第58話 図書館と、握られた手
金曜日。今日は、ジェラルドさんと写真を受け取りに行く、の前に一箇所、行きたいところがあった。
少し早い転移をして向かったのは、ギルドの地図に描かれていて気になっていた王都の図書館だ。セレネさんに聞いたら、借りるのは登録が必要だけれど中で閲覧するだけなら誰でも利用可能だと教えてくれたので、訪ねてみることにする。穏やかな草原を進むと、アンティーク調の建物が見えてきた。
重たい扉を開けて中に入ると、カウンターにいた女性が顔を上げ、小さな声で「こんにちは」と挨拶をしてくれた。
「何かお探しですか?」
「あ、あの、えっと、竜人、の生態?がわかる図鑑のようなものがあればと」
「はい。色々な種族の説明が書いてある種族図鑑があちら、竜人だけのコーナーがそちらにありますよ」
「ありがとうございます」
まずは、この世界の皆さんを理解するためにも図鑑を見てみよう。エルフやドワーフ、それに腕が四本ある人のことも知りたい。案内された本棚に向かうと、紙の匂いがした。少し古臭くて、安心する匂い。
生き物図鑑、食べ物図鑑……種族図鑑、これだ。他の本も読みたくなってしまうが、今日は時間もないので図鑑だけ持って大机の端に座る。ページを捲ると、最初の項目は、エルフだった。
セレネさんと同じ、長い耳。エルフは、大人になるまでの成長は他の種族と似通っているが、成年してからの老いが緩やかになるらしい。寿命は……五百年から数千年。セレネさんは、今何歳なんだろうか。戸倉さんは、知っているのだろうか。
さらにページをめくると次はドワーフだった。ヒゲが立派で、ヒゲの編み方で出身地がわかるらしい。他にも、背中に翼がある人、腕が多い人、半分魚の人、まだ私が出会ったことのない種族がたくさん出てきた。図鑑の真ん中あたり、知りたかった竜人の項目が現れる。
描かれているイラストは、ジェラルドさんとは全然似ていなかった。そりゃそうか、日本人、を調べても私は描かれていない。竜人は鱗の範囲がそれぞれで、中には顔もほぼ竜の人がいるらしい。爪が鋭く、伸ばしたままにすると危ないので頻繁にやすりがけをしないといけない……ジェラルドさんが一人、爪をやすっている姿を想像して笑ってしまう。
寿命は、約百年から百五十年……エルフに比べたらだいぶ短く思えるが、人間と比べたらちょっと長い。私も頑張れば百年は生きられるかもしれないけれど。……なんだろう、自分の感情が言葉にできない。時計を見ると、待ち合わせの時間が迫っていたので急いで本を元に戻す。結局一冊も読み終えられなかった。また今度、ここに来よう。
* * *
「すみません!お待たせしました」
「いや、時間通りだ。俺がちょっと早くつきすぎてしまった、行こうか」
手を出され、自然に繋いでしまう。こちらの世界では、手をつなぐ、という行為は恋人じゃなくてもするのだろうか。聞きたいけれども聞けない。先ほど調べた“鱗”のついた手がザラリとした。
「いつもと違うところから来たが、どこか行っていたのか?」
「あ、はい、ちょっと、図書館へ」
「図書館……?」
不思議な顔をさせてしまった。ここは正直に何をしていたかを伝えよう。
「あ、竜人、のことを調べたくて」
「ああ、そういうことか。俺に聞いてくれたら答えるが」
「あ、でも、他の種族のことも知りたくて。たくさん新しいこと知れました」
「そうか。俺も、なの花さんの種族のことはあまり知らないな、色々教えてくれ」
そういえば、猫が可愛いこととチョコレートが美味しいことぐらいしか伝えられていないかもしれない。歩きながら、私は人間で、住んでいる日本は島国で、南北に長い。移動は電車や車というもので、竜はいない。なんてことを思いつくままおしゃべりする。
「……ジェラルドさんは、おいくつなんですか?」
ドキドキしながら年齢を聞いた。ここで急に五十歳、と言われたら、逆に、十五歳、って言われたらどうしよう……。
「俺か? 俺は……二十七の年だ。なの花さんは?」
「先月、三十三になりました」
「先月? おめでとう。先に聞いておけばよかったな、お祝いし損ねてしまった」
こちらの世界でも、同じようにお誕生日を祝う風習があるのだろうか。
「ジェラルドさんのほうが、年下だったんですね」
「ああ、そうらしいな……何か問題が?」
「いえ、六歳も年が離れていたとは思わなくて」
「六歳なんて、ほぼ同じじゃないか」
エルフは千年、竜人は百五十年。その基準にあわせると、たしかに誤差のようなものかもしれない。けれど、年下を好きになったことがないので少し動揺してしまった。
* * *
写真館の前につくと、相変わらず私の写真が飾られていて照れ臭い。お店の中を覗くと、写真館の人がドアを開けてくれた。
「いらっしゃい、受け取りだね。できてるよ。お二人揃って、仲良しだ」
仲良し、と言われ言葉を返せないでいると、隣のジェラルドさんも固まっていた。私たち、仲良し、なんでしょうか。
「はい、これ、確認して」
封筒の中から取り出して、写真を見る。
「あー、ジェラルドさん、前向いてない」
「ああ、やっぱりあなたを見てしまっていたか」
もう一度、写真を見る。私の後ろに立つジェラルドさんは、優しい顔でこちらを見ている。あのとき、こんな顔で見られていたのか。写真の中の私は、何も知らずに笑っている。
「いい写真だと思うよ。気に入らないなら撮り直すかい?」
「いえ、これで大丈夫です!」
隣を見ると、ジェラルドさんが嬉しそうにしていて、顔が熱くなる。二人で一枚ずつ受け取り、ゴールドを支払って店を出た。
「写真立て、欲しいなぁ」
「そうだな、俺も欲しい。……今度、一緒に買いに行かないか」
「そうですね。雑貨屋さん、行ってみたいな」
「それと」
突然、横の大きな体が立ち止まる。不思議に思って見上げると、ジェラルドさんは私の足元に膝をついた。
「伝えるのが遅くなってしまったんだが……なの花さん、俺と、お付き合いをしてくれないだろうか」
い、い、今!?今!?不意打ちすぎる!
「……竜人じゃあ、ダメだろうか」
答えを返せずにいると、不安げな上目遣いをされてしまった、か、かわいい、いやそこじゃないし、竜人とかの問題じゃなくて
「だっ、ダメじゃ、ないです……お、お願いします」
「いいのか!!」
勢いよく立ち上がったジェラルドさんに、力一杯抱きしめられる。ねえ、ここ、人通りが少ないとはいえ道のど真ん中です!!
「じぇっ、ジェラルドさん、くるし、」
「あっ、す、すまない」
「……ふふっ、嬉しいです。びっくりしちゃって返せなかったけど、私もずっと、お付き合い、したかったです」
言って恥ずかしくなってしまい、足早に歩き出す。すぐに横に並ばれて、手を握られた。違う関係で握る手は、さっきより温かい気がした。
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