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かんぱに経営責任者☆白岡あさ ~あさが来た、その前に~  作者: 山本醍田
第一章・尊王攘夷編(1864年/あさ15歳)
18/22

暗躍の黒幕


 京都市内はしばらく騒然とした。


 河原町丸太町に放たれた火はそのまま燃え広がり、七条堀川から河原町丸太町まで及ぶ、八百棟にも及ぶ家が炎上してしまうという大惨事になっていた。

 あさの実家も半分程が焼け落ち、建て直しの間は一家全員が別の住まいに移るということになっていた。


 それはすべて長州藩の残党の仕業ということで、京都民からの反発は凄いことになっていた。


 二条城の前を通ると、市民団体が『長州許すまじ、報復を!』と掲げた街頭デモを行っていた。

 世論調査でも、今回の長州の行動に対して『許せないと思う』と答える人が九割を超えているというらしく、朝廷はその世論に押されて、近々出征の命が出るだろうという予想がされていた。

 借金だらけの徳川幕府にそんなお金などあるわけないので、大坂の商人など圧迫して、何とか軍資金を捻出しようとしているらしい。

 これは本格的に長州という藩が終わるかもしれない。


 あさの人材派遣会社には、街の再建に必要なとび職の依頼が押し寄せてきた。

 周辺の藩(県)も含め、とび職はほとんど完売状態になっていたため、あさは商人だろうが町人だろうが、素養のありそうな人をどんどん放り込んでいた。


「そんな詐欺みたいなことして大丈夫なの」


「ちゃんと親方が面接して、研修を受けたあとに、現場の手助けに入って貰ってんねん」


「いや、研修たって、たったの半日でしょ」


「うっさいなあ。文句ばっか言っとらんとたまには生産的な提案してこいや。そしたら話くらいは聞いたるわ」


 そして、もう一つ、この時期にとび職と並んで人気の求人があった。


 ある日のこと、事務所に近藤局長が訪れてきた。


「おう、連日の出勤、お疲れ様や」


 そう言って、あさはいつから放置しているか分からない茶葉でお茶を煎れはじめた。


「そういえば、あさ殿はこのオフィスを変える気はないんですか」


「ん、まあ二、三人でやってるうちはこのスペースでも十分やからな。それに京都は敷金礼金が高いし、それに前の事業をやってるときからずっとこの場所やからな」


「素人目ですが経営状況は順調のように見えますが」


「うちは商人の家やからな。儲かってるちゅうのは単に時代の流れに一時的に乗っているだけ、という風に徹底して教えられてる」


「なるほど。確かに我々は時代の流れに一時的に乗っているだけですからね」


 そう言うとあさは笑みをこぼした。


「大坂四商の山王寺家から、十万両(二百万円)の資金援助を受けたって聞いたわ。そして、いずれ起こると言われとる長州討伐でも陣頭指揮を取るっていう噂もな」


「あと少しです。あと一度か二度、成果をあげることが出来たならば、我々は会津藩の籠から外れることになると思います。そうなれば、直ちに隊を近代化に向けて推し進めなくてはいけません」


 それを聞いたあさは怪訝な表情を浮かべる。


「近藤さんにしては、珍しく焦ってるんやな」


「この前の禁門の戦いにて、嫌でも西洋銃の威力を知ることになりました。十倍近い戦力差をも、優に覆すことが出来てしまうのです。今度の長州征伐では誰もが幕府の勝利を疑ってはいませんが、もし長州の連中があのような武器を次々と手にしてしまえばどうなることか。我々がどれだけ剣の腕を磨いたとしても、奇兵隊のような民兵集団にすら勝つことは出来ないでしょう」


 それは時の人と持て囃された、新撰組の局長とは思えないほどの弱気な発言だった。

 長州の名誉は既に地の底で、藩としての存続意義すらも怪しいのだ。


「そんなに慌てるほどの相手か? 今回の件で主力を尽く失ったはずだが」


「放っておけば、時間と共にすぐに戦力を建て直してくると思います。まだ、吉田松蔭の最後の弟子である高杉晋作が残っています。適塾(大阪大学)時代は福沢諭吉と並び、当代最高の軍略家と呼ばれた大村益次郎が残っています」


「福沢先生に匹敵する軍略家、か……」


「実際に刃を交わすことで、何故あの土地に火の弾のような人間が次々と沸いて来るのかが何となく分かりました。その芯となるのは強固な信念で、言わば宗教のような物ですが、ただの宗教と違うところは、平気でそれまでの方針を捨て、百八十度変えてしまうしたたかさや軌道修正の速度にあります。松蔭が亡くなれば、久坂玄瑞が現れ、久坂玄瑞が亡くなっても、未だ高杉晋作が健在です。ここで徹底的に叩いて、将来の火種を防がなくてはなりません。尊皇七皇をすべて廃し、攘夷関係者の首をすべて打たなくてはなりません」


「そこまでか」 


「やはり幕府は詰めの甘さが滲み出ています。恭順の姿勢を見せるのであれば、長州を許そうという声もあがっているようです。やはり、命を懸けて戦った訳でもなければ、戦況を楽観視している連中に過ぎません」


 あさはその話を真剣な表情で聞いていた。

 こういった話は実際に剣を交えた者でなければ分からないのかもしれない。


「が、朝廷が長州討伐の命を出したところで、徳川は戦争する資金なんかないやろ」


「数を揃えなくてもいいのです。西洋の銃器を見たことのない連中であれば、いくら並んでいようと弾よけにしかなりません。大事なのは質で、別に敵と同等の戦力でいいのです。桑名(三重)藩と会津(福島)藩が主力を足止めさえしてくれれば、後は新撰組が奇兵隊とぶつかります」


