイザ出身の兵隊長キミークの三人。
そしてレイニー。魔法の素質は群を抜き、総合的には現在のリックドラックよりも強いと目される右腕的な存在。
また、外的要因として、リリディア神聖国は敵対しているもう一つの国がある。
『ルーザリア王国』。リリディアの教えである《ヒュマド》に疑問を持った人間が興した国だ。国としての規模は小さく戦力も多くはないが、隙を見せれば食いついてくる気概はある。
対ル・ロイザの最前線であるリリディアの街トラシェッドも、ルーザリアの侵攻を危惧して全戦力を差し向ける事は無いはずだった。
これらの要素を鑑みれば、決して楽観視は出来ないとはいえ、五年前のように敵の策略に嵌る事態にならなければ多大な被害が出たとしても敗北には至らないと信じられた。
それだけに、リリディア神聖国の動きを把握する事は最重要の課題だった。
現状、リリディア神聖国が侵攻するとすれば、ル・ロイザかその両隣りに位置する街、ランテとリステのいずれか。
それぞれの常駐戦力は、ル・ロイザが七千、ランテとリステはそれぞれ千五百。
仮にリリディアが本気で攻めればランテやリステは一溜りもないだろう。だが、リリディア側の国境に最も近い街トラシェッドから戦力を送るとすれば、ル・ロイザまでは二日ほどかかるのに対し、ランテとリステには三日を要する。対してル・ロイザからランテとリステに援軍を送ろうとすれば半日と少し。
情報を掴みさえすれば、十分に援軍は間に合うのだ。
一般的に、戦争は攻める側の方が戦力を要する。
総戦力では負けているル・ロイザだが、適切に戦力配分を見極めれば負けない自負はあった。
だが、それ故に敵の戦略を見抜くことが困難という問題も抱えていた。
戦略的価値でみればル・ロイザが狙われる可能性が最も高い。国境に最も近い上、街の規模も周辺で一番大きいからだ。普通に考えれば狙いはル・ロイザ以外にあり得ない。
だが、だからこそ裏を取る選択も考えられる。ランテかリステ、どちらかを奪取されれば、挟撃や奇襲を受けやすくなる。そうなってはこちらの敗北は必至。直接ル・ロイザを落とされるのと結末は変わらない。
どこを選ぶ可能性も考えられる。それ故に、敵の動きが分かり難い状態だった。
「あー、くそ! こういうのは俺の仕事じゃねぇんだよ!」
思考が堂々巡りに陥り、リックドラックは大雑把に頭を引っ掻きながら悪態づいた。
大よそ貴族らしからぬ行動であるが、今この場にそれを咎める者はいない。
仮にいたとしても、口に出す者はいなかっただろう。彼の強さと実績を知る者であれば。そしてこの国が強者を崇めるアルディス竜帝国であり続けるのなら。
――コンコン
一人苛立つリックドラックの耳に、扉を叩く音が聞こえてきた。
音から相手が誰か察する。それはリックドラックが最も信を置く相手だ。
「入れ」
「失礼します」
リックドラックの予想は少し外れていた。それは相手が二人いた為だ。
一人は想像が的中したレイニーだったが、もう一人は一度顔を見ただけの相手。しかして、その注目度からしっかりと記憶に残っている人物だった。
以前見かけた時とは異なり、目元に何か不思議な装飾品をつけているのが気になったが、変装の類かと納得する。
彼女はレイニーの後ろからぺこりとお辞儀をし、レイニーに続いて中に入ってきた。
「お前は……サクラ・ライゼンだったな」
「そう……です。サクラ・ライゼンと申す……ます」
魔竜をほぼ一人で討伐したという噂の竜人が、リックドラックの前に立っていた。
ただどうにも様子がおかしい。見るからに居心地が悪そうにしていた。そういえば、とレイニーから聞いていた報告を思い出す。
「俺は元傭兵だ。礼儀だの作法だのは正直よく分からん。
公の場ならともかく、今は楽にしていい。というかしろ」
リックドラックが命じると、サクラは途端に姿勢を崩した。
だいぶ無理をしていたらしい様子を見て、思わず苦笑が漏れる。
「すまぬな。元から敬語の類は不得手だったのだが、この口調になってからは特に難儀しておっての」
妙な言い方をするな、とリックドラックは思ったがそこの事情に踏み込む意味はないと思い、口を噤む。それに二人が来た理由は、もっと大きな意味があっての事だろうと確信していたからでもあった。
「改めて、サクラ・ライゼンだ。よろしく頼む」
その発言が耳に入るや否や、リックドラックは盗聴防止の魔道具を起動した。
この後に控えている話の内容にある程度の推測がついたためだ。
「よろしく、という事は?」
「お察しの通りです。正式な形で彼女に協力を依頼しました」
これまではサクラが何者か、動向を調査しながら互いに利用している関係だった。
それを越えても問題ないとレイニーが判断したか、あるいは多少の危険を孕んでも協力を推進すべき事態だということか。
どちらにせよ、リックドラックの記憶にある限り、レイニーが判断を誤った事はなかった。その点だけで十分に信頼に足る。
「そう……か。悪いな、自前で解決できない腑抜けで」
「彼我の過不足を理解できているのだろう。何を卑下する必要がある。
人は皆、万能にはなり得ぬ。故に、人を頼る事に恥などあるまい。
真の愚者とは、己が無力を知らず他を巻き込み破滅する物の事よ」
サクラの発言に、リックドラックは思わず笑ってしまった。
サクラは単に善意でリックドラックの弱音を否定しただけだろう。リックドラックもそれを理解していながら、最初に頭に浮かんだのは前領主ダロイの不甲斐ない姿だったのだ。サクラが称する愚者にあまりに該当していた為。笑わずにはいられなかった。
「ハハハハッ! 違いねぇ」
「では早速で悪いが、現状を説明してもらえるか。両国の状況と、問題点全てな」
気分がよくなったところで、いよいよ始まる。
新たな仲間を加え、現状の打開を図る作戦会議が――




