ツケ
【☆★おしらせ★☆】
あとがきに、
とても大切なお知らせが書いてあります。
最後まで読んでくださると嬉しいです。
建物の内部が突如として闇に包まれたことで、大聖堂の中にいる聖教会員達では騒ぎが大きくなりつつあった。
ステンドグラスから漏れ出す一切の光が消え、外は完全な闇。
窓を開き外の様子を確認しようとしても、暗い闇のせいで何も見えない。
様子を確認するために大聖堂を出た雄志の奮闘によって、闇の壁に覆われてこの大聖堂が完全に周囲から隔離されていることが判明する。
光魔法の使い手が多い故に未だなんとかなっているが、このままではそう遠くないうちにパニックになるだろう。
これを収めることができるであろう唯一の人物……教皇へ目線が向けられるのは当然の流れであった。
「教皇陛下、大変です!」
「むぅ……なんなのだ、一体……」
第三十六代目教皇、コンドミヌス八世は自身の安眠を邪魔した大きなノックの音に、顔を顰めながら上体を起こす。
蝋燭の光に照らされている彼は全裸であり、その隣では彼よりも二回りほど若い女性が寝息を立てている。
昨夜、朝方までハッスルして頑張っていたせいで、コンドミヌスは未だけだるげであった。
ローブを羽織りドアを開いた彼の目に飛び込んできたのは、教皇選挙にて彼へと票を投じたガリゲル枢機卿であった。
「どうしたガリゲルよ、そんなに慌てて」
「教皇陛下……未だ外の異変にお気づきでないのですか!?」
「異変? そういえばたしかに、なんだかいつもよりも暗いような……」
ガリゲルから言葉を聞いたコンドミヌスはそのまま後ろへ向かうと、カーテンを開く。
すると本来であればそこから覗くはずの街並みは見えず、代わりに広大な暗闇だけがそこにある。
目をゴシゴシと擦っても光景は何一つ変わらない。
後ろのガリゲルの表情はあまりにも真剣で、これが冗談の類いでないことは明らかだった。
「これは……なんだ?」
「詳細は不明です。ですが一刻も早く教皇様に皆を鎮めていただきたく……」
「なるほど……わかった」
何が起こっているのかは不明だが、何をすればいいのかはすぐにわかる。
教皇はどんな時も信徒達を納得させ、安心させなければならない。
雨が降れば、ひとまずなぜ晴れなかったかというのを説明できなければ、教皇の座に長く居座ることはできないのだ。
馬鹿な信徒を納得させるのは正直骨が折れるが、その分だけ教皇の座には役得も多い。
好きな女を好きなタイミングで抱けるのだから、多少の苦労程度は我慢せねば鳴るまい。
彼は急ぎたたき起こした女に世話を頼み、教皇にのみ着用の許される金糸で聖霊の編まれた修道衣を身に纏った。
そのまま机の上にあった桃を丸かじりすると、半分ほど食べたそれを投げ捨てて襟を正す。
「さて、それでは行こうか」
「はっ!」
「その必要はありませんよ、お二人とも」
「「――っ!?」」
突如として現れた声に、コンドミヌス達は即座に声のする方を向く。
するとドアの入り口前に、二人の女性が立っていた。
右に立っているのは、今までに見たことがないほどに美貌の整っているエルフだった。
昨夜相当に楽しんだにもかかわらず思わず夜伽を求めたくなるほどの、恐ろしさすら感じる美貌だった。
そしてその左にいるのは、二人がよく見知っている人物であった。
「聖女アリア……なぜ貴様が、ここに?」
ガリゲルの言葉に、コンドミヌスは思わず小さく頷いた。
彼女には聖戦軍と共に、混沌迷宮の攻略を命じていたはずだ。
にもかかわらずここにいる理由がわからない。
間違いなく命令違反ではあるはずだが……アリアはそのようなことをする女ではない。
彼女のことをよく知っているコンドミヌスからすれば正しく、青天の霹靂であった。
「これをしたのは……貴様なのか、聖女アリア?」
「いえ、私はしていませんよ。ここまで来たのは、私の意志に他なりませんが」
アリアは眼帯を取り、その目を露わにしていた。
聖女の選定に携わっていたコンドミヌス達は、当然アリアの持っている魔眼である魔力眼についても知っている。
「アリア、今すぐにこの状況をなんとかしろ!」
コンドミヌスは親が子に身体的格差を押しつけて言うことを聞かせる時のように、声高で居丈高に叫んだ。
