中ボスをおびき寄せるために焚いたお香がスライムを大量に呼び寄せた件について
「奥義!ウォーターソードブラスター!!!」
俺はお香でおびき寄せられた経験値どもに攻撃を叩き込んだ。
攻撃を終えた後、次の動きに備えるため、戦闘の最中に背中合わせとなった天王院から声が飛んできた。
「今の叫び声は何だったのかしら?」
「スキルだよ。スキル」
「そんな名前のスキルあったかしら」
俺はそう問われて言い淀む。
幸い、敵の攻撃が再開したため、それをかわして距離を置いた天王院へは無理に返事をせずに済む。
今のは少しやらかした。
俺はこの世界に来て初めて、余裕をもった場面で使うことが出来た魔法を纏わせた攻撃につい興奮し、大声でそれっぽい技名を勝手に捏造して叫んでしまったのだ。
実際にはそんなたいそうな名前の技名ではなく、単に剣の周りに水流を発生させる「水魔法付与スキル」という名称でしかないのに。
つまりは厨二病的な若気の至りである。
かっこいいカタカナ語の技名やスキル名もこの世界には確かにあるのだろうが、俺の今使ったスキルの場合、そんなたいそうな名称は残念ながらついてはいなかった。
3年ほど前、妹にこの手の話をしたときについつい興奮して長く話をしてしまったため、話し終えた後、少し呆れた表情をして固まっていた妹の顔を見て、これはやってしまったと思って以来、俺はこの手の話題を他者にしないよう気をつけていたのだ。
中ボスの恐竜型モンスターとの戦闘中、どこからか現れてきた多くのスライムは俺たちのことを邪魔するわけでもなく、そこら中からこの第9地区の狩り場に群がってきては湖の辺りで群がっている。
おそらく、中ボスの恐竜型モンスターをおびき寄せるために焚いたお香の甘い香りに誘われてここらに集まってきたのだろう。
俺は周りの様子を恐竜の親玉との戦闘の最中にそう分析していた。
俺たちが戦っている周りにいるスライムの数は非常に多かった。
お香がまだ強く焚かれている辺りでは、緑に覆われているはずの草原の草がスライムの水色のシルエットによって見えなくなっていたほどだ。
それくらい多くのスライムが群がってきていたのだった。
しかし、見るからにも強くはないと察せられるその見た目。
それでも俺が天王院に頼まれて念のため、試しに軽く剣先で突いてみると、それだけでスライムは簡単にこと切れた。
スライムたちは仲間がやられた後も、俺たちを敵として認識し、攻撃してくることはなかった。
そのため、明らかに貧弱なスライムごとき、相手にするまでもないだろうと判断して以降、俺たちは攻撃せずに放置することにしたのだった。
幸いスライムたちは、俺や天王院の足元をほとんどうろついたりすることもせず、邪魔になることも皆無に近かった。
今では少し離れた湖岸に群がって、仲間たちと水を飲んで戯れている。
なんだか、少し可愛らしくて癒される。
果たして彼らは何をしに来たんだろうか。
甘い匂いにつられて、来てみた結果、誘い出されただけと分かった彼らは、日向ぼっこと水浴びだけをした後、きっとおとなしく帰っていくのだろう。
なんて腑抜けたやつらだ。
けしからん。
まあ、お香を使って色々と呼び出してしまったのは俺なんですけどね。
それとやっぱりスライムたちは可愛かった。
可愛くいることも生存競争では有利な面がありそうだ。
まあ、愛玩動物の可愛さが生存に役立つのは人間相手に限ってではありそうだが。
戦闘中にそんなことを考えるなんて、余裕をかましていいのだろうかと思われるかもしれない。
しかし、俺の相棒が最初こそスロースタートだったものの、先ほどのゴリラ型モンスターとの戦いの時よりも戦闘を通して強くなっているようで、俺が出る幕がほとんど無かったのだ。
俺の役割は主に周りに出現したスライム以外の雑魚モンスター掃討がほとんどだったと言える。
俺はなんで天王院に付き添って、ここに残ったのだろうか。
今思うと、俺もスライムと大差ない存在だったようだ。
むしろ、用もないのに彼らを呼び出した俺の方がモンスターの彼らより害悪まである。
スライムさんごめんなさい。
一匹無駄に殺生しちゃったし。
経験値もごくごくわずかしか入らなかったというから余計虚しい。
