【炎の祭典から5年】
ルーヒューマンシティの一角。
酒場の片隅で座っている髭もじゃの老人はジョッキやグラスを傾け黙々と酒を飲んでいた。
既に結構な酒の量が入っている。
老人は時々懐から紙を取り出し、何やらぶつぶつと呟いては深い溜め息を吐き出した。
しかし、その呟きは周りの喧騒にかき消され聞き取られる事はない。
老人の名はネプロガン。
一応、魔法使いだ。
腕前は・・・まぁ、そこそこだ。
ネプロガンは生粋の人間である。
その人間が何の用で精霊界にあるルーヒューマンシティに来ているのか?。
それは再び起こった戦争の為だ。
20年前にエルフ界で戦われたアンデッド戦争。
そして人間界で戦われたエウンジーク奪還戦争。
エルフ、人間の両勝利により魔王軍は敗北し魔界に撤退した。
しかし、魔王は体制を立て直し4年前に再び人間界に攻め入った。
人間界の国々は団結する事なく魔王軍を迎え撃ったが各個撃破された。
現在の所2つの国が滅ぼされ1つの国が壊滅寸前であり、1つの国が抗戦状態である。
驚くべき事に人間の国々は対魔王軍に対する防衛策をまったく講じていなかった。
人間界はかつてのエウンジーク奪還戦争の時と同じく人間と友好関係があるドワーフを頼ったが今回は断られた。
5年前に起こった【炎の祭典】の時のダメージが大きく、とても軍を人間界に送れるだけの余裕はないからだ。
仕方がなく、かつて魔王軍と戦ったエルフ界に助けを求めたがエルフの女王メリーカもまた断った。
人間界を助ける義理はないし交流もない。
何より防衛策をまったく講じず人間同士で争ってばかりいる者達に見切りをつけているからだ。
ネプロガンが最後の希望としたのが人間に近いルーヒューマンシティの人々達だった。
エルフと人間のハーフであるヒューマンエルフ達ならば現在の人間界の惨状を憂いで力を貸してくれるのではないかと思ったからだ。
しかし、結果は徹底無視であった。
そもそも人間界で迫害されていたヒューマンエルフ達をすくい上げ、エルフ界にシティ建設を許可し居場所を与えたのはエルフの女王であって人間達ではない。
迫害した者達の為に戦う理由などないからだ。
万策尽きたネプロガンはこの酒場でやけ酒を食らっていた。
「くそぅ・・どいつもこいつも・・」
怒りがこみ上げてくる。
確かに人間が悪いとは思う・・・が、少しは助けてくれても良いではないかと感じる。
更に酒を煽る。
「ふぁっ!!、なぁ~にがエルフの女王よ!!
ひゃっく!!、たたの冷血女じゃあ~ないか
ひっく・・・」
大分酔いが回ってきたネプロガンは大声で喚いた。
いかに周りが騒がしくてもネプロガンの叫びは大きく、少し離れていても聞こえる。
ざわざわ・・・
エルフの女王の悪口はタブーとまでは言わないがネプロガンの言葉は聞き捨てならず、周囲の客の一部がネプロガンを見てヒソヒソと小声で喋り始めた。
「ドワーフもドワーフだ
ひっく、かつて共に戦ったのに
ぐぶっ、裏切りやがった!!」
ドン!!、とジョッキを置き給仕娘におかわりを催促する。
給仕娘は淡々とした動作で代わりの酒を用意していく。
しかし態度には出さないが、良くは思っていまい。
「ヒューマンエルフどももクソッタレだ!!
半分人間の癖にエルフ気取りか、はっ!!」
その言葉に客の一人がガタンと席を立ちネプロガンのテーブルまで来た。
「おい、じいさん
さっきから聞いてれば女王様やヒューマンエルフがどうしたって?」
まだ若いヒューマンエルフの男が老人に噛みつく。
生粋のエルフではないので口調は穏やかではない。
「ああん!?、なんじゃ~?
ヒューマンエルフの連中は魔王軍に恐れをなす雑魚の集まりじゃと言うとるんじゃ!!」
「こいつ!!」
いかにも殴りかからんとした若者に店の店主が大声で怒鳴った。
「ショウトウ!!、止めとけ!!」
店主の声で我に返った若者は舌打ちをし自分の座っていた椅子の場所まで戻り腰を下ろした。
それで終わったが、周りの客はまだざわついていた。
「ちょっと通るぞ」
店の奥にあるテーブルに座っていた2人が席を立ち、ネプロガンのテーブルに向かって歩いてきた。
1人はネプロガンのように豊かな髭を蓄えたローブを纏った老人と、もう一人は異国風の服装をした若者だ。
2人ともエルフ特有の長い耳を持っているが、その服装はエルフには見えない。
といってもヒューマンエルフのシティは人間界の色々な場所からやっていている為に、服装の統一感はないのだが。
「失礼するよ」
エルフの老人は相の席に着いた。
同じくエルフの若者も隣に座る。
「なんじゃ~?、お主等は~?」
既にトロンとした目でネプロガンは2人を見ている。
「相当酔っておられるようで
もうそろそろ宿に戻られた方がよいかと?」
「なにおぅ!?」
ネプロガンが言うか早いかエルフの老人は杖をネプロガンに向けて何事か呟く。
バタン!!
