センサー
シヴァはまず、カランと共に現在帝国軍が展開しているという帝国西部のトゥルーという街へとやってきていた。
現在一個軍団だけでの対応が難しくなったことで反乱の予備勢力として用意していた西部鎮定軍や予備役兵、各地の領主達自前の軍団などをまとめて運用することで魔物軍団を押しとどめていることができているという状況らしい。
「この先に展開しているのは、混沌迷宮第二軍団と呼ばれている獣型の魔物達による軍勢になります」
現在帝国軍にやってきているのは、その一個軍団だけらしい。
もっとも軍団といっても装備や戦術が統一されているようなことはなくただその場で適宜連携しながら戦うだけのようだが、強力な別種の魔物達がいがみ合うことなく協力して戦うというのはそれだけでも人間にとって大きな脅威だ。
「どうして他の軍団のやつらは来ないんだろうな……カラン、理由に想像はつくか?」
本当に帝国を攻め滅ぼすつもりであれば、複数個の軍団を投入して蹴りをつけてしまえばいい。
実際一個軍団だけで西側のほぼ全軍を相手に拮抗できている状態なのだから、東西南北の四方に別の軍団を展開させるか、新たな軍団を西方に援軍として出すことで突破して帝都を目指すこともできるはずだ。
「推測であればできますが……」
といいながらカランは続ける。
シヴァの格好は普通そのものだが、現在彼が羽織っている紫衣は皇帝以外が着用を許されぬ服だ。
彼の姿を見た帝国臣民達は即座にその場につき、シヴァはそれが当然のものとして街を抜け先を急ぐ。
彼らほどの強者であれば、わざわざ馬を使わずとも自分達で駆けた方がよほど速い。
「第二軍団の軍団長を名乗るアルフレッドなる獣人型の魔人は我が強く武人然としている魔物のようです。彼の矜持として他の軍団の介入を嫌っている……あるいは魔物の軍団長同士の中が悪く、協力ができていないという可能性も考えられるかと」
「なるほど、その辺りは人間と同じってことか」
混沌迷宮側の狙いはわからない。
だが帝国側が行ったという西部領域の一部の割譲案にも乗らなかったということは、彼らが求めているのは多少の領土や金品ではないということ。
そこまで考えて、シヴァはそれ以上思考を巡らせるのをやめることにした。
自分がすべきことは混沌迷宮の狙いを当てることではなく、混沌迷宮を潰すことだ。
相手が出てこずにダンジョンの中にこもっているというのであれば、自分がその中に入り全てをぶち壊せば良いだけの話。
シヴァは以前からダンジョンに入ってみたいとは思っていたが、彼はそのあまりの強さからダンジョンに入ることを帝国に禁止されていた。
だが自国が戦争をしている相手であれば気兼ねする必要はない。
生まれて初めての本格的なダンジョン攻略……いや、その前に相手の軍団長との戦いか。
少しは楽しめるといいんだが……と、シヴァはいつもよりやや早駆けで大地を走る。
弾んでいるその足取りはあまりに速く、カランはほとんど全力疾走をしても距離を空けられてしまい、必死になってその後をついていくのであった……。
♢♢♢
「へぇ……あれが混沌迷宮の魔物軍団か」
シヴァが戦場に到達した時には、既に帝国西部鎮定軍と混沌迷宮第二軍団が戦いを始めていた。
両者が向き合っているのは広い平原。
帝国西部鎮定軍のうち数個軍団からなる兵達の数は、軽く三万は超えているだろう。
帝国西部鎮定軍は、未だ帝国に入ってから日が浅い旧蛮族軍達を押さえるための軍……帝国軍を押さえるための帝国軍である。
故にその実力は帝国内でも指折りであり、質と数の両方を兼ね備えた存在として有名であった。
だがそんな帝国軍は、明確に押されていた。
それほどまでに相手の抵抗が激烈なのだ。
「GURAAAAAA!!」
「GOAAAAAAA!!」
蛇の尾と獅子の顔を持つキマイラから、五メートル級の体躯を持つベヒモスまで。
B~Aランク上位に至るまでの強力な魔物達が、軍を食い破るほどの勢いで突き進んでくる。
無論彼らは獣型魔物であり、その知能はそこまで高くはない。
故に帝国式で展開された魔道具型の罠などには面白いほどにはまり、火力を集中させることで倒すこともできている。
帝国軍の連隊長以上の者達は、皆単身でAランク上位の魔物を狩ることができるだけの実力者だ。
故にベヒモスが数体いた程度では均衡はこちらに優位に傾くはず。
だがそんな帝国が攻めあぐねているということはそれ即ち……それだけの力を以てしても倒せぬだけの何かが、相手にはあるということに他ならない。
襟にいくつもの記章をつけた歴戦の総隊長の首が落ちる。
その向かいにいるのは先ほどカランから聞いた特徴と一致する、獣の顔をした人型の魔物だ。
「あれが、混沌迷宮の軍団長か……」
数体いるという相手方の特級戦力。果たしてその実力はいかばかりか。
混沌迷宮に潜って戦う時の予行演習として戦い、ついでに帝国軍にもしばらく頑張ってもらうために士気を上げさせてもらうために使わせてもらおう。
シヴァは泰然とした態度を崩すことなく、ゆっくりと歩き出した。
機嫌はいいらしく、鼻歌を口ずさんでいる。
彼は王宮で歩くのと何一つ変わらぬ歩幅で、戦場の化身が……『古今無双』の最強が、戦場に降り立った。
「陛下……」
「陛下だ! 陛下がいらっしゃったぞ!」
シヴァがやってきたという叫び声が聞こえただけで、帝国軍の雰囲気が一変する。
帝国最強の男が来て弛緩したのではない。
一瞬にして緊張感が張り詰め、部下を叱咤する上官達の声量が跳ね上がったのだ。
シヴァは以前、自分に頼りきりで戦う気を無くした軍を自身の手で処した経験がある。
その一件があって以降、彼に対して無様な戦いを見せればどうかということを、帝国軍では嫌になるほどに叩き込まれている。
彼らはシヴァを前にして、無様を晒さない。
それを見たシヴァは頷きながら、こちらをジッと見つめている魔物の下へと歩いていく。
「お前が混沌迷宮の軍団長……で、合っているか?」
「いかにも、我は混沌迷宮第二軍団軍団長、『唯我』アルフレッドである!」
そこにいたのは、豹のような頭を持つ人型の魔物であった。
相手の強さがどれくらいなのか……シヴァという人間は、それに対してあまりにも鈍感だ。
自分が強すぎるあまり、その手のセンサーや感覚を磨くことがないままここまで来てしまったからである。
だがそれでも問題はない。
なぜなら――目の前の魔物如きにやられる自分の姿が、シヴァには想像ができないからである。




