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かんぱに経営責任者☆白岡あさ ~あさが来た、その前に~  作者: 山本醍田
第一章・尊王攘夷編(1864年/あさ15歳)
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花燃ゆ、折り返し


 四方八方から飛び交う銃弾の音が、戦いが激化しているのを伝えてきた。


 その音を避けるように、京都御所の本堂まで到着した。

 鎌倉時代中期から、歴代の天皇が住んできた神聖なる場所だった。

 一度、深い礼をして、段差の小さい階段をあがっていく。


 建物の中には、人の気配は感じられなかった。

 もしも、既に天皇を初めとすた皇家が退避してしまっていれば、元も子もないのである。


 紫宸殿と呼ばれる、謁見の部屋だった。

 人の気配はほとんどなかったが、簾の奥から並々ならぬ気を感じることが出来た。

 簾から光が漏れ、場がさらに神々しさを際立てていた。

 部屋の中央をゆっくりと進んでいくと、先の方から声が聞こえた。


「他の皇家は一目散に逃げてしまった。いつも下らぬ謀略を巡らせながら、肝心の場では自分の保身を最優先にする。全く、どうやれば松下村塾のような弟子が育つのか」


 若いが、心の中に入り込んで来るような、深みを感じさせる声だった。


「血筋は全く関係ありません。身分に関係なく万遍なく人を集め、情熱をもって平等に指導することです。そして、優秀な人物を抜擢することです」


 生きている頃の松蔭先生が、まさにそんな人物だった。

 炎の塊のような人で、この国を導くことや教育に命をかけていた。

 誰もあんな方を真似することは出来ない。

 もし未だに在命でいれば、この国を正しく導く一員になっていただろう。


「それでは朝廷は最も難しい立場だな。血のみで人生が決まるような場所だ」


「矛盾を感じておられるのですか」


 謁見であれば、最前列であろう位置にいた。

 そこに正座をして、向かい合う形となる。


「よく参った。松平容保は必ず止めてみせると意気込んでいたが、朕は必ず来るであろうと信じておった。松平容保は優秀な人間ではあるが、お前達とは踏んできた場数が違いすぎる。今の日本で、いや歴史を見ても肩を並べるは数える程しかおらん最高の人材であると聞いておる。そんな人物が命をかけてここまで来た覚悟に応じ、朕も一人で応じようと思った」


「ありがたいお言葉ですが、すべてにおいて未熟の身であります。」


 本心だった。

 自分はただこの国のために腐心し、人と人を繋いできただけだった。


「まず、お前達をここまで揺れ動かすに至った考えを聞いてみたい。いつも老獪な魑魅魍魎共を相手にしていて、純な政治家と話す機会はほとんどないからな。あってもせいぜい一橋(徳川)慶喜ぐらいだ」


 頭を一度下げる。

 そして、失礼しますと言って、事前に何十回も練習を重ねたプレゼンを開始していく。

 それは、宮部先生を初めとする尊皇七皇で練り上げていった考えだった。


 阿片戦争から今までの攘夷を総括すると、国内の戦力で海外諸国と渡り合うのは到底不可能であり、我々が目指すべきは『海外列強の分断』。

 オランダとは既に長い歴史の中で深い関係があるために、狙うべきはフランスとイギリス。

 幕府はフランスと組み、長州や九州はイギリスと組む形とし、その双方の国の技術を吸い上げていく。

 そして、内戦を回避しながら、ヨーロッパと同じ議院内閣制を採用する新しい政府を作り上げる。


 考明天皇は顎の上に手を乗せ、興味深そうに聞いていた。


「なるほど。倒幕をイギリスにちらつかせることで、武器や技術を手に入れるのか。一方の幕府は、アジアの植民地でイギリスに大きく遅れをとるフランスと接近し、これまた連中の技術や制度を盗むと」


「はい」


「面白い発想だな。幕府の石頭ではそのような考えは思いつきもしないだろう」


 そこまで言って、考明天皇は少しだけ険しい表情を浮かべた。


「しかし、言うのは簡単だが、その実現は生半可なことではない。そもそも交渉下手の日本人が、西洋の裏をかくような交渉が出来るのか。もしもうまくいったとして、実際に武器を手にした者が、心変わりをしないのか。この国が清や周辺のアジア列国を攻め込むような侵略国に変わり果てないのか。リーダーが何らかの事情で急逝した場合は、次のリーダーはどう選出されるのか。若者をどう教育して、暴走を防ぐような組織にするのか。心配事は尽きることはない」


 無言で、その言葉を聞いていた。

 先のことまでを見据えながらも、うんと細部のことを気にしている。


「ただ、心に染み入るお言葉です」


「我等、天皇一族はこの地に王朝が生まれた二千年もの間、ただ人間の愚かしさを学んできておる。この国の人間は、有史以前から殺し合いを続けておる。どの時代の覇者も、大義を適当にでっちあげてはその時代の王者を滅ぼし、その大義が正統なものだったとして歴史を塗り替える。蘇我氏から始まり、源平に足利、織田に秀吉に徳川。それの繰り返しが、この国の歴史だった。かつては天皇もこの政に参加してたが、後醍醐帝を最後として、我ら帝の一族は政から一切手を引き、ただ飾りとしてその移り変わりを眺めつづけている。朕が本当に体を張ってでも止めなくてはいけないのは、この時代の行動が、この国の存続に大きな影響を与えかねない時だけだ」


