第5話 第1回戦略会議
「それでは第一回戦略会議を始めます」
「「おー!」」
ブライトン男爵家のダイニングテーブルを囲むのは、両親と下の妹のアリッサ、長男のヘンリー、そして双子のリリーとセオドアだ。
発作的に退職届を出したあの日、私は寮の荷物をまとめて領地に向かう乗り合い馬車に飛び乗った。
なにしろ十二歳で家を出て以来、はじめての帰宅だ。
両親には仕事を辞めて帰郷する旨の手紙を早便で送っていたものの、まさに寝耳に水も同然の出来事だったに違いない。
けれど、両親に申し訳なく思いながら三日かけてようやく我が家にたどり着いた私は、王都にいるはずのアリッサと双子を見て逆に驚かされることになった。
なんでも手紙を受け取った両親から知らせを受け、わざわざ馬車を貸し切って駆けつけたらしい。
(……それにしても、わざわざ女官の仕事と学校を休んでまで集まらなくてもいいと思うけど……)
厳かに宣言するアリッサに元気よく手を挙げたのは、双子の弟妹だ。
小さく拍手するヘンリーの隣では父がコクコクと頷き、母はその様子を微笑みながら眺めている。
ブライトン家でかつてよく見られていた、お馴染みの光景である。
「今日の議題はマーガレット姉さまの婚活についてです。意見のある人は挙手を願います」
「はい!」
「ヘンリー、どうぞ」
きりっとした表情でヘンリーが席を立った。
「俺が推薦するのは、辺境伯サルヴァドール家のクリストファーさまです。彼の弟のダニエルと同級生でしたが、真面目すぎる性格と熊のような外見のせいで三十を迎えた現在でも独身。絶賛お嫁さん募集中だそうです」
「女官ネットワークによると、サルヴァドール領は農業と畜産業が盛んで、かなり豊かな領地らしいわよ。強面で四角四面な性格だから、在学中は女性から敬遠されていたんですって。あと、領地が王都から一か月近くかかるのが最大のネックね」
二人の話に、私は首を捻る。
「クリストファー・サルヴァドールさま? ええと、とても立派な方だって評判よね。私になんかにはもったいないわ。それに、そもそも辺境伯と男爵令嬢じゃあ身分が釣り合わないでしょう」
「リリーも熊さんは嫌だなあ」
「そうねえ、たしか辺境伯領はここからだって一か月もかかるものねえ。マーガレットがせっかく帰ってきてくれたのに、またそんなに遠くに行ってしまうのは、お母さん寂しいわ」
「お、お父さんも寂しいな」
「お父さんの意見は聞いてません。ほかに意見のある人は」
「はい!」
次に元気よく立ちあがったのはセオドアだ。
「僕はお隣の領のトーマスさんがいいと思う。姉さまと同い年だし身分的にも釣り合うし、昔から姉さまのことが好きだって言ってたから、すごくお似合いだよ」
「お隣のトーマスって、デクスター子爵のトーマスのこと? 昔から彼には目の敵にされてるから、私のことを好きっていうのはないと思うけど……」
「マーガレット姉さま、目の敵ってどういうこと?」
マーガレットの発言に、アリッサが訝しげに目を細めた。
「昔のことだけど、私が毛虫を嫌いだって知ってるのに箱いっぱいに詰めて持ってくるし、にんじん頭ってからかわれて髪を引っ張られることもしょっちゅうだったわ。そうそう、つい最近も家に来たと思ったら、出戻りかって嫌味を言われたのよ? なにしに来たんだって感じよね」
苦笑するマーガレットを前に、家族は顔を寄せ合って声を潜めた。
「なしね。典型的な『好きな子をいじめる』タイプよ」
「ああ。ないね」
「そんなのでお姉ちゃんの気を引けると思ってるのかしら。男っていくつになっても幼稚なのね」
「そんな奴に姉さまは任せられないよ!」
「お母さんもそう思うわ」
「お、お父さんもそう思うぞ」
「お父さんの意見は聞いてません」
「僕の勘違いでした! トーマス・デクスターの推薦は撤回します!」
きっぱり宣言したセオドアに満足げに頷いたアリッサは、小さく咳払いした。
「じゃあ最後は私ね。私が推薦するのはユーリ・カイゼルさまよ」
