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かんぱに経営責任者☆白岡あさ ~あさが来た、その前に~  作者: 山本醍田
第二章・大坂四商編(1865年/あさ16歳)
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坂本竜馬とあさ


 今井家のルーツは、今から二百年前の延宝元年(一六七三年)。

 開祖とも言われる今井高利が江戸元町に呉服店・越後屋をオープンしたところから始まる。

 今井高利は店主になった時は既に五十を越えていたが、それまでに育て上げた息子達に次々と指示を出し、瞬く間に越後屋を拡大させていった。

 そして、その偉大なる総帥、今井高利は『財産は会社の資産とし、それを兄弟グループで運営して、利益を分配すること』という現代の企業の運営形態を作るように支持し、亡くなっていったのであった。

 その親の言葉の通り、今井高利の息子達十一家は連名で『京都大元方』と呼ばれる最高決定機関を設立する。


 それから二百年が経つ今も、江戸、京都、大坂に店舗を持つ全国チェーンの越後屋として今井家は名を残している。

 しかし、その肝心の京都大元方も、今となっては魑魅魍魎の巣床である。

 一部の一族は老獪な妖怪と化していて、保身と利益の追求に精が出ること出ること。

 こればっかりは、徳川幕府が古いだの何だの笑ってられない。


 そしてあさの実家は、数多く分かれた今井家の一つ、小石川今井家である。

 小石川今井家のここ百年ほどはやや右肩下がりの状態が続き、徐々に京都大元方での影響力を失いつつあったのだが、その名誉を取り返すために今井忠興を養子という形で招集する。

 つまるところ今井忠興は、小石川今井家の未来を切り開きながら、京都大元方にいる魑魅魍魎の相手をするという、苦悩が耐えない立ち位置にいるわけである。。


 義兄で育ての師でもある今井忠興への報告のために京都に月に一度は帰っていた。

 今月あった出来事などを順序立てて説明する。

 他家のこともあってか、忠興は基本的には口を挟まなかったが、時たま思ったことを口にしてきた。


「(上昇が止まることのない)物価への対策はしてるのか」


「固定金利を止めて、変動金利を採用してます。その場合は物価の上昇に合わせて金利も高なり、損失額をカバー出来るようになります」


「客からすれば選択肢が多いにこしたことはいのだから、固定金利やめる必要はないだろう。固定金利をうんと高くして、変動金利を低く見せれば、自然と変動金利が。それにリスクも分配出来る」


