第59話 赤ちゃんの手と、スープストック
土曜日。一夜明けて昨夜のことを思い出す。
『俺と、お付き合いをしてくれないだろうか』
六歳年下の竜人の……彼氏が出来た。
……付き合うって、なんなんだろう。ジェラルドさんを好きな気持ちはあったし、素直に嬉しかった。異世界の人という不安はもちろんあるけど、今更「世界が違うので」とお断りするのもなんだか違う気がした。そもそも、異世界でスキマバイトをしていることが世間一般からズレている。普通の三十三歳は「次に付き合う人と結婚する」と考えたりするよなぁ……。いやもう、こんなことを考えてもしょうがない。とりあえず部屋の掃除と溜まった洗濯をしよう。足に絡まったベッドスローをソファーに投げた。
* * *
今日は、紗代と一緒に高野さんの赤ちゃんに会いに行く。駅で待ち合わせた紗代と出産祝いを買いにデパートに入った。前に一人で来た時は何も買えなかったけれど、今日は何かしら見繕わないといけない。ママの先輩である紗代の判断に任せよう。
「ちっちゃい服かわいいぃぃ〜。うちの小学生なんてもう大人みたいな服着てるから」
「最近の子の服、おしゃれだよね。私たちの小さい頃とは違う」
「ほんと、肩だヘソだ出てて困っちゃう。これどう?」
「あ、スイカ柄かわいいね。もう夏だ」
少しお高めの小さい洋服。紗代曰く、お祝いで貰う高めの服は地味に重宝するらしい。勉強になります。
「あとはー、スープストックで冷凍、買っていこう。あれ便利なのよ」
「お昼は?」
「確かに、お昼スープストックでいいね」
決して広いとは言えない店の席をとり、二人で財布だけ持ってレジに並ぶ。スープにしようか、カレーにしようか、決められないまま順番が来てしまった。結局、スープとスープのセット、にして紗代はカレーを頼んだ。
「お水とってくるね」
「ありがと〜」
スープストック、前の会社の近くにあって、たまに一人でランチをしていたことを思い出す。気分が晴れない時も、急いでいる時も、あったかいスープは気持ちを落ち着かせてくれた。今日も相変わらず、オマール海老のビスクは美味しい。
「……そういえば、前言ってた人、付き合うことになりました」
「んんっ!? げほっ、えっ、やだおめでとう」
「口の中に入ってる時にごめん!」
「ほんとだよ、カレー変なとこ入ったわ」
紗代は、少しほっとしたような顔をしている。しばらく独り身だった私のことを、心配してくれていたのかもしれない。
「写真とか、ないの」
「あ、えー、うん、まだ、昨日付き合ったばっかで」
「えっ、ほやほやじゃん」
家に写真はある。でも、角が生えてるとわかったら今度こそカレーが変なところに入りそうな気がして、また今度話す、と濁させてもらった。
* * *
「いらっしゃい! 遠くまでありがとう! 入って〜〜」
「おじゃましま〜す、わぁ!!はじめまして!わぁわぁ!」
「ちょ、紗代、先に手洗わせてもらわないと」
「そうだ、そうそう、やっだ、どうしよう、あ、これ冷凍庫入れてください、これ、出産祝いです」
まだ生まれて二ヶ月の赤ちゃんを見て、紗代が暴走している。うちのお姉ちゃんもだけど、子供を産んで育てると小さい時期というのがとても貴重に思えるらしい。手を洗って、再度赤ちゃんに向き直る。
「うわぁ、ほやほや……え、抱っこしていいんですか」
「もちろん、はい、なの花さんですよ〜」
小さくて、軽い。むにゃむにゃと動く口と、ふっくらしたほっぺたが本当にかわいい。隣で抱っこを待っている紗代が写真を何枚も撮っている。
「紗代ちゃんにも抱っこしてもらおうね〜」
「うっ、ああっ、ダメっ、泣きそう」
「泣かないでよ! ははっ、抱っこしといてくれる? 今お茶、いれてくるね」
小さな手、小さな足、キラキラした目、尊い、というのはこういう時のためにある言葉だなぁ。入れてもらったお茶を飲みながら、ここ半年の部署の話をする。コピー用紙の壁が出来た話には、写真撮っといてよ!と突っ込まれた。育休をいつまでとるか悩んでいる、保育園見学が面倒臭い、最近見た韓国ドラマ、SNSの炎上、ものの一時間ですごい量の話が進んでいく。
「ひさびさに会社の人と話したら話しすぎたわ! あー、スッキリした」
「いくらでも話してください。赤ちゃんずっと抱っこしてますから、あ、ねちゃいそう……」
小さな赤ちゃんは、紗代の腕の中ですやり、寝てしまった。寝顔がまた可愛くて、シャッターを押す。
* * *
「お祝いも、ありがとうね。スープもめっちゃ嬉しい。今日早速飲んじゃうかも」
「お出かけできるようになったら、ランチでも行きましょう」
「うん! ありがとうね」
帰り道、「もう一人、産みたくなってきた……」と呟いた紗代は、真剣な眼差しだった。




