第7話 【本日のスキマバイト】魔王城の領収書の整理
金曜日、休みの前日の夜、私は今日も魔王城に来ていた。
募集要項としては、今夜は二十三時から二時間、時給5000ゴールドの単発業務。ちゃんと、オフィスカジュアルに近い、きれいめのブラウスに着替えてきた。魔王城だし、一応。買った新しいパジャマはまだお見せできそうにない。
それから、紙袋をひとつ提げてきた。ヨックモックのシガールの、いちばん大きい缶。前回お茶をご馳走になったのと、実はこのスキマバイトで結構財布が潤ってきている。確定申告をするべきなのか気になり、換金所のおじさんにそれとなく質問をしたが、濁されてしまった。働いた対価ではあるが、なんだか気が引けるので手土産を用意する流れで自分を納得させることにした。なんだろう、年貢?的な……。
シガールを選んだ理由はシンプル。定番の手土産といえば、シガールだからだ。個包装になっており、消費期限もそこまで短く無い。会議をしながら食べてもそこまで散らからず、最後に残った缶は収納に使える、優れものだ。
会議室の前で出迎えてくれた魔王に渡すと、魔王は缶を両手で受け取った。
「これは、なんだ?」
「日本の……あ、私が普段過ごしている世界で人気の、お菓子です。クッキー、でしょうか」
ビニールの封をぺりぺりと開き、開けると目をキラキラと輝かせている。私はもう見慣れてしまったけれど、シガールって、美しいよね。
「……大事に、とっておく」
「お菓子なので、はやく皆さんで食べてください」
尻尾が、ばたんと床を叩いた。
会議室に通されると、テーブルの上には領収書の山が四つあって、山の後ろに四天王が並んで座っていた。正直、怖い。怖いけど、領収書を持たされて座っている人は……なんだかみんな、ちょっと情けない。
一人目は、剛腕のガルガンチュア様。とにかく体が大きい。領収書は全部丸まっていて、ところどころ血痕までついている。
「あの、これ、どうして丸まって……」
「悪いとは思っている。だが、この手だ」
差し出された手のひらは、私の顔より大きい。なるほど、この手で領収書を受け取ったら、ぐちゃっとしてしまうのか。雑なんじゃなくて、紙が小さすぎるのだ。
「わかりました。ガルガンチュア様は、もらった領収書は丸めてもいいですが、帰ってきたら、この箱に入れるだけ入れてください。綺麗にするのは後でいいです。とりあえず箱に入れる。それだけです」
私は借りた木箱をテーブルに置いた。前の会社でも、現場のおじさんたちの伝票がポケットの中で駄目になる問題は、結局こういう箱で解決した。
「……箱に、入れるだけでいいのか?」
「入れるだけです」
「それなら、俺にもできるかもしれない」
二人目は智将レヴィナス様、眼鏡をかけた悪魔だ。領収書に請求書、提出書類は完璧だった。完璧すぎて、手伝うところが見当たらないので、こちらからお願いをすることにした。
「レヴィナス様、今日つくる新しい提出のルール、管理役をお願いできませんか。私は月に一度しか来られないので」
「……私が、ルールの管理を?」
眼鏡の奥の目が輝いた。よかった。この手のタイプの人には、注意するより役割をお願いするほうがうまくいく気がする。役割を与えれば働けるのは、人間に限った話ではない。
三人目は妖姫カーミラ様。書類の相手先の欄が、全部「秘密」になっている……?
「秘密って、なんなのでしょう。秘密、じゃ管理がちょっと」
「あら〜、恋の相手を紙に書けとおっしゃるの?野暮ねぇ」
「お仕事の相手ですよね? 恋は、自費でお願いします」
「言うわねえ、あなた」
カーミラ様は扇の陰で笑って、それから声を落とした。
「……本当はね、書けないの。相手の名が漏れると、困る者がいるのよ、見逃して」
なるほど。情報漏洩リスクを考えているなら話は別だ。では、相手の名前は番号で書いてもらって、番号と名前の対応表は、カーミラ様と魔王様だけが開けられる封筒にしまうことにした。これで書類は通るし、名前は漏れないだろう。
四人目は死霊王ネクロス様。フードの奥から陰湿な声がする。
「……骸骨兵の……薬品代……これは、どう出せば……」
「ネクロス様の部隊の分ですか? 何人ぐらい」
「三百……」
この異世界に何度かきているが、三百もの骸骨兵がどこかにいるということなのか?一度拝んでみたい。一旦、部署欄の下に「名簿は別紙」と書き足して、名簿づくりは来月一緒にやりましょう、と約束した。
二時間後、四つの山は綺麗に整理されていた。テーブルに残ったのは、箱と、封筒と、新しい提出ルールを書いた紙。最後に、思いつきをひとつ付け足してみた。
「皆様お疲れ様です! あの、毎月この日を『提出の日』にして、お茶会にしませんか?出した人からお茶と、お菓子が食べられます。お菓子は、私が持ってきます。まずは今日、こちらをどうぞ」
シガールを配る。大きな口たちが、一口食べるたびに満足そうな顔になっていく。
「ねぇ、あなた〜!これ、本当に美味しいんだけど、なにか悪いモノでも入ってるんじゃないの〜!」
カーミラ様が、長い爪を器用に使いペロリと食べ切ると、頬をピンクに染めながら私に冗談を言うように話しかけてきた。ご安心ください。小麦と、バターと、砂糖です。
「では、来月までみなさん、領収書・請求書の管理、お願いしますね。事前に整っているほど、お菓子の時間が長くなりますよ」
会議室の入口でそれを見ていた魔王が、なんかもう、拝んでいた。
帰り際、魔王がまた恐縮しながら言った。
「その、来月も、頼めるだろうか」
「さっき、お約束してしまいましたし、単発でよければ」
「単発で構わない。単発を、末永く頼みたい」
それは矛盾してない?と思ったけれど言わないでおいた。うちの会社にも「派遣さんなのに何年いるのかわからない人」がいるし、気持ちはわかる。
その夜の評価画面はこうだった。
【 本日の給与:10000ゴールド 】
【 このワーカーへの評価:★★★★★ 】
【 コメント:感謝してもしきれない。こんなことは魔王城三百年の歴史で初めてである。またお願いします 】
魔王様、レビュー欄を手紙か何かだと思ってないかな。笑いながら画面を閉じようとしたとき、通知がもう一件届いた。
【 王宮財務局があなたに指名オファーを送信しました 】
……はい?王宮?
【 雇用主コメント:先日の監査の件、一度、王宮で話を聞かせてもらいたい 】
ギルドに、魔王城に、今度は王宮。私のスキマ時間、スキマがなくなってきました。




