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かんぱに経営責任者☆白岡あさ ~あさが来た、その前に~  作者: 山本醍田
第二章・大坂四商編(1865年/あさ16歳)
20/22

ぼちぼちでんな

 理由を考えるのが、好きだった。

 一見、何でもない数字の羅列から、規則性のような物を見つけだし、そして、それが何故起こったのかの原因を考えるのだ。

 事象が複雑な場合は、その症状を簡単な物から紐解いていって、複数の要因を取りだしていくのである。

 

 大坂に移ってから、月に一度程度しか来れてなかった、大坂の最大市場である堂島に、毎日顔を出していた。

 蝦夷(北海道)の蟹から九州の黒砂糖まで、全国の物がこの大坂に集まるのである。


 今日もメモ帳を片手に、米相場の変動を記録していく。

 この作業を始めて、既に三か月になる。


 大坂は京都に比べ、数字の変化する速度がまるで違っていた。

 その中には、何十もの短期的な流れと、何十もの長期的な流れがあり、それとノイズのような乱数的な要素に、世間の動向までが加わっていた。

 一見すると、解読不能な信号である。


 大坂の商人はだいたいが、その中のどれか一つだけを重視する傾向があった。

 自分はそのどれでも無かった。

 正確には、そのどれかに特化しては、生き残ることは出来ないだろうと思っただけだ。


 一ヶ月前から仮想定のビジネスを始めていた。

 八万両(百万円)を元手に、物の売り買いを毎日行って、その日の終わり値と比べてどれだけ儲かったかの

 現在のところ十六万両(二百六十万円)の儲けになっていた。

 

「おう、嬢ちゃん、今日も来てんだな」


 声を駆けられた。

 作り笑顔で会釈をする。


「それ、すべての品の値段をおっかけてんだよな。何かのバイトかい?」


 毎日顔を出しているので、顔は嫌でも覚えられる。

 それでも、まだ身分のことはまだ伏せている。

 一度言ってしまえば、今のような静かな日々が終わりだろうと思っていたからだ。


「そうなんどす。勤め先の旦那に命じられて、こうやって記録を作ってるんどすえ」


 以前は、京都弁は出来るだけ使わないようにしていた。

 本音で喋れなくというのが嫌だったし、そもそも性格と言語の性質があってないのだ。

 しかし、勝先生にオランダ語に英語に日本語を操る人間もいるってのに、お前は大阪弁に京都弁二つも操れないのかと言われ、せめて利点がある場面では使ってみようと考えを改めるようにしたのだ。


「全く、わざわざ京都からやって来たというのに、そのような仕事をさせられてるなんて気の毒だな。せめといってはなんだけどおやつをあげよう」


「お気遣いのほど、どうもどす」


 新次郎に言わせれば、こんな作業は下働きの人間にでもやらせばいいというところなんだろうが、実績のないうちはすべてを自分の手でやりたかった。


 夕暮れになる頃に帰路につこうとした。


「あ、あさ様。お帰りなさいませ」


 使用人は軽く会釈をするが、作業をする手を止めることはない。

 こういう文化も京都とはまた違うものだった。


 嫁くことになった白岡家は、為替業を生業とする商人の家だった。

 為替行とは、大坂で普及している銀目という独自通貨を、江戸(東京)で一般的に使われている小判に変える際に、手数料を取ることを生業とする職業であり、地味な商売であるが、今の大坂で巨大な富をなしているのはすべてこの為替業だった。


