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かんぱに経営責任者☆白岡あさ ~あさが来た、その前に~  作者: 山本醍田
第一章・尊王攘夷編(1864年/あさ15歳)
11/22

池田屋事件(後編)

 それから、数日もしないお休み中のこと、突然あさが下宿先を尋ねてきた。


「むにゃむにゃ。はつ姉さん、もうそんなに食べれないよう。むにゃにゃ。え、次は私を食べて下さいって。じ、じゃあ遠慮なく。ぎゃあ頬を本気で叩かないで」


「何寝ぼけて、気色悪いことぬかしとるんじゃ」


 時間はたぶん深夜の一時か、二時ぐらいだった。どうしたんだろう、親と喧嘩して家出でもしたんだろうか、代えの布団あったかなあとか考えてると……('◇')ゞ


 何のんびりしとんじゃワレ、はよ着替えんかいという罵声が飛んできた。


 ランタンだけがぼんやりと光る、クソ深夜の京都を二人散策中。

 ここまで用件は告げられておらず、一体何だろう、レヌール城に住むう妖怪退治だろうか。そんなことを思っていると、あさの横にいつまに合流していたのだろうか、小藤さんの姿を見つけてしまう。


 条件反射で、血筋がすっと引く。


「え、何? 物騒系?」


「会津藩に桑名藩、新撰組が動き出したと、さっき小藤から連絡があってな。大半は四国屋に向かったんだが、土方の一隊が別れて、三条河原町の方に向かったらしい」


「みんなで鬼ごっこかな」


「下らんこと言ってると、ぶっとばすで」


 あさが言うには、あの老人と別れた日から、攘夷派からの情報に変化が見えた。

 あからさまのフェイクは消え、情報はすべて暗号化され、日々あがってくる情報を追随するだけで精一杯するようになったのだという。


 尊皇攘夷派が京都に火を付けないのであれば、そこまでこの件に首を突っ込むべきじゃないだろうと思ったが、あさは相変わらずの温度感で調査を続けているようだった。


 小藤さんはほとんど不眠不休で飛び回っていたが、まるでこちらの動きをせせら笑うかのように、向こうも情報の複雑さを一段階あげてきたのだという。

 二人の努力も虚しく、遂にあさが事務所で完敗やと一言、白旗をあげた翌日の出来事だったのだ。


「新撰組は、攘夷派の会議が行われる場所を見つけたのかな」


「分からん。けども、主力の土方をわざわざ別行動させるということは、何かの根拠があってのことやろう」


 数時間前までは活気があったであろう京都の市外街は、この地で無念のまま命を落とした者の亡霊が今にも浮かび上がってきそうなほどに、不気味なぐらい静まりかえっていた。


 そんな中で、三条河原町通りのある店の前に地獄から召還されたと思われる鬼が立っているのを見かけた。

 いや、よく見ると浅黄色の服を来ている新撰組の土方さんだ。

 後ろには、一度は見たことのある新撰組の面々が並んでいる。

 先頭に立っていた土方さんは、僕らの姿を見ると嬉しそうな表情を浮かべた。


「ほお、ここの場所を探り当てたか」


「正直に言うと、お手上げ状態やった。だから、新撰組の方を張ってたんや」


「いい判断だな」


 そう言ってあさは建物を見る。

 そこには『池田屋』という看板が掲げられていた。


「ここは三条河原町でも老舗の旅館やで。ここに一見さんのお客さんかがたむろすれば、すぐに情報が漏れるはずや」


「そうだ。我々の候補でも、ここは最初にマークから外すべき旅館の一つになっていた」


「ならば何で?」


 あさは今回に限っては、自分の持っている情報だけではなく、それこそ親や地主の力を借りて十年近く溜まった情報を吸い上げて、攘夷派の動きを見極めようとしていたのだ。

 それでも、池田屋という名前は決してあがってこなかった。


「連中が活動を始めたのが、全く最近のことではなかったらどうする」


「どういうことや」


「ここにいる宮部鼎蔵という男が、ペリーがこの国にやってくるよりも遥か昔、それこそ今から二十五年前、アヘン戦争で清が負けたのと同時に、いつか日本が今の状況になると見据え、この京都に巣を張り始めていたとしたら」