途端にテーブルに突っ伏し、いびきをかいて寝るネプロガン。
「騒がせたの」
エルフの老人は周りに頭を下げ店主を見る。
「隣の宿屋で寝かせてやれ、ショウトウ!!」
エルフの老人の顔を見ながら店主は先程喧嘩腰だった若者に言う。
店主に言われショウトウは嫌な顔をする。
「何で俺が?」
「さっきの貸し分だ」
「ちっ」
ショウトウは寝息を立てているネプロガンを一緒に飲んでいた仲間と共に起こし上げ、宿屋まで運んでいった。
「すまんな」
エルフの老人は店主に頭を下げ、エルフの若者と共に再び座っていた席に戻った。
「あの人は人間界の人ですよね」
エルフの若者が口を開く。
「ああ、大方人間界の危機に際して精霊界の力を借りようと考えて来たが当てが外れて愚痴っておったのじゃろう」
「・・・・【炎の祭典】で精霊界には人間界を助けるだけの余裕はないのに、無茶な話ですね」
「人間共は【炎の祭典】があった事すら知るまい」
「なぜ彼等は情報を得ようと思わないんですか?」
「人間が興味あるのは人間界の事のみだ
そのくせ、自分たちの危機になると手を貸せという」
「・・まぁ、自業自得の所はありますけれど、マーギランさんはどうされたいと?」
マーギランと若者から呼ばれたエルフの老人は答えた。
「母君は何と?」
「母は・・・放っておけと
人間界の事には興味がないようです」
「まぁ・・であろうな
ならば人間界は魔王軍に侵略されて終わりだな」
「そうなりますか?」
「なるとも、人間達だけで戦える訳はない
奇跡が起こるとすれば人間達が団結して戦った場合だが・・・無理だろうな」
「なぜです?」
「指導者がおらん、バラバラに戦っていれば一つ一つ潰されていって終わりだ
それに・・・」
「それに?」
「敵は新しい戦力を投入していると聞く」
「新しい戦力?、何です?」
「分からん、噂は噂だ」
「ですか・・・あっと、そろそろ帰らないと」
「おお、もうこんな時間か
どうする?、先程の老人の話を明日でも聞いてみるか?」
「ですね、人間界の現在の情報は欲しいですから」
そう言うと若者は帰る支度を始める。
「そう言えば・・何歳になる?」
「今年で19歳になります」
「年月が経つのは早いな、出会った時は・・・確か14歳の頃か」
「ですね、【炎の祭典】の真っ只中でしたね」
「今から里まで帰るのは無理では?」
「いえ、直ぐですよ」
若者は苦笑した。
「ではまた明日、朝に隣の宿屋前で」
「うむ・・気をつけてな、ルセル」
頷くと若者は酒場から出て行った。
「・・・・・」
マーギランは目を細める。
「かつては頼りなかった少年が今ではすっかり見違えたな」
そう思う。
会うのは4年ぶりぐらいか。
あれからそれほど経っていないのに、かつての戦いが遥か昔のように感じられ懐かしく思う。
パイプに火を付け、煙を吸い込みながらマーギランは目を伏せた。
「新たなる戦力を逐次投入だな」
魔王ゼルギネスの第二王子であるラーダンは目を輝かせながら指示を出す。
指示を聞いた部下達は次々と魔王の間から出て行った。
ラーダンの横にはエミリアが控えている。
エミリアは元々は魔王のハーレムを束ねる長だったが、魔王がラーダンに王代行を任せてからはラーダンの補佐役として絶対的な地位に就く事になった。
五年前に起こった【炎の祭典】の折り、魔王が寵愛していたアリスが炎の祭典に巻き込まれ命を落とした。
当時アリス救出の為に精霊界に赴いていたウィナー達はウィナーを残して全滅。
唯一ウィナーのみが精霊界から帰ってきたのだ。
【炎の祭典】の凄まじさは魔族も魔界に住まうモノも魔王ですらも過去の文献から知っている事であった為、誰もウィナーを責めるモノはいなかった。
むしろよく死なずに帰還したと褒め称えられた程だ。
しかしアリスを失った魔王の落胆は大きく、第二王子のラーダンに代行を任せ長期休養に入ってしまった。
張り切ったのはラーダンである。
本来ならば長兄ゼヴルが代行に当たるところだが、ゼヴルもまたアリスの死で気分が優れず辞退したのだ。
そこでラーダンの出番となったのだがエミリアがラーダンを取り込み、王代行補佐としての地位を得た。
魔王ゼルギネスならともかく、ボンクラ王子を操る事など容易い事だ。
思惑通り、ラーダンはエミリアの操人形として機能している。
エミリアが掲げたのは魔王の人間界侵略の再開。
それは既に魔王ゼルギネスが準備を整えていたので、再開はし易かった。
しかしエミリアが考えた計画は魔王とは違い、人間界の侵略のみに焦点を当てる事だった。
精霊界を敵に回すのは得策ではない・・・というエミリアの囁きでラーダンは人間界のみの攻撃に変え、現在その計画は正しく機能している。
自分の指先一つで物事が決定していく現状に、エミリアは絶頂に似た快感を感じ、濃厚な権力の味を堪能していた。




