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かんぱに経営責任者☆白岡あさ ~あさが来た、その前に~  作者: 山本醍田
第一章・尊王攘夷編(1864年/あさ15歳)
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禁門の変(中編)

 僕のあさの手を取りながら、堀川通りを南に走っていた。


 先ほど突如として現れた連中は、天誅の時に見た人達と同じ目をしていた。

 目的のためならば、躊躇いなく人を殺すことが出来る行ききった目だ。


 少し意識を外にやると、絶え間無く鳴り響く銃声が耳に入ってくる。

 普段僕たちが生活している生活圏にて、戦争が起こっているのだ。


 そんな中、急に僕の足が止まった。

 あさが僕の背中にぼんと衝突する。


「おい、なんやねん。急に止まって」


 あさは言いかけていた言葉を飲み込んだ。


 狭い路地の向こうに、二人の大男が立っていたのだ。


 男はこちらをじっと見ていた。

 見覚えのない顔で、ガン見されるような筋合いはないはずだった。

 引き返さないと、そう思って振り返り、僕の全身は完全に硬直した。

 ちょっとした絶望的な気分だった。


 僕らの後ろにも、二人の男が立っていたのだ。

 細い路地で、逃げる場所はなかった。

 握った手からあさの体温と力が伝わって来る。


 男がすり足で徐々に距離を詰めて来る。


 その緊迫した状況を打ち破ったのは、誰でもないあさだった。


「おい、何の用や。見ての通り、うちらは長州の軍勢でも徳川の軍勢でもないぞ」


 まるで獲物を見つけた補色者のように、男達は僕達から視線を外さなかった。

 そして、距離を詰めながらゆっくりと口を開く。


「三井家と白岡家の跡取りでごわすな」


 発っせられた声は太く、感情を何も感じない無の音だった。


 先ほどから僕の背中に走る寒い物が止まらない。

 何で、僕らのことを知っているんだ。


「誰や」


 搾り出したあさの息もまた、僅かに乱れていた。


「名乗るほどのものではなかと」


「名乗るほどのない者が、おどおどろしく子供二人を追い回して。一体何の用やねん」


 もはや嫌な予感はメルトダウン寸前にまで達していた。

 いや、実際はもはや決壊しているのだろう。

 ただ見て見ない振りをしているだけだ。


「恨みはないが、ここで死んでもらうと」


 そう言った男達は、一斉に抜刀した。


 何かの間違いじゃないのかと思うほど、全く理解出来ない状況だった。

 どうして、僕とあさが命を狙われることがあるのか。


「おい、薩摩芋。目は付いとんのか。うちらはただの商家の子供やぞ。それに剣を向けるちゅうのはどういうこっちゃ」


 普通の人として生きていたら、剣を向けられる経験なんて一度も味わうことはないもので、それでもあさは自分の姿を貫き通そうとしている。


「恨むなら、ただその生い立ちを恨んでくれと」


 どこか、逃げ道はないか。

 そう思って周囲を見渡すも、裏道のためか店の壁があるのみである。

 体当たりで壊せれそうな物はないかを僕は必死に探す。


「人違いやないんやな」


 それに対する返事はなかった。

 ただじりじりと距離を詰められる。

 手持ちの武器は護身用の木刀のみ。


 横にある建物に体当たりをしかけるも、びくともしなかった。

 手持ちの護身用木刀で、真剣の大人を倒せる可能性はほぼ零に近い。

 ただ最後の希望である、小藤さんが電光石火の速度で戻って来る可能性も期待薄だ。

 そもそも小藤さんが戻ってきたとしても、この大人四人を同時に相手することなど出来るのか。


 状況を整理すればするほど、ただ絶望的な状況が浮かびあがってくるだけである。


 こんな馬鹿げたことがあるのか。

 そりゃあちょっとは羽目を外したことはあるが、まさか戦に巻き込まれて、剣に命を奪われる日が来るなんて想像もしなかった。


 ああ、お父上、先に旅立つことをお許し下さい。


「あさ、僕が敵に全力でぶつかるから、その間に隙間をぬって逃げて。このままだと二人とも殺されちゃうだけだから」


 それが、僕が搾り出した精一杯の男気だった。


「アホか。そんなことが出来るか」


「頼むよ。小藤さんが抱え込む責任に、はつ姉さんの涙の数を少しでも減らしたいんだ」


 小声でやりとりを続ける。

 急な状況だったけども、あさだけは生かさないとということは瞬時に決めることが出来た。


 それでも、それでもだった。

 こんなことになると分かっていたら、もっと後悔しないような生き方をすればよかった。

 別にあさの金魚の糞と言われた立ち位置が、不満だったなんてことを言っているわけじゃない。

 それは僕が好きでやっていることなのだ。


 ただ、本当に言いたいことはきっと言えてなかった。


「あさ、あのさ言いたいことがあるんだけど」


「何や」


 いつも喉奥の遥か手前で止まっていた言葉は、すんなりと出口までやってきていた。


「僕、あさのこと、好きだったのかもしれない」


 それを聞いたあさは、は? という返事をした。


「それは……異性という意味か?」


「た、たぶん?」


 遂に、遂に言ってしまった。

 こんな状況が来なければ、一生言うことのないような台詞だったかもしれない。