「ありえん」


「我々もそう思った。が、近藤局長がノーマークの旅館だけを絞れという指示が出て、この池田屋が浮かんできたのだ」


 あさはただ信じられない、という表情を浮かべている。

 自分のホームであると信じて疑わなかった京都にて、外の人間が遥か昔から、この状況を来る日が来ることを想定し、抜け口を作りつづけていたというのだ。


 そして、それをも看破したという新撰組の近藤勇局長。


 およそ、人知を越えたレベルの読み合いだった。


 あさは目をつぶり、しばらく何か思考を巡らせていた。

 そして恐らく、それは後で考えようと一度棚に置いたのだろう。

 目を開いた後は、いつものさばさばした三井あさの表情に戻っていた。


「それで、どうするんや」


「近藤局長は、会津藩との付き合いで鴨川向こうの検討外れの場所に向かっている。呼び戻せば気付かれて逃げられるかもしれん。今から我々だけで突入する」


「この人数でか」


 新撰組は僅か七名だった。


「建物内での斬り合いなら、一対一だ。それならば負けることはないだろう」


 土方さんはそう言って、他の隊員を見る。

 臆している様子の隊員は、一人も見当たらない。

 いつも咳こんでいる沖田さんに限っては、月の光も手伝ってか真っ白の能面の表情を浮かべていた。

 少人数だが、新撰組の最強布陣であることに疑いようはなかった。

 

 その数秒後。

 

 土方さんは迷わずに扉を蹴り破り、『新撰組、御用!』と獣のような声で咆哮した。


 他の隊員、数名もその後を続くように飛び込んでいく。

 それから建物内から金属の鈍い音と、罵声、叫び声、そして断末魔の絶叫が聞こえ始める。


 数秒ごとに発せられる土方さんの声が、違うところから聞こえた。

 敵をばったばったと斬り進みながら、突き進んでいるのだろう。


 すぐそこで本物の斬り合いが行われているのだと思うと、僕は今にもおもらししそうな気持ちになり、手はぶるぶると震えだす。


「あさ様。逃げた浪士がこちらに向かって来るかもしれません。もう少し距離を置きましょう」


「そうだよ。もう彼らに大放火が行われないなら、もっと野次馬として遠巻きから見てようよ」


「いや、この時代に消えていく武士という存在を、出来るだけ近くで見と来たい」


 小藤さんの当たり前の提案に首を横に振ったあさは、あろうことかその場に座り込んでしまう。

 一度スイッチが入ってしまった、この頑固娘を説得するのは至難の技である。

 それを十分に熟知している小藤さんの表情は、一層険しいものになる。


 静寂に包まれた深夜の京都の市街地でまるで場違いの、幽霊屋敷のような絶叫音が、老舗旅館から流れ続けている。


 ただ土方さんだけが、建物の中から不気味な哄笑を続けている。

 池田屋の外からでも、土方さんが快進撃を続けているのが分かるほどだった。


「二階の窓から、長州浪士が逃げ出し始めました」


 僕の目には、視界の大半は漆黒の闇でしかないが、おそらく白昼のように見えている小藤さんは、プロ野球のラジオ解説のように状況を丁寧に実況してくれている。


「尊皇七皇の一人、桂小五郎が脱出しました。北に向かっています」


「宮部鼎蔵は出たか?」


「まだ、出てきていません」


「逃げれる状況やろ。何で逃げん」


「先ほど建物の中から、覚悟の色を感じました。若い者を逃すことにしたようです。尊皇七皇の吉田稔麿も同じく残ったようです」


 超人小藤さんは、剣の音だけで中の状況が分かるという、人間離れしたスキルを会得している小藤さんは、少しだけ熱が篭った様子で、まるで部屋の中にいるかのようにすらすらと実況を続けている。。