 なるほどと思うようなことは頭に叩き込んでいく。

 一刻(半時間)ほどで、話は終わりだった。

 後は雑談を中心に切り替わっていく。


「そういえば、少し話は変わるのだが、お前、今井高福様と付き合いがあるのか?」


 は? と思わず言葉が出ていた。


「今井高福様って、今井天皇のことですか?」


「そうだ」


 今井高福は、今井家総領家の八代目党首で、あさや忠興のいる小石川家も含む、全部で十一ある三井家の頂点に立つ人物である。

 歳は今年で五十八。

 三井天皇もと呼ばれ、『京都大元方』の中で最も影響力のある人物である。

 そんな今井家の天皇に該当するような人物から、ちっぽけな小石川今井家の娘に過ぎないあさの名前が出たのだという。


「あ、いえ、さすがに……心当たりはないです」


「まあそうだろうな」


「なんでどす?」


「この前の大元方での会議中で、高福様からお前の名前があがってな」


「うちの名前が?」


「そうだ。今どうしているのか気にされていた。大坂に嫁いだことを伝えたると、何やら考えるそぶりを見せていたからな」


 頭を回転させるも、思い当たる節はなかった。

 あったとしても、不祥事の方が確率的に高そうだった。


「いえ、心当たりはないです」


「そうか。まあいい。お前は顔が広いからな。ひょっとすれば今井天皇の耳に、期待のルーキーの一人ということで、名前が入ったのかもしれん」


 自分はもはや白岡家の人間ではなく、今更干渉してくるだろうかという思いがある。

 やはり頭に浮かぶのは、今までやってきたグレーゾーンすれすれのビジネスの方で、今井天皇のやっている何かが干渉したのではないかということだった。


 家に出た頃には既に昼過ぎになっていた。

 壬生寺に顔を出して、近藤さんらに会いたかったのだが、その日のうちに大坂に戻らないと行けなかったので、そのまま帰路につこうとしていた。


 伏見で御膳でも取ろうとした時に、ふいに声をかけられた。


「見覚えのある顔かと思ったら、あさちゃんじゃないか」


 振り向くと、そこに立っていたのは勝塾で共に学んだ坂本竜馬だった。

 こんなところでの偶然の再開だった。


「坂本さんじゃないですか」


「おうおう、こうやって塾を離れても出会うことがあるんじゃの。せっかくの機会じゃきに、もしあれだったら昼でも一緒にせんか」


「是非、こちらこそ願ったりですわ」


 坂本竜馬と向かい合う形で座り込み、それぞれ定食を頼んだ。

 坂本竜馬は第一印象の時から変わらず、人懐っこい笑顔を振り撒きながら、話しかけて来る。


「あさちゃんは最近は何をやっとるんぜよ」


「白岡家に嫁ぎ、花嫁修業中でございます」


「何と、あの小僧と結婚したのか。それはこれ以上にない幸せな話じゃきに。この国の未来を支える子供をばんばん産んで貰いたいの」


「まだ嫁いだばかりで、勉強中です」


「あさちゃんは優秀じゃきに。すぐに馴染むことじゃろう」


 相手が大坂四商の御曹司だということは、全く触れてこなかった。

 血筋や生まれなどは、ほとんど気にしない人だった。


 一方で、坂本竜馬の就職先は聞いたことがなかった。

 勝先生の紹介で小栗忠順 のところに内定が決まっていたが、神戸の海軍操練所の閉鎖に伴い、その内定も取り消しになったという話だった。 


「坂本さんは、最近何されてるんですか」


「夢を立て直しちゅうぜよ」


「夢、ですか」


「この国が向かうべき姿じゃ。色んなことがあって、一度はばらばらになってもうたが、今は残ったパーツを組み直して、再出発をしようとしとるぜよ」


 目茶苦茶なことを言っていたが、何故か気が狂っているとは思えなかった。


 勝塾時代のときから、坂本竜馬は誰も見ていないところを考えている節があった。

 一度、セミナーでの発表で、新政府という題の発表をしたことがあったが、それは幕府の開明派である勝先生や、小栗、榎本らと、薩長(鹿児島と山口)が合わさった国で、そこでは、西洋諸国と同じ国民投票による方法で代表を選び、政策を多数決で選んでいく、議会民主主義を採用するという物だった。

 夢のような話だと思ったが、何故か坂本竜馬がプレゼンを行うと、まるで現実可能の出来事のように思わされるところがあるのだ。


「具体的に何を始めようとしてるんですか」


「今は会社を興そう思っちょって、今日も小松帯刀に会いに京都の薩摩藩宅にお邪魔しちょったのぜよ」


 薩摩という響きに少し引っ掛りをを覚えたが、それよりも小松帯刀という名に惹かれた。

 小松帯刀と言えば、若くして薩摩藩主である島津久光の懐刀に入った人物である。

 普通ならばどうやって知り合ったのかと思うところなのだが、坂本竜馬の場合だと不思議と違和感がないのだ。

 とにかく思想を問わず、顔が広いのだ。


「会社でっか」


「そうぜよ。それで小石川三井の生まれのあさちゃんに、経営の色んなノウハウを聞いてみたいと思っとるぜよ」


「うちで答えられる範囲やったら」


「そいじゃ、まず代表取締役としては何割程度の株を持っておけば、一番の影響を持ちつづけることが出来るんかの」


 それは、全く予想もしない方向からの質問だった。

 もっとビジネスを始める上で基本となる、心構えやら、いいコンサルの紹介やら、数字で気にするところはどこかといったことを聞かれると思っていたのだ。


「ええと、筆頭株主ですか。超大企業なら筆頭株主でも一や二割ということもあるやろうけど、創業時であれば創業者が七割以上持っているのが普通やないですか。ファミリー企業でも代表は三割程度やないですかね」


「一割か」


 坂本竜馬は何故かその中でも一番低い数字を気にしていた。

 スタートアップの起業で、そちらの方を気にする人間はほとんどいない。

 むしろ、資金をどこからかき集めるかに腐心するはずだった。


「それだけあれば、たとえどれだけ大企業でも一番の影響力は持ち続けられますが、それは三井三菱や紀伊國屋、大坂四商クラスでの話です」


 坂本竜馬はふむふむと言ってその話を聞いていた。


「ではもう一つ、五十万両(千億円)の借り入れを行う場合、今やと相場の金利はどんなもんかの」


 何の話をしているのかと思った。

 城でも建てるのだろうか。


「坂本さんは、どこで仕事を始めようと思っとるんです」


「今は長崎かの。ちょうど高台にいい立地を見つけての」


「長崎ですか。造船業でも始めるんですか」


「いや、イギリスから西洋武器を買い付ける仕事を考えちょる」


 坂本竜馬はそれを隠すこともないかのようにひょうひょうと話す。

 イギリスから武器を買う?