 隠すに隠した果てに、本人もどこに隠したか忘れ、平気で墓まで持ち運ぼうとしていた感情だった。


「ふうん、ふうん」


「ご、ごめん急で。けども最後に言っておこうと思って」


 あさはしばらくの間、何かを考えるような様子だった。


 最後の刻にしては、妙に拍子抜けした空気となってしまった。

 男はあと数歩の所まで来ていて、そこで僕は敵に飛び込むだけだ。


 くくく、という笑い声が聞こえる。


「な、何だよ」


「い、いや、まさかそんなことを突然言われるとは思いもせんかったわ」


「ご、ごめん」


 僕は謝ったが、あさはどことなく嬉しそうだった。


「いや、十分や。返事は聞きたいか」


「う、どうだろう。もう伝えることは出来たから満足かもしれない」


 それを聞いたあさは、はあ、と


「どこまで草食系男子やっとんねん。これから白岡の」


「え、でも」


 そこまで言った、次の瞬間だった。


「わはは、小僧。ここに来ていい男気を見せてくれたじゃないか」


 どこからか、大胆かつ豪快な声が聞こえた。

 ほとんど同時に、目の前の男が透明人間に攻撃されたかのように、くの字を描いて後ろにふっとんだ。


 もう一人の男も、何事かと周囲の様子を伺おうとするが、その前ににゅっと伸びた手が顔を掴み、そのまま壁にたたき付けられた。


 そこから姿を現したのは、浅葱色の制服を纏った見知った顔。

 どうしてここに。

 そういう言葉の前にその人は僕らを横切って言った。

 すれ違い様に、あさと言葉を交わす。


「命を救われた」


「こちらこそ、よくこのような危険な真似を引き受けてくれた。これでようやく連中の尻尾を掴んだのだからな」


 僕らを守るように、男達の前に立ち塞がる。


「何者じゃあ」


「新撰組副長、土方歳三」


 その名前を聞いて、男達は体を震わす。


「どげんか、新撰組がここにおると」


「それはこっちの台詞だ。薩摩は幕府側で、形式上は我々と同じ立場を組する者だろう。長州藩との戦いが正念場の中、商人を煽って京都市内に火を付けさせ、挙げ句の果ては健全な市民を追い回すなんて鬼畜外道の所業に打ち込んどる」


 それを聞いた僕の体が一度震えた。

 何だって。

 この一連の出来事は、全部こいつらの仕業だというのか。


「敵は一人、一斉にかかると」


 男達は横一列に並んで、ゆっくりと動き出す。


「新撰組の得意とする複数人戦法か。普段から訓練していないと、同士討ちの可能性がある。十分に気をつけてからかかってこい」


「参ると」


 地面を先に蹴ったのは土方さんの方だった。

 ぎゃあという言葉と同時に、血が吹き荒れる。

 地面に赤く染まった右手が落ち、それには小型のスナイドル銃が握りしめられていた。


「二人でかかると見せ、守りの守りを作らせておきながら、その隙で銃を使おうとする算段か。剣士の志は前の時代に置いてきたか」


 もう一人が無言で剣を構える。

 示現流の使い手で、すさまじい腕の持ち主なのはすぐに分かった。


 しかし、今回ばかりは相手が悪すぎる。

 関西、いや全国を見渡してもこの人と打ちあえる人間がどれほどいることか。

 剣術や剣道の理を素っ飛ばし、ただ実戦を重ねながら、剣を磨き上げた江戸最強の傭兵だ。


 薩摩の剣士が死に物狂いで土方さんに剣に食らいついている。

 二人の打ち合いはそれを静かに見ている中、あさがゆっくりと口を開いた。


「小藤がうちらの周辺の異変に気づく中で、近藤局長も幕府側で起こっている奇妙な流れに気づいたようや。そして、その手がうちらに伸びようとしていることを突き止め、護衛を置いてくれたんや」


「わざわざ土方さんを?」


「池田屋の京都大放火の噂から、今日までの一連の出来事を調べていく中で、想像以上に根深い動きが裏で動いているちゅうことが分かってきた。その狙いも全貌が明らかになる中で何となく読めてきた。しかし、連中はイタチのように慎重で、尻尾を出すことはほとんどなかった。だから、うちらはずっと隙を伺ってたんや。そして今回、連中を遂に事を起こした」


 土方さんが向かってきた男を切り捨てた。

 浅葱色の服が絶叫音に呼応し、真っ赤に染まっていく。

 それでも、男は退くことはしなかった。


 その表情は、まるでここで僕達を仕留めないことが、後の遺恨を生むとでもいいかねないような鬼気迫る勢いだった。


「それを企てているのは一体?」


 僕がそう聞くと、あさは唇を少し噛んだ。

 あさの全身から放たれる気は張り詰めていて、その目は見たことないほどに沈み込んでいる。


「敵は一人やない」


「え」


「おそらくは三人」


「そんなに」


「そして、それぞれが国一つ近い巨大な力を持っとる。そのどれもが怪物」


 背中に寒いものが走る。

 尊皇か開国か、その言い争いから始まった武士の戦いの裏にて、全く表舞台に出てこない、大きな存在が暗躍している。

 彼らの目的は、一体何なのか。


「それは、だ、誰なの?」


 僕は喉をごくりと鳴らした。


 あさはゆっくりと口を開く。


「イギリスのトマス・グラバー。薩摩の西郷吉之助(隆盛)。そして朝廷の岩倉具視。連中の目的とは、徳川の世にて三百年続いたこの国の『軍事』『政治』『商業』のすべてを根本から乗っとることや」


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