 土方さんは無双状態で、二階に入ったようだった。

 血に狂ったライオンのような、狂暴な叫び声が聞こえた。


「もっと近くで見たい」


 無意識のうちに立ち上がって前に出ようとするあさを、僕と小藤さんで精一杯に引き止める。


「駄目です。これ以上前に出るなら、強硬策を使ってでも止めることになります」


 そう言って小藤さんは、僕にアイコンタクトを飛ばす。

 いざとなったら峰打ちするから運ぶのを手伝ってくれと解釈した僕は、とりあえず首を縦に振った。


 そんな中、突如、池田屋の中が静寂に包まれた。

 戦いが終わったのだろうかと思ったが、中からはまだ邪悪なまでの殺気が残ったままだ。


 先程まで止まることなく動きつづけていた土方は、今は立ち止まっているらしい。

 そして、何かすさまじい剣技と向かい合っているのだという。


「部屋の奥で、ずっと静かだった気配が、急に膨れ上がりました」


「どういうことや」


「これは、宮部鼎蔵です。まさか、ここまでとは」


 小藤さんが驚きの声をあげた。


「どっちが勝つ」


「二つとも異次元の強さです。全く読めません」


「予想でもええ」


「予想でもです。本当に検討もつかない、そんな次元の戦いです」


 満月が煌々と輝く、夜空の下。

 この夜の最後に相応しい、大将戦が始まろうとしている。


 すべてを焼き尽くそうとするような、真っ赤に燃える暴力的なまでの炎。

 青白く光り、触るものすべてを瞬間的に焼き切る刹那の炎。


 見えないはずの二人の姿は、いま立っている場所でもはっきりと分かった。


 その極められた二つの存在は、ゆっくりとすれ違う。


 ほとんど音に近い、土方さんの剣筋が空を切った。

 先ほどまでそこに立っていた宮部鼎蔵は、一メートル後方に下がっていた。

 土方さんの右手には浅い切り口が入っており、血が流れていた。


 次の瞬間、土方さんは間合いを半分近く詰めていた。

 全力での打ち込みが飛んで来る。宮部鼎蔵はそれの大半を相殺したが、それでも後方に吹き飛ばされる。

 

「これほどの打ち合いは見たことがありません。凄い……」

 

 宮部鼎蔵は、触れれば胴ごと吹き飛ばされるであろう土方さんの膂力を、紙一重で受け流す。

 そして、カウンター越しに飛んで来る静寂の剣筋を、土方さんは圧倒的な速度で避ける。

 体をひりつかせるような緊張感が全身を襲いつづける。


 いつも冷静な小藤さんが、顔を真っ赤にして実況を続けている。


 しかし、数分が経過する中で、次第に均衡が崩れはじめる。


「年齢から来る体力差でしょうか。宮部鼎蔵の動きが少しずつ鈍ってきています」


「土方が押し切るか」


「このままでは。ですが宮部鼎蔵が一層踏み込みを強くしました。賭けに出るようです」


「どういうことや」


「宮部鼎蔵が余力を残したまま、タイミングを見計らってます。次の仕掛けで決まります」


 宮部鼎蔵は、そこから守りに専念仕出し始める。

 我慢強く、土方さんの攻撃を裁きつづけている。


「土方歳三が仕留められないいらだちから、剣筋が少しずつ粗くなっています」


「形成は?」


「六対四で土方歳三が優勢でしょうか。もうすぐ決まります」


 九回裏、三対二で、二アウト二塁三塁。

 ピッチャーは抑えのオスンファン。

 そんなで緊迫した状況での実況解説だった。

 カウント、2ー2。

 オスンファン、サインに二度首を横に振ります。

 そして、ようやく球種が決まったようです。


 振りかぶって、ボールを投げました。


「あっ」


 小藤さんは思わず声をあげていた。


「どうした!?」


 あさも呼応するように荒げた声で尋ねる。

 が、小藤さんは口をあけて呆然とした表情を浮かべている(O.O;)。


「小藤、どっちが勝ったんや? 土方さんか、宮部鼎蔵か?」


 あさが連呼して尋ねるが、小藤さんはフリーズしてしまっており、その声は届いていないようだった。


 周囲が静まり返ろうとした頃、視界の隅から、鴨川の方向から提灯を掲げた会津藩に、近藤さんの姿がこちらに向かって来る光景が見えた。


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