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スモール4  作者: 木下すいか
1章
20/24

雪解け

「うちの家がスポーツ一家というのはさっき言った通り。そんなうちの家で産まれた人たちはみんながみんなプロスポーツ選手になったの。でも、私はその例外とされていた」


「どうしてだ?お前くらい才能があったならプロになれる可能性は十分あっただろう。高校生の段階で諦めるには早くないか?」」


「そうかもしれないわね。でも、血縁的に遠い親戚、といっても私が中学生1年生の時に引っ越してきて住んでいるのは近所だったのだけれど、ある夫婦の二人が私をことあるごとにいじめてきたの」


 天王院は話し始める。


「不思議なことに本家である私の家は男の子しか生まれてこずに、代々、著名なサッカー選手やら野球選手やらを輩出してきた。でも分家の人たちはマイナー競技のプロになる人が多くて、その夫婦は良い思いをしてこなかったのでしょうね。そんな中に生まれた唯一の女である私は今までの嫉妬のうらそねみの捌け口として絶好のカモにされたわ」


 思い出したくもないと言った風に話を続ける。


「残念ながら琴葉ちゃんはお父さんやお兄さんのような立派なアスリートにはなれそうにないわね」

「仕方ないだろ、金も名誉もスポーツは男の独壇場だ。女の琴葉ちゃんにはその運動神経も宝の持ち腐れだよ」

「あらあら、もったいない。あなたのお父さんやお爺さんのような立派なお方と比較されるのはしょうがないことだと思うけれど、お父さん、お兄さん方に著名なアスリートを紹介してもらって、せいぜい玉の輿でもがんばって狙うことね」

「hahahahaha!こんな愛想のない子には過ぎたことだと思うぞ、ワシは」

「ええそうね、でも残酷な現実でも現実は現実、それは、はっきり教えてあげないと大人として、親戚の一員として情けないものね。」


「そういうことを他の親戚の前でも事あるごとに優しさのふりをして、善意の皮をかぶった悪人のくせに、私の父や母、兄がいない時を姑息こそくに狙っては、何度も何度も何度も、ねちねちねちねち、その夫婦は私に語り掛けてきた」


 苦虫をかみつぶすかのような表情になる天王院琴葉てんのういんことは


「廊下をすれ違うときも、家の前ですれ違うときも、時には他の親戚の人に私への嫌味をとがめられた後なんて、私にだけ聞こえるようにすぐ耳元でささやいてきたの」


「『お前は一族の落ちこぼれだ』って」


 天王院はなおも続けた。


「何度やり返そうかと思ったかしら。でもね、一つだけどうしようも出来なかったのは言われたことのどれもが私には否定できない現実だったの」


 男に生まれることが出来なかった。

 それだけのために彼女は嫌味を言われ続けてきたのか。


「私はそれに耐えられなくなってからもうリビングに行くことはほとんどしなくなった。母あるいは忙しい父と兄が珍しく家にいるとき以外は一度も行かなくなったわ。他の親戚の人たちも気遣ってはくれていたとは思うのだけれど、あいにくそれ以外には何の隙も見せないくそ虫どもにはそれ以上他の親戚の方たちもほとんど何も言うことが出来なかった……」


 悔しそうに唇を噛みしめる。


「それが中学2年生になる前の春休みのころ。私は居場所のない家ではなく、新しく始まる学校生活で居場所を見つけようとした。でも、頼みのスポーツの話はほとんどテレビを見ることがなくなってからは、女子でスポーツ観戦が好きという少数派の友人ですら私は失った。そしてスポーツ以外の話にもついていけない私はクラスメイトの不良の恰好のハブにされたわ。私優等生だったから余計にね。目の敵にする輩がいたのよ、それにほら私、顔だけは可愛いから」


 彼女はなげき口調の中でも少しだけ胸を張って見せた。


「それ以来中学校を卒業するまでついに友達は一人も出来なかったわ。高校生になって、あなたのかぐらが友達になってくれるまでね」


「神楽はおまえと友達になれたって喜んでいたぞ」


 俺は1年ちょっと前の妹を思い出してそう言った。


「そう。神楽には本当に感謝してもし足りない。でも、それまでの中学での後半の1年半もの間、私は友達もできず、家族ともほとんど顔を合わせず、家にいるときはたいてい自室に引きこもってしまった。ずっと一人で暇を持て合わしていた。暇で暇でしょうがなくて、でも娯楽なんてものはスポーツ以外知らなかった。スポーツ以外の娯楽なんて存在自体どんなものなのか、それすらも知らなかったの」


 それで私は何をしていたと思う?と彼女は俺に問いかける。

 俺は首を横に振った。


「私は何をして時間を過ごせばいいのか分からなかった。ただ一つ、勉強を除いてね。私が高校の時に、ほとんどの教科の成績が学年トップだったのはそのせい。でもそれはそれまでに単に暇をもてあましていただけの結果。それ以外虚無で中身が空っぽだった夢も希望も何一つ持っていなかったの人間というのが私だったのよ」