 といっても、その手数料だけで生計を立てているわけではない。

 収入の大半は、溜め込んだ大量の銀目を運営だった。

 事業を始めたい者に資金を貸して、その利子で資本をさらに膨らます、ように言えば銀行のような業者だ。

 もちろん目利きを間違えると、事業主が夜逃げしてしまい、貸したお金は踏み倒されるわけだから、常にうまくいくような仕事でもない。


 大事なのは目利きなのだ。


 部屋で数字を眺めていると、旦那の新次郎がひょこひょことやってきて、話しかけてくる。


「ねえねえ、ちょっと新しいビジネスを思いついたんだけど」


「何や」


「スイーツバイキングの運営ってどうかな」


 いつもの思いつき発言なので、書類から視線を合わせたまま話を聞く。


「何でそれを始めたいと思ったんや」


「この前さ、大坂の囲碁大会で山王寺杯って山王寺家がスポンサーの大会が開かれたんだけど、それが結構な話題になってたんだよね。それでさ、うちも会社名の冠が付いたビジネスを始めたら、認知度があがるかなと思って」


「加野屋は十分に名の通った家やろ。いまさらブランドイメージを再構築する理由は何や」


「でもやっぱり両替屋って、お堅いイメージが強いと思うんだよね。ほら、何だかんだで財布の紐を扱うのは女性じゃない。そこの層を切り崩して、女性に親しみを持ってもらえば両替屋が幾つかあった場合にうちらの所に来るかもしれないし」


 着眼点は悪くなかったが、結果への反映が分かりにく過ぎるかもしれない。


「うちらに甘味処のノウハウなんか一個も無いやろ」


「それはちょっとアテがあってさ。そこに基本的にお任せしながらやっていく感じ」


「加野屋のイメージ戦略もあるやろ。ブランド思考なら、それに反する流れや。それにビジネスは一度やり始めたら、どんな簡単なもんでも中々引き返せへん。両親に提案する前に、まずは自分の足を使ってある程度の形まで進めるところから始めるこっちゃうか」


 そう回答すると、新次郎は頬を膨らませ何も言わなくなった。

 少し言い過ぎたかもしれないが、ここであえて優しくする必要もなかった。


 今、加島屋は誰が党首を継いで、九代目白岡久右衛門を名乗ることになるのかが密かに話題になっていた。

 あがっている名は三男の正秋と、このボンボンの二人なのだが、個人的な感想を言わせて貰うなら残念ながらどちらも適性はないと思っていた。

 こういう時に、血の縛りの難しさを感じた。

 血とは結局は無意味な物なのである。

 出石水今井家が似たような状況に陥った際、実父は迷うことなく忠興を養子として向かい入れ、家の建て直しを計ってきた。

 そういう機転こそが、この時代に必要な才能だと見抜いていたのだ。


 ただ、自ら考えて動こうという姿勢など今までの新次郎には無かったものだったのだ。

 立場が、新次郎を考えさせることを強要させているのかもしれない。

 そして、そのやり方などは京都時代の私の姿を真似してるような節は多いにあった。


 籍を入れたものの、二人の関係性に変わった様子はなかった。

 キスどころか、まだ手を繋いでデートをしたこともない。

 というかそんなことをされたら殴ってしまわないだろうか。


 夜になった。


 男女らしい営みは一切無かったが、寝床は同じ部屋だった。

 真横では新次郎が幸せそうな寝顔ですやすやと寝ている。

 夜もランタンの光を照らしながら、書類と向かい合う。

 味噌の買い占めを行おうとする業者の姿が見え隠れしており、近いうちに値段は高騰するだろうと予想していた。


 それは、大坂の商人が近いうちに再び戦があると予想しているということだった。


 そんな中、屏風の外から小さな声が聞こえた。


「あささま、失礼します」


「小藤か」


 伊賀のくノ一の末裔で、諜報活動、破壊発動、暗殺術のすべてが突出していた、お抱えの忍びだった。


「はい、少し話があります。外でも構いませんか」


 外に出ていくと、割烹着と纏った小藤が立っていた。

 忍びの雰囲気はまるでなく、その外装ば見なりだけならばどう見ても町人のものである。


 二人で中庭を歩く。


「あささまの方は新しい生活には慣れましたか」


「全く。大坂はやったらあかん縛りが多くて、好き放題に動き回れへん」


 かつては少人数で運営していた抱えの隠密部隊だったが、今までのビジネスであげてきた利益をほとんど突っ込むことで、人数を大幅に増やしていた。

 それだけ、これからの数年は情報が勝負になると思ったのだ。

 以前は小藤がやっていた自分の用心棒は別の者に任せて、小藤には出来るだけ外回りをして貰っていた。

 だから、小藤と雑談を交わすのは久しぶりのことだった。


「西の動向はどんなもんや」


「関西は落ち着きを見せてはいますが、長州(山口県)には依然として怪しい雰囲気が漂っています。長州藩は一時は徳川に遵守する姿勢を見せましたが、軍勢を引き上げさすや否や、倒幕派の面々が顔を出しはじめました」


