第56話 ベッドスローと換金屋
土曜日。布団の上に掛ける、綺麗な布が欲しい。
昨日の宿を思い出しながら「ベッド、布、細い」と検索したら、『ホテルのベッドの足元に掛けられている細長い布は、「ベッドスロー」(またはベッドライナー、フットスロー、フットライナー)と呼びます』とAIに教えられた。あれって、そんな名前だったのか。さらに調べると、本来は靴を履いている外国のものらしい。……じゃあ、私には必要ないじゃないか。
それでも検索してみると、ソファにかける用の布なんかも可愛く見えてやっぱり何かしら布が欲しい。今日は時間もあるし、本物を見にいってみよう。その前に、昨日のゴールドを換金しよう。
* * *
「こんにちは〜」
「はい、いらっしゃい」
「お願いします」
金貨をトレーへ出すと、おじさんが受け取った。
「今日は、これで全部?」
「はい。……昨日、宿屋で働きました。戸倉さんも一緒に」
「へえ。そんなのもあるんだね。……あれ、おお、ありゃ、固まっちまった」
どうやら、パソコンが固まったらしい。そのパソコンは、どこに繋がっているのだろうか。何が、調べられるのだろうか……。
「わるいね、ちょっと再起動するから、待てるかい、そこの椅子座っていいよ」
指をさされた先には、小さな丸椅子があった。特に急ぎの用事があるわけではないので、ゆっくり待たせてもらうことにする。「これ、食べるかい」と窓口からキューブ状の飴が二粒入っている“飴ちゃん”をもらった。うわ、これ懐かしいな。二ついっぺんに食べるものなのか今でも正解がわからないが、とりあえず一個ずつ食べることにした。
「うわ、更新もかかっちゃった。タイミング悪くてごめんな」
「いえいえ。……気になること、聞いてもいいですか?」
「ん、なんだい」
いつもだったら換金して即帰宅していたから聞けなかった疑問を、時間があるなら聞いてみたい。
「……久世さんとは、どういう知り合いなんですか?」
「ん?んー……元、同僚、だな」
「元同僚って、……日本の時の?」
「そう。あいつが新人で入ってきた頃、その部署にいたんだよ」
「え、あの、人材派遣会社の?」
「うん。俺も元、人材派遣会社の、会社員。今は謎の、換金屋」
おじさんは普通の声で言った。長いような、短いような付き合い、と言っていたのは、そういうことだったのか。
「え、で、転生したっていうのは」
「ああ、知ってるよ。あんた、そこまで聞いたんだ。あいつも口が滑るやつだ。……目の前に突然現れた若い子が、久世です、なんて言うからびっくりしたよ」
それは、私のびっくりとは比べものにならないだろう。若い人だと思っていたら転生者だった、というのと、亡くなった同僚がまた目の前に現れた、というのは全然違う。おじさんは眼鏡を外し、レンズを拭いた。
「久世さんだって、すぐわかったんですか?」
「いや、顔も声も違うからね。でも、昔の仕事の話をするんだよ。俺が忘れてたようなことまで」
眼鏡を掛け直しながら、おじさんが少し笑った。
「あいつ、新人の頃、派遣先から帰ってこなくてね。迎えにいったことがあるんだよ」
「え、聞きたいです。久世さんってなんか全部そつなくこなしそうなのに」
「はは、まぁ、話してもいいか。初めての取引先が、でかい冷凍食品の工場だったんだ。派遣の人を担当の人に引き合わせたら帰ってくる予定だったのに、昼になっても戻ってこない」
「何かあったんですか?」
「工場に電話したら、あいつまで冷凍庫の中で働いてた」
「えっ、なんで」
「働きに来た人が不安そうだったから、最初だけ一緒にやってたんだって。そのうち忙しくなって、帰るって言い出せなくなったらしい」
あの、落ち着いてお茶を足してくれたスマートな人が、寒い工場の中で“そろそろ帰りたいな”、と考えているところを想像して、少し笑ってしまった。
「仕事に慣れるうちに、そんなトラブルもなくなって、よく表彰されてたよ。あいつは今でも“俺は誰にも求められてなかった”なんていうけど、そんなことはなかったね。みんな、あいつに期待してた。まぁでも、今じゃ昔の顔より今の顔のほうが先に浮かぶね」
昔の顔。写真館で封筒に入れた、二人の男性の写真を思い出す。あのどちらかが、冷凍庫で冷えていた久世さんなのだろうか。
「お。やっと立ち上がった。今計算するね」
「ありがとうございます」
その後は、いつも通りすぐに手続きは済んで、あっという間に現金が手渡された。他に何人ぐらいスキミーさんがいるのか、おじさんはゴールド換金以外の仕事をしているのか、あっちの世界にいくことはあるのか、色々聞きたいことはまだあるが、また今度にしよう。
「ありがとうございました。また来ます」
「はい、どうも」
いつもと同じ挨拶だったけれど、今日は前より少し知っている人に見送られた気がした。
* * *
電車に乗って、寝具や雑貨を扱う店へ向かった。目当ての布を触ってみると、さらさらしたもの、ぽこぽこと凹凸のあるもの。質感はネットじゃわからなかったので、店舗に来てみてよかった。結局、細い水色と黄色の縞が入ったものを選んだ。パステルっぽい色を選ぶなんて、私も変わったな。
買い物が済んで、蕎麦屋でお昼を食べることにする。ランチ時間のピークを過ぎていたので、店内は落ち着いていた。天ぷらそば、丼セット、季節の野菜……「お決まりですか?」と声をかけられ少し焦り、結局鴨せいろを頼んだ。
蕎麦つゆのいい匂いの中、久世さんの話を思い返す。今度会ったら、冷凍庫の中の話を黙っていられないかもしれない。
* * *
部屋に戻り、買ってきた布を広げる。ベッドの足元に掛けて少し離れてみる。左右を引っ張って整えると、いつもの部屋がちょっと華やかになった。うん、いい感じ。