 俺は気になった。

 そんな彼女を妹はどうやって、救ったのだろうかと。


「妹は、神楽はそんなお前をどうやって救ったんだ?お前の家のことを聞いたのか?」


「家のことに関しては彼女にはほとんど話していないわ。今あなたに話したのが初めてのことよ。……どうしてかしら、こんなことを人に話しちゃうなんて。異世界に飛ばされて、あの人たちから距離を置けたからなのか、それとも……。まあ、それは良いわ。聞かれたから答えるけれど、ふさいだ私のことを神楽が開いてくれた経緯なんて聞いてもあんまり楽しい話じゃないわよ?」


「ここまで話しといて今更止められねえだろ」


「……。まあ、いいわ、話すわね。中学2年生の頃の話から始めると、私は当時全くの無視をされていたというわけでもないかったの。私に話しかけてきてくれる人はそれなりにいたわ。ただ、私に敵意を向けてきた最初の不良どもに絡まれて以来、私は家でのこともあって、人間不信気味になってしまったの。私に話しかけて来る人はみんな私をからかってくる。そういう風に見えるようになってしまった」


 なるほど……。


「私に話し掛けに来る人はたいていというかもうみんなと言っても差しつかえないと言っていいと思うのだけれど、みんな自身の友達を持った状態で私に話しかけてきた。それで、どう反応するか様子を見て、時にはその友達同士で目配せをしてクスクス私の一言一言ひとことひとこと嘲笑ちょうしょうしてきたこともあったくらい」


 人の悪意にさらされて、悪い方向に考える精神状態へとおちいっていたのだろうか。


「みんな自身の安全圏、テリトリーを出ずに、ちょっかいをかけてはすぐに引っ込んでいく。そんな有象無象にしか当時の私には見えなかった。だから、私は話しかけてくる皆を相手にしなくなった。中には本当に善意で私に話しかけていた子も少なからずいたのかもしれないと、今になって振り返れば思うわね。それに話しかけられた時の私の対応も称賛されるものではなかったし」


 けれど、といった風に、天王院の語り口調とその眼差しがここで大きく変わった。


「でもそんなことを高校生になっても続けていて2週間たったある日、あなたの妹は私に一人で話し掛けてきた。それでもそっけない対応をする私に神楽はあきらめずに何度も話し掛けに来てくれたわ。最初は何の話をされているのか私には分からないことが多かったけれど、私がスポーツのことには詳しいということが分かってからはその手の話題をわざわざ勉強までして来てくれたの」


 妹は気が利くやつだからな。

 一度親身になろうとしたらひたむきさには定評がある。


「しかも、神楽はスポーツの話題ですら、ここ数年のものには詳しくなくなり、他のスポーツに珍しく興味がある同級生たちとすらも話が出来ずに、友達がいなくなってしまった私に、もう何年も前のスポーツの話題まで調べて私との会話が出来るようにしてくれたの。高校生の女子が、よ?信じられる?さすがにそこまでされたら私も心を動かされずにはいられなかった。それからは次第に話をするようになって、私もそんな神楽に興味を持って神楽の話も聞くようになったの。で、ここでやっと、さっきの答え」


 彼女は晴れ晴れとした表情で微笑を浮かべて俺にそう告げた。


「ん?何のことだ?」


 俺は何かの答え合わせと言われて、なんのことだか見当がつかない状態に陥っていた。

 しかし俺は過去話までさかのぼり何とか答えにたどり着く。

 一話前に俺が最後に質問したことだ!


「いや、待て、思い出したぞ。俺がした質問はお前みたいなスポーツ至上主義の家で育った優等生が『スライムなんて単語をなぜ知っていたのか』だ」


 答えを導き出すまでの途中式長すぎだろ。

 3千字以上あったぞ。

 しかし、スライムを知った原因が神楽っていうのはどういうことだ?


 俺ですら、神楽からその手の話を聞いたことがないっていうのに。


「神楽はいろんな私が聞いたことがない広い世界を教えてくれたわ。中でも彼女が得意だった話題は物語に関するものだった。他の話題とは違って、単に話を合わせるわけではなく、それ自体で楽しめるお話を私に色々と聞かせてくれたわ。てっきり私は兄であるあなたにもそういう話を沢山していると思っていたのだけれど」


「いや、俺はそんなこと聞いていないぞ」


 まさか、あの優秀で優等生過ぎる妹が……。


「何か心当たりはないの?」


「一つだけ、一度だけ神楽にはその手の話題をしたことがある。でもまさかそれがきっかけで?」


 あれは3年前の出来事であり、その原因はさらにその5年前。つまりは今から8年前の俺が9歳のころまでさかのぼることとなる。

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