 藩の剥奪が濃厚だと考えられた幕府軍による長州征伐は、結局一戦も交えることなく、家老数人の切腹で幕を閉じた。

 天皇に矢を向け、京都を焼きうちした処遇としては、驚くほど寛大なで幕引きで、そこには、まるで何者かが、意図的に長州に余力を残させるようにも見えた。

 現在は、椋梨藤太が孤軍奮闘しながら幕府へ恭順する姿勢を見せているが、潰されるのは時間の問題のように見えた。


 高杉晋作はイギリス海軍と交渉した後、表世界から姿を消していた。

 出家して寺に入ったという噂が流れていたが、仮の姿なのは明らかなことだった。


「ここが徳川の正念場やな」


「奇兵隊の中から抜擢された闇の部隊が、暗躍を続けています。武器調達だけではなく、徳川総戦力の見積もりをしているようです」


 小藤の表情は少し険しかった。

 何か不吉な流れを感じているのかもしれない。


「楠木正成は、豊島河原合戦にて足利尊氏が敗れたにも関わらず、兵が増えていく流れを見て敗北を悟ったと言う。今も流れも同じかの」


「この流れを潰つためには、洗練された特殊部隊が二つか三つ必要です」


 小藤ならば、という思うが頭に浮かんだ。

 伊賀忍者の始祖と呼ばれる百地三太夫の末裔ともいわれる彼女ならば、それが出来るかもしれない。


 しかし、頭を一度振った。

 そんな妄想にふけっている余裕はなく、自分は本業に打ち込むべきだった。


「鴻池家の方はどうや」


「油の流れで怪しい動きが見えます。今はこの調査を追っていますが、何者かがこちらの動きを追跡しているようです」


「何者や」


「恐らくですが、鴻池家が抱えている闇の部隊」


「逃げ切れるか」


「いえ、交戦は避けられないと思います」


 それを聞いて、静かに目を瞑った。

 小藤は諜報員だけではなく、その剣の腕も目を見張るものがある。

 なにせ、禁門の変の際には、薩摩藩の浪士に囲まれた際も、浪士三人を斬り捨てて我々を追ってきたのだ。


「理想を述べることはせん。その判断はすべて小藤に任せる。ただ死ぬことだけは許さぬ」


「了解しました」


 話はこれで終わりかと思ったが、小藤はその場を動くことはなかった。

 小藤の目を見て、これからの話が本題なのだろうと思った。


「大坂四商の一つ、辰巳家が是非あさ殿と面会したいとのです」


 思わず目を細めていた。

 記憶を辿るも、思い当たる節は全く無かった。


「大阪四商の辰巳屋が? まあええわ。で、何の話し合いや」


「それが、内容は知らされてません」


「は?」


「さらに、他の面々には是非内密にとのことです」


 内容もその会合自体も極秘裏で行いという。

 ただでさえきな臭い話だが、聞けば聞くほど、それが増していく。


「それでも、小藤は会うべき相手やと言うんやな」


「はい」


「相手は何者なんや」


「辰巳家の現当主、辰巳屋久左衛門」


 それを聞いて、体が大きく震えた。


 聞き違いなのかと思った。


 辰巳家の当主だと。

 大坂四商の一つ、辰巳屋の頂点に位置する人間が、自分一人ごときに会いたいなどということがありえるのか。


 どこかの歯車がゆっくりと回りはじめた。

 そんなことを感じていた。


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