第61話 ドラム式洗濯機とカルボナーラもんじゃ
日曜日、今日は換金所に往復券を買いに行く。
六月にはいってだいぶ蒸し暑い日が増えてきた。洗濯物のことを考えると、ドラム式洗濯機を買ってみたい。勇気をだして買おうかと検索したけれど、色んな種類を見れば見るほど、そんなに洗濯物多いわけじゃないしな、今の洗濯機置き場のサイズ測らないとな、メジャーどこだっけな……と言い訳ばかりが浮かんで結局スマホを閉じてしまった。自分のためだけに大きな買い物をするのは、私には難しい。
* * *
「こんに……えっ」
「お、塩谷さん、お久しぶりです」
いつもの椅子に座っているのは、おじさんじゃなくて久世さんだった。
「えっ、あっ、お久しぶりです、なんで」
「ちょっとやることあってこっちに。先輩は休憩中です」
先輩……あ、おじさんのことか。いつもと違う風景にまだ脳内が混乱している。
「あ、えっと、往復券を、買いたくて」
「はいはい、5000ゴールドです」
「お願いします……」
別に、久世さんに何を知られても何を聞かれてもいいはずなのに、ジェラルドさんのことを聞かれたらどうしようかと手に汗をにぎってしまう。
「回数券とか、あったら買いますか? 十枚買うと一枚タダ、みたいな」
「あー、それ、いいですね。……でも、五万ゴールドかぁ〜」
「たしかに一気に五万は多いですね。はい、往復券になります」
いつものチケットを渡されたところで、おじさんが換金所に帰ってきた。
「あ〜、うまかった、けどこのご時世、ラーメンもたっけえなぁ、味玉一個で我慢したわ。お、お嬢ちゃん来てたのか」
私と喋る時とは全然違う砕けた感じ。本当に久世さんとおじさんは知り合いだったんだな。
「おい、もう俺いいから、お嬢ちゃんと飯でも行ってきたら」
「僕はいいですけど、塩谷さん、この後のご予定は?」
「あ、電気屋さんに洗濯機を見に行くぐらいなんで、お昼、行きましょう」
* * *
久世さんと並んで商店街を歩く。ラフなTシャツにジーンズを履いている姿は普通の大学生のようで、まさか彼が異世界と行き来しているとは誰も思わないだろう。というか、三十過ぎの私と、十代の久世さんが並んで歩いているとどう見えるんだろうか。きょうだい、かな。
「何か食べたいものありますか?」
「あ、実はあって」
「なんですか? 行きましょう」
「……お好み焼き、食べたくて」
ちょっと前から、自分で焼くタイプのお好み焼きやさんに行きたかった。しかし、一人で行く気にはならないし、わざわざ友達をお好み焼きのためだけに呼び出すのもなぁ、と機会をうかがっていた。
「お好み焼き! 最近食べてないからいいですね。この辺りにあるんですか」
「ランチ営業してる店が、あそこの二階にあります」
商店街の中腹、狭い階段を登って店にはいると、小上がりの座敷とテーブル席があった。久世さんが座敷席を希望したので、靴を脱いであがる。
「こういうのすごい久しぶりです、ワクワクします」
「あっちの世界にお好み焼きってないんですか?」
「小麦と具材を混ぜて焼いたものは、まぁ色々ありますけど、この机の上のソースとか、青のりとか、そういうのは見たことないです」
たしかに、このシステムってこの地球の日本以外にあるのだろうか。異世界どころか、現世界でも珍しいのかもしれない。ラミネート加工された一枚の大判メニューを、二人で覗き込む。
「あ〜、お好み焼きが食べたかったけど、もんじゃ焼きもいいなぁ」
「もんじゃ焼きとお好み、ひとつずつでいいんじゃないですか」
「そうしましょう。お好みは〜……ミックスでどうですか?豚と海鮮どっちも」
「いいですね、じゃあもんじゃは〜……このカルボナーラもんじゃに明太子とベビースターをトッピングしませんか」
えっ、何それ、カルボナーラ? そんなものメニューに……ある。正直、検討したこともない。久世さんの顔を見ると、嬉しそうにニコニコしている。ま、まぁ、いいか。お店で提供されている食べ物に違いはないし…。
「飲み物はどうします? 久世さん、ビールのみますか?」
「あ、僕、十九歳なので」
そういえばそうだった。生きている時間は長いけれど、肉体が十九だとやはりお酒はダメか。結局二人で烏龍茶を頼んだ。
「ジェラルドさんと、お付き合い始めたそうですね」
「げっ、ほ! うっ、なんで」
「竜騎士団で、騒がれていましたよ〜」
「な、なんでもいいんですけど……。はい、なんか、すいません」
「どうして謝るんですか」
なんでだろう、何でか微妙に悪いことをしている気持ちになる。なんというか、先生に付き合っているのがバレた時のような。
「別の国の人、歳の差、異性、同性……誰と付き合ったっていいじゃないですか。角が生えて鱗があったって、大したことじゃないですよ」
「まぁ、それはそうなんですけど、やっぱり、一年後とか、数年後を考えると、まだわからないことも多いですし」
「そういえば、三浦さん、覚えてらっしゃいますか?」
三浦さん、あの元気なお姉さん。仕事覚えも早く、そのうちまた一緒に働ければと思っていた。
「ギルドでの正式雇用が決まりました。住まいも異世界に」
「ええっ、そうなんですか」
さっきから驚いてばっかりで心がおちつかない。もんじゃ焼きが先に運ばれてきたので、率先してキャベツを焼く。なにか作業をしていたい。三浦さんは、娘さんが独り立ちしたことがきっかけで正規雇用に踏み切ったらしい。日本に戸籍を置きながら、長期の出稼ぎ……みたいなことなのだろうか。
「あちらでの家探しを手伝ったんですが、お庭が欲しかったみたいで喜んでいました」
「へぇ、いいですね、お庭かぁ」
しんなりとしたキャベツを丁寧に寄せて土手を作る。脇で、明太子を焼く。まんまるの輪っかを作り上げて生地を流し込む。溢れることなく、流しきれて、よし、いい感じ。じっと見ていた久世さんは、「お見事です」と小さく拍手をしてくれた。しかし、カルボナーラ……どんな味がするんだ。
「塩谷さんも、何かあればいつでも相談にのりますので。お気軽に」
ニコ、と笑うと糸目がさらに細くなった。ぐつぐつ煮えたもんじゃにベビースターと明太子を混ぜて、完成。小さいヘラでいただきます。
「あつ、あつ……えっ、おいしい……?うん、おいしい……え」
「……うん、クリームと出汁の味、明太子にベビースターがほんのり香ばしくて、いいですね〜」
この人、食レポうまいな。お好み焼きは、久世さんが焼いてくれた。
* * *
店をでて別れた足で電気屋に向かうつもりだったが、なんだかやっぱり大型家電を買う気がなくなってしまった。今日は、家に帰ろう。