アリアは従順な子だ。だからしっかりと命令をすればそれに従ってくれる。
過去の経験からコンドミヌスにはそれがわかっていた。
――今代の聖女アリアは……否、歴代の聖女達は皆、教皇や枢機卿達にとっての都合の良い駒であった。
中には彼らの情婦同然だった者も多く、グルーミングなどをされていた者達も多い。
魔眼の恐ろしさから彼女を抱こうとする剛の者がいなかっただけで、アリアは基本的には彼らに従順な子で在り続けていた。
誰もが自分に傅くのが当然であると思っているコンドミヌスは気付きもしていなかったのだ……首輪をかけた奴隷から首輪を外れることがあるという、そんな当たり前の事実すら。
「黙れ、ゲスが」
アリアの右腕がブレ、コンドミヌスの胸に鋭い痛みが走る。
喀血、激しい痛み。
肺から直接空気が漏れる情けない音を出しながら、彼は自分の胸に長い剣の刀身が突き立っている様子を、どこか他人事のように見つめていた。
「ア、アリア、一体何を……」
「黙れ」
「うぎゃああああああああああ!!」
ガリゲルの右腕が飛ばされ、彼はその場でゴロゴロとのたうち回る。
先ほどまで静かであった教皇の居室は、一瞬のうちに惨劇の会場へと変わっていた。
「私は、お前達が憎かった」
それはアリアからもたらされる、初めての独白。
聖女として長い間胸に秘め続け、そして口に出してこなかった思いの数々だった。
彼女は決して、自己主張をする人間ではなかった。
そうすればどうなるかを、身の回りの人間達の末路から理解せざるを得なかったから。
彼女が後釜に座ることになった先代聖女は、コンドミヌスに弄ばれ、失意の中で死んでいった。
彼女の友人達の中には枢機卿や大司教達によって心を壊され場末の修道院に送られる者達がいた。
「好きに動いて良いと言われ……私は何をすれば良いのかを、初めて考えることになりました」
アリアは知っている。
魔眼の力がなければ自分もまた、彼女達と同じように慰み者にされていたということを。
そして彼らが――いつも自分の隣にいてくれたルベールに、いざとなれば自分を殺すよう言いつけていることも。
「聖教会という組織は終わっています。大司教以上の立場にいる人間達の腐敗は、あまりにも著しい」
「あんぎゃああああああ!!」
アリアが剣を引き抜くと、コンドミヌスの胸から血が噴き出した。
彼女は頬に返り血を浴びながら光魔法を使いその傷を癒やす。
そして同じ場所に、再び剣を突き込んだ。
二度、三度、四度。
最初の内は元気に叫んでいたコンドミヌスも、自分がまな板の鯉であることを理解してからは何も言わなくなった。
「私の友達のミリーちゃんを自殺まで追い込んだお前のことを、私は決して許さない。ルベールの顔を曇らせたお前には、生きている価値がない」
「ゆ、ゆる……許してくれぇ……」
目の前の聖女にあったはずの箍が外れていることを理解したコンドミヌスにできるのは、ただ無様に泣き叫びながら許しを請うことだけだった。
そのあまりにも哀れな様子を見ながら、アリアははぁと大きくため息を吐いた。
自分が今まで唯々諾々と従ってきた男が一体どれほどにくだらない人間であるのかを目の当たりにしたからだ。
これしきのことで溜飲が下がるわけではない。
「これ以上やっても、意味はありませんね」
「あ、ありが……」
自分に同情し、手を抜いてくれたのだ。
アリアの変心に礼を言おうとしていたコンドミヌスは、続く言葉に顔面を蒼白にさせた。
「ベルナデットさん、彼らは聖教会のトップです。聖女生誕の秘儀以外にも、色々な情報が取れると思いますよ」
こうして教皇を始めとした聖教会の重要人物達は、ベルナデットに協力的なアリアの功績も在り、全員を捕らえることができた。
そしてタイミングを同じくしてラテラント王国の王城に乗り込んだアルフレッドは、訳がわからぬままあたふたとしている王族達を魔物達の餌に変える。
こうして王都は混沌迷宮の魔物達によって蹂躙され……ラテラント王国はそのあまりにも無謀な宣戦布告のツケを、亡国という形で払わされることになるのであった――。
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