【アトニートの撤退】
「なに?、ダグバルド殿が死んだ?」
グール軍の副長パピリコは驚いた。
「そんな馬鹿な!!
スペクターを倒せる奴がエルフの中にいるのか!?」
ダグバルド敗北にパピリコは唸る。
そのパピリコの傍らでグール軍の副長補佐としてこの戦争に参加しているデルロイも驚く。
「まずいな・・・」
デルロイは呟いた。
忠誠心を持つ他の軍団の連中と違ってグール軍は傭兵から成り立つ軍団だ。
当然忠誠心などない。
それ故に戦況が不利になれば逃げ出す恐れがある。
デルロイは今年で15歳。
グール牧場の上司パピリコと共にエルフ戦及びルーアクシウム攻城戦に参加したデルロイだったが、昨日までの楽観的な予測とは違って戦況は厳しい状況になりつつある。
「くそ!!なんてこった・・・、スペクターやレイスの力を信じすぎていた
まさか二軍とはいえ早々と将を討ち取られるとは」
パピリコは苦い顔をし、報告に来た部下に命じた。
「傭兵どもにはダグバルド敗北を知られるな、秘密にしておくんだ!!」
パピリコの言葉に部下は口ごもりながら答える。
「いえ・・・既に傭兵達には知られております」
「何だと!?誰だ!! 誰が言った!!お前か?」
「い・・いえ
ルーアクシウムの胸壁から梯子で乗り込んだ傭兵達の中にダグバルド敗北を目撃した者がいまして、敵の攻撃を受けた為に逃げ出してきて広めたようです・・・」
「敵の攻撃だと?、壁の上にはカラスの群れがエルフの弓兵隊を攻撃していた筈!!」
その言葉に部下は青ざめた顔で指を上に向けながら答える。
「奴らは・・・空から現れたようです・・・」
「フェアリーエルフか」
ゾンビ軍の陣営では報告を受けたアトニーノが目を細めた。
エルフ達の想定にカラスによる空からの攻撃が含まれていなかったのと同様に、エルフによる空からの攻撃は我々も想定していなかった。
そもそもエルフの援軍自体が想定外である。
「ワグーの軍はどうしている?」
アトニーノの言葉に部下の女の一人が答える。
「スケルトン軍はレイス軍と青いローブのエルフ部隊と交戦中ですが、押されております」
「押されている?」
「はい、青いエルフ部隊は対アンデッド武器を所持しているらしくレイスは次々と倒されスケルトン軍も剣で応戦していますが・・・苦しい戦いと確認されております」
「ワグー自慢の骸骨動物型はどうした?」
「はい、今回の城塞戦には持ってきていないようです」
「ちっ」
アトニーノは思わず舌打ちする。
「大口を叩いていても肝心な時に役に立たないジジイだ・・・、ゴドウィンの化物どもは?」
控えていた別の女が口を開く。
「丘から現れた騎兵部隊と交戦中
敵はどうやら魔法使いも含まれているらしく、フレッシュゴーレム達も魔法で攻撃を受け不利な状況です」
「ふん、あの巨体は見かけ倒しか
もっとも接近戦が出来なければこんなモノか
しかし魔法で攻撃とはな・・・吸血鬼どもは?」
更に別の女が前に進み答える。
「上空でカラスと一緒に空飛ぶエルフと交戦中
日中という事もあり吸血鬼達の実力が出せず手こずっているようです」
「・・・・パピリコの傭兵共はどうした?」
「恐れながら・・・」
パピリコの軍の動向を見ていた女が言いにくそうに答える。
「胸壁で戦闘していた傭兵は外に逃げ出してきております
一部は騎兵隊と交戦していますが・・・全体的に戦場から離脱しつつあります」
「・・・金で動いているだけの者達らしいな
利口と言えば利口だが、指揮官の命令無しで勝手に逃げるのは頂けないな」
アトニーノはそう言いながら腕を組む。
全体の動きとして決して良い状況ではない。
何より将を討ち取られた以上戦闘継続は意味を為さない。
デュラハン部隊に退却命令の知らせは行った。
何事もなければ直にここに戻ってこよう。
「さて、軍団長リシープがいればどういう対応を取るか?」
アトニーノは同い年の友の顔を思い浮かべ、ルービアンカから出陣する前に聞いた言葉を頭に響かせる。
今回の戦いはエルフの女を手に入れる為の下らない戦いだ。
そんなモノに命を賭ける必要はない。
不利な状況になれば撤退しろ。
デュラハン部隊を一兵でも失う事の方が違約金を払うよりも遥かに痛いからな・・・と。
「その中に私も含まれているのかしらね?」
そう考える自分に少し笑む。
「ふふふ・・・」
そして別の笑いがこみ上げてくる。
確かにその通りだ。
こんな下らない戦いに命を賭ける価値など何もない。
「撤退だ!!、デュラハン部隊が戻り次第ルービアンカまで撤退する!!撤退の準備をしろ!!」
「は!!」
言い終わると部下たちは陣所から散っていく。
「すぅーー・・・ふぅ~~・・・」
アトニーノは深い深呼吸をしてみる。
指揮官でありながら最前線に出て討ち取られた馬鹿のお陰で速やかに撤退できる事を喜ぶべきか。
・・・しかしやはり私に指揮官は務まらない。
補佐が一番性に合っている。
耳に掛かっている髪をかき上げながらアトニーノは心底そう思った。