 何か大きな物が語られている。 

 今生きている時代のものではない。

 ずっとこれから先へ向けての、この国の在り方だった。


「久坂玄瑞、今の朝廷をどう思う」


「時代の流れから取り残され、それ故に焦っているように見えます」


「政治に関わりすぎている、そう言っているのだな」


「海外諸国の文化が入ることで、人や国は急激に変化していきます。ですが、朝廷はそれに振り回されてはいけないように思います。振り回されるのは、それを生業とする我々や幕府やの仕事でありますので」


 考明天皇は、静かに首を縦に振った。


「まさに、その通りだ。今回の件を含め、八月十八日の政変など、岩倉具視らの他面々が暗躍しておるのは朕もよく知っておる。そして、歴史上において、朝廷が政を救うためしになったことなどほとんどなかったと言ってもよい」


 ただ、その言葉に感銘を受ける他なかった。

 我々とは全く違う視点で物事を見据えいて、朝廷の存在意義を誰よりも理解されている。


「しかし、不思議なことを言うものだ。お前達は朕をさらって、長州に連れもどそうとしていたのだろう。それが、朝廷は政局に関わるべきでないと明言するとはな」


「ここに来るまではそのつもりでした。しかし、いざお話をしているうちに、この国の象徴となるお方を政局利用してはいけない。そのように心変わりしてしまっていました」


「それでいいのか。お前は尊皇七皇の筆頭だろう。そのような指導をしていて、人はついて来るのか」


「それだけ自分は未熟な存在ということでした。宮部先生ならば、割り切って説得することでしょう。松蔭先生ならば、相手が考明天皇であろうと強く一喝したかもしれません」


 考明天皇はくくくと、噛み締めたような笑い声をあげた。


「それが久坂のやり方ということだ。お主らの考えは面白いと思う。しかし、言ったように、お主らの考えていることはまだ絵空事で、朕が動くほどのような物ではない。朕が動くことで、世の中が予期せぬ方向に乱れる可能性も十二分にある。そして、これは朕自信の問題だが、立場というものもある。徳川幕府はこういう時のためにかねてから朝廷と人材の交流を活発。これは政略以外の何物でもないが、許して欲しいが朕も一人の人間だ。情の入った者も少なくなくはない」


 我々が神と教わってきた人物は、驚くほどに英邁で、驚くほどに人だった。


「今回の件で、朕は長州討伐の命を下さねばならんだろう。そうせねば世論が許さぬからだ。しかし、お主らが本物ならば、それらもうまくやりくり出来るだろう。本当に血を流さないまま新しい時代を見ることが出来るのか。痛みを知っているお主らだからこそ、それが出来るかもしれん。朕はそれを楽しみに見ていよう」


 気付けば、平伏していた。


「有難うございます」




 建物を出て階段を降りると、入江九一の姿が視界に入った。

 自分が一人で出てきたのを見て、動揺を隠せないまま話しかけて来る。


「考明天皇は?」


 首を横に振ると、入江九一の表情は落胆に変わっていく。


「そんな」


「いや、しかし決して悲観するべきことではない。天皇は我々の行動に同調された」


「来島又兵衛殿が戦死されました」


 そちらの報告は、少なからずショックなものだった。

 次の時代を生きねばならぬ人間が、この時代に滅ぶべき人間に倒されることもあるのか。


 来島又兵衛を失いながら、天皇を連れ戻すことも出来なかったなら、この戦いに何の意味があったのか。

 入江はそういうことを言っているのかもしれない。


「今は時間はない。長州に戻ればすべてを話す」


 考えなくてはいけないことか星の数ほどにあった。

 これからの新しい体制のこと。

 下関に向かっているというイギリス艦隊のこと。

 そういったことを、高杉らと共に考えていかなくてはならない。


 しがらみのない俺達は、迅速に物事を決めていけるはずなのだ。


 そんなことを考えながら駆けていた時のことだった。

 ドンという音が後ろから聞こえた。


 次の瞬間、膝が地面をついていた。

 何事かと思って後ろを振り向くと、入江の部下の一人がピストルを持っていた。

 何故か、その銃先からは煙があがっている。


 胸が熱かった。

 

 何が起こったのか全く分からなかった。


「い、岩倉卿は、貴様を生きて帰すことを許しはしない。我々の国は既にイギリスの傘の下にあり、貴様に余計な真似はさせん」


 男は何かに取り付かれたような声で、呟いている。

 入江の叫び声が聞こえる。


 俺は、死ぬのか?


 意識がゆっくりと薄れだす。


 こんなところで死ぬわけにはいかない。

 文や高杉、松蔭先生の顔が頭に浮かんで来る。

 俺はまだ、こんなところで死ぬわけにはいかないのだ。


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