第5話 【緊急スキマバイト】ギルド三年分の台帳整理
週に一、二回の異世界スキマバイトを始めて一か月が経った頃、ギルドで小さな事件が起きた。
その日の仕事は受付補助で、昼下がり(異世界時間)でのカウンターはのんびりしたものだったのだが、そこに王宮の紋章をつけた役人がずかずかと入ってきた。
「緊急監査だ!過去三年分の討伐報奨金の台帳を出せ!」
ギルドの空気が凍る。セレネさんの耳がぴんと立って、奥から出てきたギルド長は顔色が土みたいになっていた。どうやら前任の職員がやめてから台帳がぐちゃぐちゃで、誰も全容を把握していないらしい。
三年分の台帳とやらが、奥の倉庫から運び出されてくる。結構ぶあついファイルが、全部で二十冊ぐらいだろうか。中をパラパラと見てみると、羊皮紙に手書きのインク、ところどころ数字がかすれている……。
「何一つまとまっていないじゃないか!これじゃあ不正をしていますと言っているようなものだ。即刻解散してもらう」
「ま、待ってください! 今、い、いままとめます!」
数回スキミーしただけの私でも、このギルドは不正をしていない、健全な運営を回しているとしか思えない。とにかく管理が杜撰だっただけだろう。
「三時間待ってやる。それでこの状態のままだったら、上に報告、このギルドの未来はないだろう」
「さ、三時間……?!」
泣きそうなギルド長にセレネさん……。
……あれ。これ、デジャブだ。前の前の会社で、決算前に段ボール三箱の伝票と格闘したあの夜と同じにおいがする。
「……セレネさん、そろばんみたいなのってありますか? あと大きい紙と、人手を二人。テキパキした人だと嬉しいです。あ、人じゃなくてもいいです」
「え、は、はいっ!!」
そこからは無心だった。年度ごとに仕分け、依頼種別ごとに集計、かすれた数字は前後の記録から突き合わせて復元。電卓もエクセルもないけれど、やることの本質は「証憑と記録を一致させる」だ。一緒に作業してくれているドワーフたちも一生懸命計算してくれて非常に助かる。
ちょうど三時間の五分前、私は集計表を役人の前にドサッと置いた。
「三年分の報奨金支払い、総額と内訳です。二か所だけ帳尻が合いませんでしたが、原因はこの依頼書の写しの日付間違いです。原本と突き合わせれば確認できます」
役人はしばらく黙って表を眺めて、それから初めて鬼のような表情が解けた。
「ほぉ〜……すばらしい。王宮の会計官でもここまで速くないぞ。君、名前は?」
「しおた……あ、違う。スキミーです」
「スキ、ミー……? ああ!近頃始まった隙間労働者か、ほう?」
「あああ!うちの登録ワーカーなので引き抜きは困りますぅ!」
セレネさんが慌てて役人を説得しようとすると「まぁいい、一度持ち帰る」と帰っていってしまった。労働、二時間契約だったけど伸びちゃったな。ギルドにペナルティがないといいけれど。
その日の評価画面にはこう書いてあった。
【 本日の給与:9600ゴールド+特別報酬20000ゴールド (延長手当含む)】
【 このワーカーへの評価:★★★★★ 】
【 コメント:危機を救ってくれました。女神さんかもしれません。彼女以上の人はいません。ありがとうございました!またお願いします 】
女神ではない。ただの雑用係。でも……悪い気はしない。社会人で培ったスキルが、剣と魔法の世界でこんなにも感謝されている。ああ、そうだ、私は仕事で"ありがとう"と言われたかったんだ。
その夜、ベッドの中でアプリを開くと、新着案件の欄にどきりとする文字が並んでいた。
【超急募!】魔王城・事務経理スタッフ(長期歓迎)
月給:48万ゴールド(年二回賞与あり)
備考:社会保険完備(魔王は温厚です)
長期、月給、社会保険に賞与?
指が止まる。これはもはや「スキマバイト」ではないじゃないか。規約違反じゃない?しかし気になる月給の高さ、このままの人生が続くのであれば、あちらの世界で正社員を目指すのもありなの、かも……。
星4.7で、二件のレビューがついている。
<魔王様は本当に温厚です!残業を頼むとき申し訳なさそうにします。四天王の経費精算が地獄>
<城内恋愛ありです。結婚相手が見つかりました>
結婚相手が、見つかるだと?
「なんだそれ、……ちょっと詳細見るだけだから、ね」
そう呟いて私は応募ボタンに指を伸ばしたが、タップする前に指先がまた光り始めた。
「え?ちょっと、まだ押してなっ」
視界が真っ白になる直前、画面に一行だけ通知が見えた。
【 魔王様があなたに指名オファーを送信しました! 】
異世界も現世も、人材の争奪には容赦がない。