俺がそんな風に気を抜いて戦っていたところで、目の前の敵が自身の攻撃に怯んだとみるや、天王院はそれを見逃さずに連撃を浴びせていた。
あとちょっとで、倒せそうだな、レベル3モンスター。
さすが、見習いとはいえ、Aランカーということか。
しかし、恐竜型モンスターはもう少しでくたばるだろうと思われたところで、仲間の手下どもを大きな鳴き声で呼び出した。
俺たちに手下どもを差し向けた後、その親玉はここからすぐ隣の第8地区へと逃げ込んでいった。
瀕死のボスを守るために集まったのだろうか、恐竜の手下どもの数がやや多かったのと、俺たちも中ボスの最後の悪あがきで下手に追いかけて追い詰めたことでかえって、痛い目を見るリスクも幾分かあったため、俺たちは残ったモンスター達を倒した後で一息入れることにした。
第8地区にモンスターが逃げ込んだということは体力が残りわずかという証拠で、回復のために隠れて休息をとることが多いという情報をあらかじめ仕入れていたからだ。
俺たちはモンスターが寝こけた後に寝込みを襲う作戦を選択することにした。
なので、しばらくは待ちぼうけである。
「なんだか、スライムが多く集まってきたようだけれど、やっぱり、どこの世界でもひ弱な存在だったようね」
天王院がそう言葉を漏らした。
「意外だ。お前みたいなやつでもスライムなんて知っていたんだな」
「確かにこの世界に来てからは今回が初めての遭遇だったけれど、そのくらいどの世界でも一般常識の範疇よ」
どの世界でも、というのはいささか言いすぎだとは思うが、それにしても意外だ。
妹から聞いた話ではスポーツ一家に生まれた天王院琴葉は親たちの趣味嗜好もあり、家にはスポーツに関係した漫画はいくらかあったものの、そのほかの娯楽はマンガも含め、バラエティー番組や、ドラマ、音楽などスポーツ以外の娯楽はほとんど見ることも触れることも出来ない環境で育ったと聞いていたからだった。
家、および、親戚含めて、プロスポーツ選手も多く輩出している彼女の家系は他の娯楽に目が向けられないように制限されているのもあるし、なにより、家にテレビを見られる機械は一台だけ、それが置かれた大きなリビングにあるホームシアターにはすぐ近くに住んでいる親戚一同が集い、連日みんなでスポーツ観戦を楽しんでいるといった徹底ぶりであったそう。
俺は実際に天王院の家には行ったこともその光景を見たこともないが、俺の妹の神楽は天王院の家族や親戚一同に温かく迎えられて一緒になってテレビ観戦をしたことが何度かあると言っていたから間違いはないだろう。
そんな家で育った天王院がスライムなんて縁も所縁もなさそうな単語を知っていたのだから、俺が結構衝撃を受けたのも当然だろう。
知っているか?今時、キャプテ〇翼しか漫画を見たことがないって人が現実にいるんだぜ?
だから、そんな天王院琴葉に俺はオタク感覚で捏造した奥義名の説明なんてしてしまったら、どんな蔑みの目で見られるか分かったものじゃないと、先ほどは躊躇したのである。
「もしかして、親の目を盗んでゲームでも趣味にしていたのか?」
俺は思っていたことを彼女に聞いてみた。
辺りにはもう生きたモンスターはいないため俺たちはただ体を休めながら、二人でのトークタイムに入っていた。
「いいえ、あなたもあなたの妹、神楽から聞いているでしょう?神楽はあなたに話したことがあるって言っていたから、知っているでしょうけれど、私の家はスポーツ至上主義なの。だから、そんなゲームなんてものが入り込む余地は私の育ってきた環境にはなかったわ。私は学校の勉強の他にはスポーツ以外何もなかったの。友達と話す話題としても、何もね」
ほほう、深刻な話のようだが彼女の生い立ちが分かるということで俺は注意深く聞くようにする。
「それならなんでスライムなんて単語を知っていたんだ?」
「高校生になってから神楽と出会って、友達を作らずにふさぎ込んでしまっていた私に神楽が話しかけてくれたのがきっかけだったわ」
少し長くなるのだけれど良いかしら?と聞かれたが、俺は単純に、妹の親友である天王院には彼女と知り合う以前から至極、興味を抱いていたから、これを聞かない手はないと意気込んで、早く彼女に話をするように促すと、彼女は自身の過去を語り始めたのだった。




