第9話 【本日のスキマバイト】宛先のない王宮のスキマを整理せよ
転移した先は、書類だらけの部屋だった。
王宮財務局の一室、らしい。壁という壁に棚、棚という棚に書類、床にも机にも、私の背より高く積まれた紙の山が並んでいる。魔王城の会議室が可愛く見えてきた。
山と山の間から、見覚えのある顔が現れた。あの監査官だ。
「来たか。まぁ、座れ」
監査官は、エルバートと名乗った。王宮財務局の監査担当。四十歳前後だろうか、背が高く痩せていて、白髪まじりの髪をきっちり撫でつけ、王宮の紋章が入った濃紺の官服を着ている。姿勢が良すぎて、立っているだけで注意されている気分になる、学校の先生にもいるタイプの人だ。
あの日の鬼の顔はどこへやら、今日は少しばつが悪そうに見える。
「単刀直入に言う。王宮には部署が二百ある。それぞれの仕事は、それぞれが完璧にやっている。私の監査も完璧だ。だが」
エルバートさんは、そばの紙の山を指した。
「これは全部、どの部署の仕事でもない書類だ。宛先の部署が改編で消えたもの、二つの部署の間に落ちたもの、誰かの決裁を百年待っているもの。……完璧な二百の部署の、隙間に落ちた紙だ」
スキマ、という言葉に少し笑ってしまった。
「笑いごとではない」
「すみません。私、まさにスキマ、の者なので」
聞けば、書類のたらい回しは平均四十日。ひどいものは部署を七つ回って、最初の部署に戻ってくるらしい。あるある!なんで誰かやってくれないのー!ってやつ。
「それで、だ。王宮づきの職員として来てもらいたい。待遇はスキマバイトより――」
「あの、正社員のお話でしたら、お断りしてまして」
「…………ぐ」
悔しがり方が素直な人だった。監査の日の鬼の顔より、こっちが素なのかも?
「単発でよければお手伝いします。あと、今日ひとつだけ、これ」
空いていた木箱をもらって、部屋の入口に置いた。
「宛先のない書類は、たらい回しにしないで、全部この箱に入れてください。週に一度、まとめて仕分けます。私が……ではなくて、係の方をどなたか一人、決めてください」
あぶない。うっかり自分で引き受けるところだった。エルバートさんは箱をしばらく眺めて、真顔で言った。
「その箱に、名前はあるのか?」
「え、名前……。……迷子箱、とか?」
「迷子箱。よし。正式名称として設置しよう。王宮では、名前のないものに予算はつかない」
なるほど、勉強になります。名前のないものに予算がつかないから、名前のない仕事が二百の部署の隙間に積もっていくんじゃないの? とは、初対面なので言わないでおいた。
帰宅後の通知は早かった。
【 本日の給与:4000ゴールド 】
【 このワーカーへの評価:★★★★★ 】
【 コメント:本日は助かりました。正社員として参画してくださる日を待っています。 】
あっちからもこっちからもヘッドハントされて、私って、人気者?
そしてアプリには、また新しいカテゴリタブが増えていた。【 (NEW!)王宮のお仕事 】
運営、仕事が早い。ほんとに、どこの誰なの。ため息をついて新着案件を眺めていた私は、そこで手を止めた。
【急募】王都ドラゴン厩舎 竜の健康診断補助(記録係)
23:00〜25:00
備考:担当騎士が遠征より帰還につき、全頭一斉検診
フローラだ!フローラの健康診断だ!考えるより先に、指が動いていた。明日は土曜日、ルールの範囲内だもん。