 やはり自分の感覚で話をしようとすると、全く会話についていけない。


「資金は誰が出すんですか」


「薩摩藩とイギリスじゃ。だから設立する会社の株は、いきなり彼らに売らなあかん」


 物に対して株で渡すというのは、商人の世界では珍しいことではなかった。

 しかし、それは相当の信頼が成立した上での話である。

 個人で保障するのは不可能なので、薩摩藩を巻き込もうとしているのだろう。

 薩摩藩も大量にその株を保有することで、イギリス側を安心させる考えだった。


「つまり、イギリスから中古の銃を仕入れ、それと坂本さんの作る会社の株で交換するということですか」


「まさか、古い武器を手に入れても何の優位性もなかろう。手に入れるならば最新のもんじゃ。今、イギリスは発射後の螺旋回転をより安定させた、エインフィールド銃ちゅうものを開発しちょる。手に入れるならこれのみ」


「そんな最新の武器を手に入れることが出来るんですか」


「イギリスは既に世界中の国を植民地として手にしており、新しい武器を作ったとしてもそれを使う場面がないぜよ。うちらがそれを買いたいちゅうんじゃ。売らん理由はなかろう」


 商人の感覚からすれば、ホラ吹きの妄想としか捉えられない話なのだが、やはりどこかに現実味を匂わせているのが不思議だった。

 それどころか、もしそんな武器がこの国に入ってきたら、互角に戦える兵はいなくなることになる。


「しかし、イギリスは過去に長州藩や薩摩藩と戦火を交えたこともあります。そこに最新武器を渡すというのは、反撃されるリスクもあるのではないですか」


「イギリスといっても一枚岩じゃないぜよ。そういう考えかたもする者もおれば、単に武器を売れるということで私利私欲に走る者もおる。そこはわしの交渉力と口八丁手八丁の見せ所じゃきに。今までこの国は海外貿易にやられ放題じゃったきに。たまにはぎゃふんと言わせるようなこともしてやらんといかん」 


「坂本さんの作る会社は、イギリス武器会社の代理人のようなものなのですか」


「そういう見方も出来るな。だから何パーセントの株を持っとれば、筆頭株主としておれるか気になったんじゃ」


 話せば話すほど、この話の底の深さを感じるようになっていた。

 立ち上げた会社の自社株売却と、薩摩藩からの借金という、実質何もないところから武器を生み出そうという発想なのだ。


「ひょっとしたら、うちに資金を出してくれんかと頼まれるんじゃないかと、ちょっと身構えてましたが」


「おう、その発想は全くなかったぜよ。なにせ、商人は目が越えとるからの。夢に対して大金をどんちゅうことにはならんぜよ。何年で利益が出るようになるのか。各年の売上と原価の推定はどうなってるか。物品の減価償却に何年かかるのか。そんな話に終始してしまうからの」


 一概にそんなことはないと思ったが、大手の商人になればなるほど儲けのところばかりに注目するのも事実だった。

 特に大坂四商などは日常から節約節制を徹底されているので、頭首クラスが決断しない限りはそんな赤字覚悟のビジネスに入ることは出来ないだろう。


「しかし、そんなビジネスの核となるような話を、よく他人にされますな」


「こんな仕事、別にわしがやらんでもいいと思っとる。目的のための手段の一つにすきんからぜよ。ただ誰もやらんからわしがやっとるのぜよ」


「坂本さんは、買い入れた武器は誰に渡すのですか」


 そう言うと坂本竜馬は満面の笑みを浮かべた。


「買う武器はわしの名義にはなるが、この国の私有物だと思ちょる。いずれ、それに相応しい人物に譲受ければよいと思ってるぜよ」


 坂本竜馬は立ち上がった。

 その表情は力強く、そして少し遠いところに行ってしまったような印象を受けた。


「九州に行っても、京都や大坂にもちょくちょく寄らせてもらうことにはなるきに。またその時は飯でも行こうぜよ」


 おう、と声をかけると、坂本竜馬はゆっくりとその場を離れ始めた。


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