第68話 新しい世界への、門
「少し遠くへ行くお仕事です」
そう言った久世さんの後ろをついて歩いていく。遠く。おそらく、魔王城よりも向こうなんだろう。まさか、何時間も歩くわけじゃないよね?
「歩いてそんな遠くまでは行きませんよ」
「えっ、私声に出てました?」
「いえ、心配そうな雰囲気を感じただけです」
久世さん、こちらに近しい存在のようでやっぱり謎めいている。知らない道を通ってたどり着いたのは、小さなログハウスだった。久世さんのあとをついて中に入ると、知らない男性がいる。
「遅くなった」
「いや、こっちもちょうどだ、お、噂のスキミーちゃん?」
「あ、えっと、はじめまして、塩谷です」
背が高く、がっしりとした体型の……人間?手は二本だし、角は生えていない。手には工具を持っていて、なにか、パーツを組み立てている様子だ。
「俺は、熊谷、クマ、ってよんでくれ。俺もスキミーの運営だ。よろしくな」
「クマ、塩谷さんを引き留めてしまっているので、手短に説明したい」
「おう、じゃあ、裏いくか」
入った入り口とは別のドアを開ける。そこには……
転移門が、あった。
私がいつも帰っている門とは少しデザインが違うけれど、明らかにこれは、転移門だ。
「新しい、転移門、ですか?」
「はい、新しい転移門、です」
王都からさほど遠くもなさそうなこの場所に何故、新しい門をつくるのだろうか。クマさんが手にもっていたパーツを取り付けると、ゆらゆらと門が光り始める。いつも帰りに見る風景だ。
「この先は、日本ではありません。また、別の異世界に転移します」
「えっ、別の異世界?!」
異世界の、異世界、いや、ここから見れば地球も異世界、なのだろうか。関係性がわからないけれど、更に違う世界に繋がっている、ということなのか。
「数日前に、僕と熊谷で向こうに行ってきました。この先に別の世界があるのは、確認済みです」
「また別の人種が住んでた。で、俺も久世と同じで、一回死んでこっちに来たクチなんだよ」
「えっ、クマさんも、ですか」
「おう。だから、俺らが通れても、あんまり参考にならないんだよな」
「スキミーは、現状、日本の方に来ていただいて成り立っている仕組みです。なので、日本から来ている方でも検証したくて」
「それで、私が」
「門と相性よさそうだなって、前から思ってたんだよ。冬の点検の帳面、俺も見たからさ」
戸倉さんと二人で、やった点検のことだ。
「あの……なんで、別の異世界に行きたいんですか?」
「うーん、シンプルに……ビジネスチャンス、を感じるから、ですかね?」
久世さんは、門の光を見ながら言った。
「俺は単純に、行けるとこがあったら行ってみたいからだ。門作ってんだから」
久世さんが、ちょっと困った顔で笑う。この二人の付き合いもなんだか長そうだ。
「なんで私に、適性があるんでしょう」
ずっと聞いてみたかったことだ。去年の夏の夜中に、スクショのつもりでタップしたあの求人は、お姉ちゃんの画面にはなかったし、こっちで私が知っているスキミーさんは戸倉さんと三浦さんの二人だけ。そんなにたくさんの人が選ばれているとは思えない。
久世さんは少し考えてから、口を開いた。
「さぁ、何故でしょう。一人一人、僕や運営が選んでいるわけではないです。選定のプロンプトに条件は入れていますよ。それは、企業秘密、です」
にこ、っと笑われるとやはり何も言い返せなくなる。プロンプト、ってあれだよね、AIに入力するやつ。私は、AIに選ばれてここにいるのだろうか。
「で、この門を通って欲しいんですが、急なお話ですし、今日は一度帰っていただいても問題ありません。そもそも通りたくなければ。断っていただいても」
久世さんの言葉に、クマさんも「うんうん」と頷いて工具を置いた。
門は、ゆらゆらと光っている。帰りにいつも見ている光と同じなのに、この先は、王都でも、日本でもない場所が広がっている。確かに、今日はもう洗濯屋にも行ったし、帰って、お風呂に入って、寝てもいい。
でも。
でも……。
「いや、行ってみたい、ですね」
クマさんが「おっ」と目を丸くした。
「いいんですか?」
「はい。せっかく、開いてるので」
門の前に立つと、急にジェラルドさんの顔が浮かんだ。新しい世界に行ってきた、と伝えたらどんな顔をするだろう。来週会うのがまた少し、楽しみになる。
「俺らもすぐ後から行く。前に進むだけでいいからな」
枠の内側に手を伸ばすと、空気がふるっと揺れた。いつもの門と同じ、水面みたいな揺れが、指先から広がっていく。
息を止めて、一歩。




