第6話 指名オファーと、魔王城説明会
視界が真っ白に染まって、次に目を開けたとき、私は玉座の間に……ではなかった。初めてみる応接間だった。
黒曜石みたいなつやつやの壁に、結構趣味のいい、高そうな絨毯。長〜いテーブルの向こうに、角の生えた大きな影が座っている。身長は三メートルくらいあるだろうか。漆黒のマントに、威圧感のある巨躯。紹介されるまでもなく……それこそが、魔王だとわかる。
ちなみに私は、ま〜た寝巻きのスウェットである。最近は転移する前に着替えていたのに、今日は承諾前に転移されてしまったから。こんなことがあるなら、もう少し可愛い寝巻きを買おうかな。
テーブルの端と端、遠くにいるその魔王が、立ち上がって、深々と頭を下げた。
「このたびは、承諾前の転移となってしまい、誠に申し訳ない」
「…………は、はい?」
「指名オファーは本来、承諾いただいてから転移となるはずなのだが。運営に問い合わせたところ『バグかもしれません。調査します』と……。せめてもと思い、茶を用意した。口に合うといいのだが」
差し出されたのは、受け皿つきの湯気の立つカップだった。魔王の指は太すぎて、カップの持ち手に入っていない。
その光景を見ているうちに、バクバクと音を立てていた心臓は落ち着き、会話をする気になってきた。
「あの、私、応募ボタンはまだ押してなくてですね」
「承知している。だから今日は面接ではなく、その、なんというか……魔王城説明会?と思っていただければ」
魔王が「説明会」と言った。この世界の語彙はどうなっているんだ。
聞けば、困っているのはお金の話だけではないらしい。この城は三百年、戦うための組織のまま来てしまった。ところが今は戦のない時代で、城の仕事はすっかり「暮らしを回すこと」に変わったのに、その回し方を知っている者が誰もいないのだという。書類は「誰かがやるだろう」で山積み、宝物庫はいつの間にか物置、廊下の椅子は百年前に壊れたまま。強い人しかいない組織の、弱いところだった。
「レビューを、見てもらえただろうか」
「あ、はい。拝見しました。その、四天王の経費精算が、地獄……とか」
「あれは誇張ではない。だが、あれでも氷山の一角なのだ」
魔王は遠い目をした。三メートルの巨躯が、心なしか小さく見える。
「王宮とはもう百年ほど、にらみ合ったままだが武力を使う戦争はしていない。つまり我が城は、軍事より内政の時代なのだ。なのに城の中は、誰が何に困っているのかすら見えない。そんな折、王都のギルドの騒ぎを三時間で収めた者がいると聞いて、いてもたってもいられず……」
その情報、もうこのお城まで届いてるんだ。この異世界、案外狭いのだろうか。
「求人票には事務経理と書いたが、正直に言えば、頼みたいのは帳簿だけではない。その、なんと言えばいいのか……城の、名もない困りごとを、拾ってくれる人が欲しい」
求人内容と実際の業務が違うやつ、こっちの世界にもあるんだ。でも、と思う。名もない困りごとを拾う係。それ、私が十年やってきた仕事の、正式名称かもしれない。
「それで、単刀直入に言うと、正社員として来てほしい。月給48万ゴールド、もちろん成果で昇給もある。賞与は年二回……」
「あのっ!」
思ったより大きい声が出てしまい、魔王の肩がびくっと跳ねた。三メートルの巨躯に似合わない反応だった。この人かわいいな。
「あ、あの……すみません。私、向こうの世界に仕事がありまして……。それに、正社員って、その、まだそんなつもりでスキミーをやってたわけではなくてですね」
言いながら、自分でも少しおかしくなった。転職二回、今の会社にやりがいなし、週休三日を持て余している女が、異世界の安定オファーを断っている。普段こんな機会もないので、敬語の使い方も下手くそになってしまう。
「そうか……いや、当然だ。世界をまたぐ転職を、初回の面談で決めろというほうが乱暴だったな。では、単発では、どうだろうか。月に一度でも、困りごとの多い日だけでも来てもらえたら、その、とても、助かるのだが」
残業を頼むとき申し訳なさそうにする、というレビューは本当なのかもしれない。頼み方が完全に、人手不足の中間管理職のそれだった。魔王ってことは、一番偉い人なんじゃないの?城の困りごとをちゃんと把握していて、やはり結構コンパクトな組織なのかもしれない。
「……単発なら、でも、できるかまだわからないので、あまり期待しないでください」
「本当か!よろしく頼んだ!スキミーに応募を出しておくので、近いうちにまた会おう!」
魔王の尻尾が、ばたんと床を叩いた。あ、尻尾あるんだ、結構……強そうな……凶悪な尻尾をお持ちで……。
帰り道、応接間から転移門までの廊下で、書類を抱えた執事風の悪魔とメイドさんが、すれ違いざまに小さく笑い合っているのを見た。……なるほど、あれが城内恋愛。いやいや、私には関係ないですって。
帰りの転移はいつも通り開いていた。ベッドに戻ってアプリを見ると、通知が一件。
【 お詫び:承諾前転移について、迷惑料3000ゴールドが支払われました 】
そして案件一覧を開いた私は、見てしまった。新着の欄に、新しいカテゴリタブが増えている。
【 (NEW!)魔王城のお仕事 】
……運営は、一体どこの誰で、何が目的なの?




