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  作者: ぱっかー
4/6

第肆帳:【日常】


 なんだこれは?!脳が震えるぅほど甘い!


「う、うめぇ!」


「……ッ! この……濃厚すぎるバニラのコク……! 口の中が……幸せで、爆発しそうだ……ッ!!」


 などとほざいているが、ただの現実逃避にしか過ぎない。


「……さてと」


 そうつぶやいた後、右手を突き出す。おじさんが出かけた今しか、確認できないからな。


――――。


『絶』


……。


『絶』


(うーん…)


 深呼吸をし、もう一度右手に力を集中させる。

 今度は手だけでなく、血管を流れる血液の熱、皮膚の震え、そのすべての力を一点へと収束させる。


――――。


『絶』


……やはり、何も起きない。


(別のことでもやるか)


 空になったアイスのカップをゴミ箱に放り込み、僕はパソコンの前に座った。

 検索すればわかることあるかもしれない。


 まずは愚直にだ。


検索:かくりよ


 ENTERを叩く。

 返ってきたのは、ありふれた百科事典の引用や、オカルト系まとめサイトの羅列だった。


幽世かくりよ:日本神話において、死後の世界や隠世を指す言葉……』

『【※閲覧注意】神社で体験した意味が分かると怖い話』


(うーん……)


 小一時間、超高速タイピングで情報を漁ったが、どれも創作の域を出ない。

 一般向けの検索エンジンでは、辿り着けないらしい。


 ならば、最終手段の匿名掲示板だ。あそこには、掃き溜めの中に時折、本物の「経験者」が混じっている。


「スレタイは……」


『神社で自殺しようとしたら、化け物に遭遇したwww』


 我ながら、死にたくなるようなスレタイを立ててしまった。だが、この手の界隈はこれくらい「釣り」っぽくないと誰も食いつかない。


2:@1(自分)

そこで変な記憶もみたんだよね。


 案の定、レス欄は地獄だった。


12:名無しさん

釣り乙。はい解散。

15:名無しさん

こんなゴミみたいな話作る時間をハローワークにまわせんのか? 無職かよ。

22:名無しさん

画像うpできない時点でお察し。


「ふぅ……」


 思わず、キーボードをクラッシュ!してしまいそうになったが、今の僕にはこの罵詈雑言さえも、妙に解像度高く「ただのノイズ」として処理できる。

 

 その時、一つのレスが目に留まった。


41:名無しさん

じゃあ、もう一回その神社に行けばいいだけの話では?


42:@1(自分)

たしかに


 反射的にそう打ち込んでいた。


「……試してみる価値はあるな」


 なぜこんな、初歩的なことを思いつかなかったのだろう。現代人の悪いところだ。情報を集める前に行ってみることも重要だ。


(……行くなら、おじさんが帰ってくる前か)


 そう思い、重い腰を上げようとした瞬間。玄関の方から重厚なドアが開く音が響いた。


「ただいマンモス~、頼。……起きてるか?」


 タイミングが悪すぎる。僕は思春期の少年のように慌てて、ブラウザの履歴を抹消した。

 このことがバレでもしたら、また精神病院行きになるかもしれない。


 数秒後、部屋の扉が開いた。


「おっ、何か調べものか?」

「おかえり、おじさん。今、自分の『状態』について調べてたんだ」


 嘘は言っていない。


「自分の状態、か」

「猛毒?」


「たしかに、最近まで似たよう状態だったけど……。先生が言ってたろ、『異常な生命力』だって。正直、自分でも体が軽すぎて、逆に気味が悪いんだ。だから、同じような症例がないか、医学論文のアーカイブを漁ってた」


おじさんのふざけた回答に思わず、呆れてしまった。気を張り詰めていた僕がまるでバカじゃないか。

 

「……お前らしいな。理屈で納得しないと気が済まないたちか」

「めんどくさいタイプ」


「一言、多いな」

「それより、おじさん。ゆきの様子は?」


 一応、話題を転換する。これがおじさんにとって最も「逃げられない」問いであることを、僕は理解して使っている。


「あぁ、いつも通り、綺麗な顔だったよ」


「じゃなくて……容体だよ」


「………いつも通りだ」


「そう………」


「…」

「…」


(デジャブ?)


