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かんぱに経営責任者☆白岡あさ ~あさが来た、その前に~  作者: 山本醍田
第二章・大坂四商編(1865年/あさ16歳)
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大坂四商の辰巳屋

 大坂四商の一つ、辰巳屋。

 大坂の数多ある炭問屋の中でも最大手の炭屋を運営しており、従業員数千人、資本価値は四百万両(六千億円)にも下らないという超大企業である。

 辰巳屋久左衛門という名は、その辰巳屋の創業者の通り名から来ており、辰巳グループの頂点に立つ者のみが唯一名乗ることを許される称号である。

 その現辰巳屋久左衛門が、ただの小娘に話を持ちかけてきたのである。


 待ち合わせ場所は深夜の心斎橋だった。

 大坂の夜は活気があり、こんな時間にも関わらず喧騒の音は鳴り響いている。

 淀川の上に浮かぶ赤金に輝く遊覧船を眺めながら時間を潰していると、橋の向かいから、横に用心棒を抱えた男がこちらに向かって来るのが見えた。

 その足取りは周囲の酔っ払いとは違い、真っ直ぐな足取りでこちらに向かってきている。


「白岡あさ殿ですか」


「そうや」


「辰巳屋という小さな炭屋を営んでおります。以後、お知りおみおきを」


 辰巳屋久左衛門は頭を僅かに下げた。

 齢は既に五十を超えているはずだが、髪の色は未だに黒々としており、とてもそんな歳が行ってるようには見えなかった。

 今まで見てきた純な商人とは、やはり放っている色が違っていた。

 少しだが死の臭いもする。


「大坂四商の一つの頭首や。少なくともこの界隈で知らん人間などおらんやろ」


「そんな名も世間が勝手に付けた通り名で、本人達は明日を生きることに精一杯ですがね」


「ま、そんなもんか」


「少し散歩でもしながら話をしませんか」


 首を縦に振ると、辰巳屋久左衛門はゆっくりとした足取りで歩きはじめた。

 それを少し後から付いていく。

 天満橋から天神橋を渡り、そのまま東横堀川へと抜け、そのまま導かれるように細い路地に入った。

 半分以上の店は既に閉店しており、そんな中、辰巳屋久左衛門は明かりが灯ってない古びた料亭に入っていった。


「こんな深夜に営業してんねんな」


「ここはいつもうちが懇意にして貰っている割烹店で、今日は特別に開けてもらっています」


「それは申し訳ない」


「本来ならば昼がよかったのですが、時間がなかなか取れなかったもので」


「この時間で問題ない。うちも昼の方が抜けにくいからな」


 互いに護衛はここまでということで、小藤には玄関付近で待っていて貰うことになった。

 連れられたのは十畳ほどの和室の部屋だった。

 そこで向かい合う形となる。


「もう百回は聞かれた質問かもしれませんが、大坂の暮らしには慣れましたか」


「もう百回は答えとるが、近しい人には『全然慣れん。めっちゃ窮屈な日常やわ』で、遠い人には『ほんまにみなさん優しいしてくれおますんで、楽しく暮らさせて貰てまう』と答えとるわ」


「なるほど。使い分けをされてるのですな」


「ま、京都人の二面性ちゅうやつや」


「しかし、今は自然体で話しているように見えますね」


「うちをこんな形で呼びだすちゅうことは、建前で喋る必要がない相手ちゅうことやろ」


 そう言うと、辰巳屋久左衛門は静かに笑った。


「おっしゃる通りで」


「とはいえ、大坂四商の頭首をつまらん用件で足止めするわけにもいかんからな。うちですら家をこっそり抜け出してて、時間が十分にあるわけやないんや。単刀直入に聞く。わざわざこんな小娘の何の用や?」


 辰巳屋久左衛門は小椀を手に取って、首を縦に振った。


「白岡あさ殿と、同盟を結びたいと思っています」


 思わず、ほうという言葉が飛び出ていた。


「白岡家とはでなく、うち個人と同盟を結びたいって言ってるように聞こえたけども、聞き間違いかいな」


「その通りです。辰巳屋と白岡あさ個人との同盟になります」


「正気で言ってるんか」


「こんな真夜中に呼び出して、冗談をいう必要はないですな」


「目的が見えん」


 そう言った次の瞬間、辰巳屋久左衛門の表情から一切の感情が消え去り、その顔は人から人形の物へと変化した。


「我々はあさ殿が白岡家に嫁ぐ京都時代から、大変な興味を持っていたのです。小石川今井家の名前を借り、業種を変えながら様々なベンチャービジネスの活動をされていましたが、それは表向きの姿でした」