「待って、アリー、ユーリ・カイゼルさまって、あの第四王子の?」
「ええそうよ。第四王子だから重要な公務には関わらないし、顔も……まあちょっと見られるんじゃないかしら。いい性格してるけど、あれくらいふてぶてしいほうが頼りになると思うわ。最大のネックは年齢差だけど、そんなの愛があればカバーできるでしょ」
ユーリ・カイゼル。アリッサの同級生である彼は、国名と同じカイゼルの名を持つ、れっきとした王族である。
たしかに在学中、アリッサと一緒によく教室に遊びに来ていたけれど、五学年も離れている私とは本来まるで接点のない相手だ。差し入れてくれたお菓子のほうが、よほど印象に残っている。
それに……
「ええと……ユーリさまはアリーと仲がいいんだと思ってたんだけど」
「どこをどうしたら私とあの腹黒が仲良く見えるのよ! 今だってなにかあるたびに姉さまはどうしてるって、いちいち私の職場まで来るのよ? 本当に煩いんだから!」
「そ、そうなんだ」
仮にも王族にそんな態度でいいのか、不敬すぎるのではと不安になりつつ、アリッサの迫力に私は思わずコクコクと頷いた。
(でも、どう考えても彼のお目当てはアリーなんだけどね)
在学中も、彼がアリッサに好意を持っていることは傍から見れば丸わかりだった。
あれだけ頭がいい彼が勉強を教わりに来るなんてどう考えても口実だし、お礼と称して渡されるお菓子もアリッサの好物ばかりだった。
今だってアリッサが王宮の女官として働いているのは、彼の推薦があったからだと聞いている。
(着実に外堀を埋められているのに、当の本人だけが気づいてないなんて……我が妹ながら鈍すぎて心配だわ)
「でも、さすがにユーリさまはないでしょう。行き遅れの私なんかが夢みるような相手じゃないわ」
「もう! また『私なんか』って言った! マーガレット姉さまは素敵よ! だいたい前から言ってるでしょう? 姉さまは男の人に人気があるって。騎士団でいい雰囲気になった男性だっているんじゃないの?」
「そうだよ。気がついてないだけで、昔から姉さまに好意を寄せる男はけっこういたよ。俺だって在学中に姉さまを紹介しろって何度頼まれたか」
「うーん、それは家族の贔屓目だと思うけど」
在学中は勉強と学費を稼ぐことで手一杯で、惚れた腫れたの話は一切なかった。
そんな私の唯一の楽しみといえば、鍛練場にクロイツさまを見に行くことで……
「ねえ、マーガレット」
「……え?」
つい団長のことを考えていた私は、母の声にはっと我に返った。
「私たちが頼りないせいで、あなたには小さい頃から苦労させてしまったわね。だからね、もういいのよ」
「いいって、なんのこと?」
「家族のためにとか、そういうのはもういいの。それにね、あなたは私たち家族の自慢なんだから、『私なんか』なんて言ってはだめよ。これからは胸を張って、自分がやりたいことをして、ほしいものは素直にほしいと言いなさい」
「そ、そうだぞ。マーガレットが本当に好きな相手と結婚すればいいんだ。ブライトン家のためとか、そういうのは一切考えなくていい」
「お父さま、お母さま……」
思えばこれまで、私は貴族の令嬢なのだからああしなさい、こうしなさいと両親から言われたことがない。
領地は決して裕福とは言えず、おまけに子沢山とあって、両親には色々な苦労もあっただろう。それでも子どもたちのやりたいことを尊重し、好きなようにさせてくれたことには感謝してもしきれない。
昔から身体が弱く寝込むことの多い母は、風が吹けば倒れてしまいそうな儚げな見た目とは裏腹に、なかなかしたたかな性格をしている。逆に父は槍が降っても平気そうな外見に似合わず、争いを好まない穏やかな性格だ。
そんな正反対の二人だけれど夫婦仲は円満で、昔から我が家は笑顔が絶えることはないのだ。
「……ありがとうございます」
私は目頭が熱くなるのを誤魔化すように、くしゃりと顔を歪めて笑った。