 再び形容しがたい微妙な空気が流れる。

 おじさんは、気まずさを誤魔化すように後頭部をバリバリと掻いた。


「……あー、なんだ。そんな怖い顔すんな。飯、まだだろ。適当に買ってきたから食うぞ」


 そう言って、おじさんは僕の肩を軽く叩いてキッチンの方角へ歩いていった。

 

 ……。


 僕は再び、自分の右手をじっと見つめる。

 『絶』......まったくもって発動条件がわからない。ヒントはおそらくあの男の記憶。


 だが真の問題は……


 あの神主の言葉だ。

 

(……明日、だな)

 

 明日、もう一度あの神社へ行く。

 そこに行けば、何かわかるかもしれない。

 

「……よし」


 幸い、大学は長期休暇中だ。時間はある。

夕飯を食べる前に自分の部屋に戻る。


「ただいまぁ~」


 自室は恐ろしいほどに何もない。着る服すらない。僕はミニマリストなんでね。

そんな何もない自室を後にし夕飯を食べに降りる。


 食卓にはいつもより豪勢な食事が用意されていた。


「なに?おじさん。授かった?」

「なにを?」

「子宝」

「んなわけねぇだろ」


 そんなつまらない冗談を言う。

 よし……本題だ。


「おじさん」

「なんだ」

「明日、出かけていい?」

「いいぞ~」

「そうだよな、無理……って…え?」

「いいぞ~」

「……明後日も?」

「いいぞ~」

「明々後日も?」

「いいぞ~」


 おじさんがいいぞBOTになってしまった。


「要監視じゃなかったのかよ」


「自分でも言ってたじゃないか、異常な生命力とかなんとか。少なくとも今のお前よりかは全然マシだ。」


「……」

「前のお前は、『なんで僕だけが』って言いたそうな顔をしていた」

「まるで自分が『世界で一番不幸な人間』みたいな顔だ」

「とても見れたものではなかった」


 おじさんは一言そう付け加えたあと、しまったという表情を一瞬だけ見せ、慌てて僕から意識を切り離すように横を向いた。


「……ごめん、おじさん」

 おじさんは愛する妻を失い、溺愛していた娘も意識不明になってしまった人だ。僕だけが逃げた。病気を言い訳にして。一番つらい人にまたつらい目を合わせてしまった。


「なんだ。これはただの独り言だが、自分を責めるなよ。病気は人間である限り絶対に起こることだ。自分を責めることを俺は許さない。」


 気持ちを見透かされた。だけどその言葉は、今の僕が一番必要としていた言葉だった。


「ありがとう。おじさん」

「……ただの独り言だ」


 そう言って、おじさんは照れ隠しのように麦茶をごくごくと飲み干した。


 それから、僕の奇妙なルーティンが始まった。

 大学の長期休暇をこれ幸いと、僕は毎日あの山へ通った。

 

 1日目。何も起きない。

 2日目。神社の清めの水って冷たくね。

 3日目。……もしかして、あの神主の言った「死に損ない」という極限状態が必要なのか?


(……いや、冗談じゃない。また首を吊るなんて御免だ。ゆきに合わせる顔がない)


4日目、5日目、6日目。

 たまたまかと思って3時間以上張ったがやっぱり神主が()()()


 大学の長期休暇。同級生たちが海だキャンプだSNS映えだと謳歌している中、僕は毎日、汗だくになって山奥の神社へ参拝に通っていた。


 結果は、全敗。何にも成果は得られなかった。


「今回は趣向を変えて夕方に来たけど、何も起こらなかったな」


 そろそろ別の方法をと考えていた7日目の帰り道。

 見慣れたはずの住宅街の影が、ドロリと長く伸びた。


 太陽が山の端に隠れ、世界が不吉なまでの橙色に染まった。

 昼と夜の境界が溶け合い、影が異常に長く伸びる、魔の時間帯。


「……」


 通称、『逢魔が時(おうまがとき)


 鼻腔を突くのは、鉄錆と、線香と、煮詰めたような圧倒的な死の臭い。


――ああ、これだ。


 やっと……やっとだ。


 やっと、一歩進める。


 僕は避けるべきだった死地を、今度は自ら「知る」ために、灰色の闇が滲む路地裏へとその一歩を進めた。

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