 近藤局長の目は、静かに波を打っていた。


「それで、追加の人員募集をかけたっちゅうことやな」


「本来ならば西洋の銃器が欲しいのですが、皮肉なことにも、今は銃よりも人の方が安く手に入ってしまうのです」


 あさはわかったと一度溜息をついた。


「頼まれていた追加の武士のリストアップは終わったわ。身寄りがない人間を中心には選んどる」


「いつもご協力のほどありがとうございます」


「ちなみに言うとくけど、うちは武器商人にはならへんからな。西洋武器が欲しくなった場合は、他の業者さんから仕入れてもらってや」


 それを聞いた、近藤局長は少しだけ笑った。


「それともう一つ大きなニュースがあります。前に今井家に火を放とうとした、男の正体を掴みました」


 それを聞いたあさの表情が険しくなった。


「分かったか」


 禁門の変のどさくさにまぎれて、あさの実家に火を付けようとしていたとんでもない奴のことだ。


「五条河原町にて葵屋という京都の小さな商店を営んでいる男です」


「そんだけ分かれば十分や。今から小藤を連れて向かう」


 立ち上がろうとしたあさを、近藤局長は鞘で静止する。


「話はまだ続きがあります」


「何や」


「その人物ですが、昨夜殺されました」


「は」


「鴨川沿いで死体で転がっていました。そして、殺されたために発見出来たという皮肉な話です」


 それを聞いたあさは、しばらく理解出来ないという表情を浮かべていたが、しばらくしてから一度だけ地面を蹴り付けた。

 口封じで殺されたということか。


「つまりここで手がかりが途絶えたちゅうことか。加害者も亡くなったので、例の放火未遂は目をつぶって泣き寝入りしれくっちゅうことか」


「ところが、そういう訳でもないのです」


 そう聞いたあさは、ほの口を作る。


「実はその人物は、別件で我々がマークしていた人物でした」


「別件?」


 近藤局長は一度息をして、ゆっくりと話を始める。


「今年の初め、大坂の堂島市場にて、突如黒砂糖の値段が高騰するという事件が起きました。余りにも不自然な高騰だったので、大坂町奉行が買い占めを疑って調査に出たのですが、しばらくして品不足から来る高騰だったと結論を出し、調査を打ちきったのです。しかし、当然ながら誰もその発表を信じていませんでした」


「ほう」


「会津藩藩主の松平容保から依頼があったため、何人かの新撰組のメンバーを宛ててその件を調べることにしました。その調査の中で、やはり組織ぐるみの犯行ということが分かってきました。意図して品薄という状況を作りだして、それで利益を得ている。何故、こんな分かりやすい事件が町奉行によって隠蔽されたのかよく分かりませんでした。そしてその調査も大詰めとなっていたところで、思いもしないことが起きました。何と新撰組のメンバーが銃で撃たれたのです」


「新撰組が襲われた?」


 普通の思考なら、報復が怖くて考えられないことだった。

 どれだけ肝が座った連中なんだ。


「そこで、我々はその事件が、組織だった大規模な犯行であることを核心しました。土方に沖田を投入し、二つの商店を壊滅させました」


 さらりと言われたが、ちょびっとおしっこをちびったかもしれない。

 今でこそ味方として普通に話をして貰ってるが、普通に考えたら超武闘派集団なのだ。


「その商店と繋がっていた者達の中に、今回暗殺された男が入っていました。しばらくマークを張らせていたのですが、特に怪しい様子もなかったのでマークを外しました」


「しかし、今回の件で暗殺された」


 近藤局長の表情が僅かに険しくなる。


「まだ。これから話すことは新撰組の中でも、最重要機密情報だと思って下さい。知っているのは新撰組の幹部クラス、会津藩の松平容保、水戸藩の一橋(徳川)慶喜だけです。その資金の流れを追っている中で、大坂にある巨大組織の資金流失を突き止めました」


 肌を刺すような感覚が纏わり付いている。

 何となく、嫌な予感がする。


「それは?」


「大坂四商の一つ、鴻池屋」


 僕の腕がぶるりと揺れた。

 同業者の名前が、そこであがってくるなど夢にも思わなかったのだ。

 

「彼らは薩摩藩に対して、大規模の資金援助を行っています」


 それを聞いたあさは、今まで見たことないような表情を浮かべた。


「徳川ではなく、薩摩に金を流してるやと。何のために」


「そこまでは分かりません。ですが、大名貸し(県の借金)のような形ではない、裏の資金です。何の目的なのか。密約か。それとも別の何か」


 大坂商人と薩摩藩。

 その響きだけなら、縁のないほど遠い存在である。

 それが繋がっているというのは、びっくりするくらいきな臭い感じがする。


「うちらを狙ってきた剣士連中も、そこが関わってくるちゅうことか」


「可能性としては多いにありえます」


 禁門の変で僕らの命を狙ってきたのは、言うまでもなく薩摩の言葉を操る男達だった。

 薩摩藩に死体を持って行ったところ、斬られた兵は脱藩兵で、長い間連絡が取れなくなっていたという答えが返ってきただけだった。

 その回答も含めて胡散臭い話だったが、僕たちにはこれ以上どうしようもないことだったのだ。


 結局、真相のほどはうやむやのまま闇に葬られてしまったのだ。


 近藤局長が帰った後も、あさは思い詰めた表情で何かを考え続けていた。



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