 よく調べられていると思った。

 前の人材斡旋の仕事も、その前にやっていた肉の卸屋もそこまで表立った活動ではなかった。

 関わりのあった人間から辿らないと、存在を知ることは出来ないはずだ。


「表向きは言い過ぎやな。あれがうちの本業であることは間違いない」


「しかし、先ほどの忍びのような者を抱え込んで、隠密活動も活発に行っている」


「単なる便利屋や。主に市場動向を調査してもらってる」


「時には破壊活動や諜報捜査といった行為も?」


「まさか。群雄割拠の戦国の時代やないんやで」


 話を交わしながら、相手の感情を読み取ろうとするが、何も掴み取れなかった。

 踏んでいる場数が違いすぎるのだ。


「大坂四商ならば、どこも諜報部隊ぐらいは抱えているやろ」


「もちろんです。しかし、それを個人でやっているというのは極めて珍しい。それも質が非常に高く、ほとんどの活動において足跡を残すような真似をしていない。私自ら調べることがなければ、その存在に気づくこともなかったでしょう」


 辰巳屋頭首が、自ら小藤の形跡を見つけたのか。

 そんなことがありえるのかと思いながら、目の前に座る怪物に悟られないようにと心がけ続けた。


「お褒めの言葉、後で本人に伝えておきます」


「そして、今は鴻池家を探らせている」


 突如言われた言葉に、体が硬直した。

 何かを言わないと思うが、咄嗟の言葉が出てこない。


「おや、どうましたか。何か問題ある発言でしたかな」


 冷静になれと頭に何度も言い聞かせる。

 ばらばらになった文字をつなぎ合わせ、矛盾がないかを確認する。


「特に不自然なことではないやろう。鴻池家はご存知のように十人両替(今でいう日本銀行)の立ち位置を兼任しており、鴻池家が言えば白になり、右へ進めと言えば右に進むのが今のこの国の状況や。その動向を調査するのは至極自然なことやないか」


 そう言うと、辰巳屋久左衛門はほうと言って、笑みを浮かべた。


「満点の切り替えしですな」


「おい、こんなIQテストをするために、わざわざ呼び出したんか」


「いや、試すような真似をして、大変失礼でした。同盟を結びたいというのは本心ですよ。これから、大坂の市場には新しい西洋文化が入って来ます。情報の取りこぼしはあってはならないのですよ。その中で、小石川今井家が驚くべき早さで動き出しました。二人の娘を大坂四商の加野屋と山王寺家に二人の娘を送りみ、横のつながりの固めに入りました」


「言っとくが、うちは政略結婚ではなく、自分の意思でこの大坂に来たんや。あと、はつ姉はまだ山王寺家へ出向状態で、まだ嫁ぐと決まった訳やない」


「それでもです。今までは四商同士が互いに牽制しあい、手を組むなんて考えられないことでした。それを、小石川今井家は簡単にやってのけたのですよ」


 それはあまり考えたことは無かった。

 いくら高興義兄さんが英邁な人物であろうと、娘の心まで導くことは出来ないはずだ。

 そんなことを考えていると、辰巳屋久左衛門は口を開いた。


「とりあえず、今日は挨拶とこちらの考えを述べさせて頂いただけです。互いに多忙の身で、定期的に顔合わせをするということもないでしょう。ただ、今後何かあったときに、声を掛け合える関係であることを知っておくというのは大事なことだと思いました」


「分かった。何か困ったことがあったら連絡させて貰うわ。ただしうちから白岡家の内部情報を取り出せると思わんことや」


 話し合いはそれで終わりだった。


 大坂では身内以外に頼る宛てが無かったため、思わぬ収穫だった。

 しかし、それは相手も同じことなのかもしれない。

 

 帰路中、小藤と話をしていた。


「小藤の目から見て、あれは信頼するに値する人間に見えたか」


「妖怪の類には見えましたが、信念を偽る程ではないかと」


「ひょっとしたら情報のやり取りの仲介を頼むことになるかもしれん」


「それ位の仕事であれば。ちなみになのですが、本件は忠興様にも言うつもりはないのですか」


「まだ挨拶を交わしただけや。言う必要もあらへんやろ」


 そんな話をしていると、白岡の自宅が近づいてきた。

 さて、気付かれないように裏口から戻らないといけないということを思った。


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