「はいほー、どうどう!!」
中央門まで戻ってきたデュラハン部隊率いるシャールナは何やら戦況がひっくり返っている事を知り口元を僅かに上げる。
門の内側でエルフ達と対峙していたレイス達は一掃され、マリージュも居なくなっていた。
そして床にはダグバルドが着ていた衣服が落ちている。
「これはこれは」
シャールナは退却命令の意味を理解した。
「そういう事か・・・」
「そういう事だ」
戻ってきたデュラハン部隊の姿を見てルーアクシウムの長バーナードがシャールナに杖を向け淡々とした口調で言う。
「お前たちデュラハン部隊が引き返してきたという事は、どうやら先程上空に上がった赤煙は退却の合図のようだな」
「そうだよ?」
シャールナは無愛想に答えるとバーナードが此方に向けている杖を見て苦笑する。
「その杖は回復系魔法の杖だろう?、レイスには効いても私達には効かないよ?」
弓兵隊に矢を向けられながらも臆する事なくバーナードや弓兵隊を見渡しシャールナはどちらから矢が飛んできても直ぐに対応できるように気を張った。
「そうか、だがこのまま逃がすと思うか?」
バーナードの言葉にシャールナはニヤリとして答える。
「ならば、エルフの死体が増えるだけだ」
そう言うと床に落ちているダグバルドの衣服の側に馬を向ける。
その主のいない衣服の前には大剣を持ったガルボがいた。
「お前がダグバルド殿を倒したのか?」
「ああ・・・そうだ、だがなぜ俺だと?」
「分かるさ、あの杖でダグバルド殿は倒せない」
バーナードに人差し指を向ける。
「かといってエルフの剣や弓でも倒せない」
指を周りにいる弓兵隊にぐるりと向け自分の正面に上を向けて指を立てる。
「ならば誰が倒せるか?」
指をガルボに向けピタリと止めた。
「それはエルフなのにエルフ離れした大剣を持つ者の仕業と考えるのが妥当だろう?」
喋るシャールナをガルボは真っ直ぐ見ていたが、その容姿が余りにも奇妙だっので眉を寄せる。
デュラハン部隊を遠目で見た時と間近で見た印象が全然違う
近くで見ると非常に変だ。
首は胴体にはなく、喋っているのは左手に持っている生首である。
何というか・・・不自然極まりなく、もの凄く気持ち悪い感じがする。
ガルボのデュラハン評と同じくシャールナもガルボを見て奇妙な感覚に襲われる。
見た感じが普通のエルフと大差ない。
ヒョロヒョロのガリガリな棒である。
そんな者が大剣を手にダグバルドを倒したという。
「有り得ない・・・何の冗談だ?、一体」
ガルボを見ながら少し考えるシャールナだったが、こんな所でグズグズもしていられない。
「面白いな、エルフが大剣を手にしているとは
鍔の飾輪が四つ葉・・・それはクレイモアだな」
「そうだ」
「ダグバルド殿を倒したという事は何か特殊な魔法付与が施された剣なのだろう
しかしそれだけではないな、ダグバルド殿も達人ではないが剣もそこそこ使えた方の筈・・つまりお前は強いという事だ」
「いや・・別に・・」
「私は強い者が好きだ、今すぐにでも手合わせ願いたいが今は時間がない
私はデュラハンのシャールナだ、お前の名は?」
「ガルボだ」
「エルフのガルボか、その名前は覚えておくぞ
いくぞ、者共!!」
「了解!!」
シャールナとエルフのやり取りを黙って見ていたデュラハン部隊の女達は掛け声を上げ馬の向きを門の出口に向ける。
「せや!!」
シャールナの声と共に一斉に門から外に向かってデュラハン部隊は出て行く。
バーナードの合図を待っていた弓兵隊だっだが、バーナードが止めの合図を行う。
シャールナが言うようにデュラハン部隊と本気で戦えば死ぬのはエルフの方だろう。
何よりルーアクシウム守備隊に最早戦えるだけの戦力は残されてはいない。
退却していく敵を追って更に戦死者を出すのは避けたい。
「・・・援軍が来なければ一日と持ちこたえられなかったな
ハーフエルフに援軍を依頼した女王様は正しかった・・・」
ハーフエルフの参戦には否定的だったバーナードだが、現実は現実として受け止めなければならない・・・。
中央門から出たシャールナは外が大乱戦になっている事を知る。
青いローブや馬に乗った騎士みたいなエルフ達。
「どこからやってきたんだ?、奴らは?
まてよ・・・シティ・・・シティか?」
小さなエルフがシティが云々と言っていたのを思い出す。
戦況は分からないが魔王軍が不利に見えた。
敵味方入り交じっての乱戦だが幸い副長アトニーノの陣営へ戻るのは難しくはない。
もっとも、既に陣営に攻め込まれ副長が死んでいなければの話だが。
背後にあるルーアクシウムを振り返る。
少年の姿をした可愛い青年兵達には少なからず動揺した。
そして大剣持ちのエルフ・・・。
「私は可愛い者と強い者が好きだ・・・
そう、可愛い男と強い男がね
ふふ、また会おう!!」
シャールナの号令と共に混戦する戦場の中において、比較的手薄なルートに向かってデュラハン部隊は走り出した。




