第54話 母の日とグミッツェル
五月二週目の日曜日。駅前の花屋には、赤、ピンク、オレンジ、様々なカーネーションが並んでいた。もうカーネーションなんていらないかな、と思ったりもするけれど、小ぶりな籠が可愛くて選んでしまった。今日は母の日。久しぶりに実家へ帰る。
今日は、もう一つお土産を持っている。昨日、原宿まで買いに行った“グミッツェル”だ。姪っ子たちにあげたくて調べたら、結構手に入れるのが難しかった。私が食べたい半分、姪っ子に喜んで欲しい、半分。
電車で座れたのでお姉ちゃんに連絡を入れると、もう実家に着いているらしく、『二人とも、なの花まだ?ってずっと言ってる』と返ってきた。嬉しいけれど、まだ一時間ほどかかる。実家にも転移できたらいいのになぁ。
* * *
「なの花ちゃーん!」
玄関を開けるなり、姪っ子たちが駆けてきた。靴を脱ぐ前に下の子が足にしがみつき、上の子は手に持った紙袋を覗こうとする。待って待って、まずお花を置かせて。
「あ、お母さん、これ。ベタだけど」
「あら、いいのに〜、あら、カラフル。ありがとうね」
母はエプロンで手を拭きながら、籠を受け取ってくれた。今日はお寿司を買おうとお姉ちゃんと決めていたのに、台所を見ると何か作っている様子だ。
「お父さんは?」
「お寿司、取りに行ってる。もう帰ってくると思うよ」
「これ、なあに〜?」
上の子に紙袋を引っ張られた。お姉ちゃんが横から覗き、「え、グミッツェル!?」と、子供より先に反応する。
「私、これ食べてみたかったんだけど!」
「私も。みんなで食べようと思って買ってきた」
「よく買えたね。並んだ?」
「整理券の抽選があってさ。お菓子買うのも大変だよ〜でも、二人のために頑張ったよ〜〜」
もちもちのほっぺたに触れるのは、叔母の特権だ。
「いま食べる!」
「ご飯のあとね。おじいちゃんがお寿司持ってくるから」
「じゃあ開けるだけ!」
「あとでね!」
お姉ちゃんが箱を高いところへ置くと、上の子が見せたいものがあるらしく私の手を引いた。母のスマホを器用にいじって入学式の写真を見せてくれる。
「ランドセルだ! 小学生、かっこいいね! 学校、どう? 楽しい?」
「うん! 給食もね、食べたよ」
「お、何がおいしかった?」
「カレー!」
隣から、下の子も「カレー!」と参加してくる。あなたは幼稚園でお弁当でしょ、とお姉ちゃんが笑った。
父が大きな袋を提げて帰ってきたので、みんなでテーブルを空けてお寿司の蓋を開ける。サーモン、まぐろ、海老、いくら。どれから食べようか迷っている間に、下の子は玉子のお寿司の、玉子だけを食べ終えていた。お姉ちゃんに「こら〜、ご飯も食べなさい」と言われ、しぶしぶ口へ運ぶ。
さっき母が作っていたのは、自家製のポテトサラダだった。薄く切った玉ねぎとハムときゅうり。これ、実家の味で大好きなんだよなぁ。自分一人じゃポテトサラダなんて絶対に作らないけれど、マヨネーズだけじゃない味付けの内容を、聞いてから帰ろうかな。
* * *
食後、お茶が入るより早く姪っ子たちが私の隣に座った。グミッツェルを待っている。箱を開けると、パステルカラーのお菓子が並んでいて、みんなで一緒に覗き込んだ。
「かわいい〜。何味があるの?」
「ここに書いてある。これはグレープで、こっちがソーダかな」
「私、ピンク!」
味より色らしい。二人がピンクと水色を選んだので、私は人気のなさそうな緑色を選んだ。プレッツェルの形をしていて持った感じはずいぶん軽い。一口かじると、表面がぱりぱりと細かく崩れた。へぇ、面白い。知ってるグミと全然違う。
「これ、グミなの? パリパリってする」
「ちょっと、静かにして。ほら、聞いて」
お姉ちゃんがわざとらしく音を立てて食べる。隣でぱりっ、と音がした。これがASMR、というやつか。子供たちも自分の音を聞いてほしくなったらしく、上の子が口元をこちらに向けた。近い近い、聞こえてますよ。
母も「おもしろいわねえ」と言いながら食べ、父は袋の裏を読んでいる。姪っ子へのお土産のつもりだったけれど、結局、全員で一つずつ食べてしまった。
「残りは持って帰ろうね」
お姉ちゃんが箱を閉めると、子供たちは今度はお絵描きを始めた。まだ一口も飲めていなかったお茶で、一休みする。
「ふ〜〜!お母さんお茶ありがと、いただきます」
「お姉ちゃん、小学生のいる生活慣れた?」
「なんとかねー。まぁ、ゴールデンウィーク明けでやっとまた慣れてきたところ」
きゃっきゃと遊ぶ子供たちを見ながらお茶を啜る。
「でも、やっと昼間にも時間できたし、そろそろ働こうかなって」
「お、そうなの?」
「うん。でも、学校の予定も、幼稚園の予定もあるし。夏休みも来るからなぁ」
「じゃあ、スキマバイトとかやってみたら? 一日だけのもあるよ」
「あー、CMで見たことある。え、私もできるの? 学生のものかとおもってた」
「主婦の人も結構やってるらしいよ」
お姉ちゃんのスマホにアプリを入れて、近くの募集を見てみる。スーパーのレジスタッフ、ラーメン屋のホール、荷物の仕分け、保育所のヘルプ。私が住んでいる場所のラインナップとは全然違っておもしろい。
「あ、ここ。幼稚園に行く途中のお店だ、え、物産展のスタッフだって。ちょっと面白そう」
「働いた人のコメントも見られるし、時間ある時探してみたら」
「うん、そうしてみる」
お姉ちゃんは子供を産む前に私よりも大企業で働いていたし、なんでもできちゃうだろう。けれど、異世界の案件はお姉ちゃんには表示されませんように……。
* * *
夕方、帰る支度をしていると、母がポテトサラダの入った容器を持たせてくれた。
「容器、今度持ってきてね」
「そういえば前のも返してないね」
「そうよ〜。うちのなくなっちゃう」
玄関で靴を履いていると、上の子が「次はシール交換しようね!」と誘ってくれた。私が持ってるシールはノベルティだけだから、どこかで仕入れないといけないな……。
慣れた道を歩いて駅へ向かいながら、お寿司もお菓子もたくさん食べたのに、ポテトサラダを持っていると思うと、少しお腹が空いてくる。帰りにパンを買って、サンドイッチにしよう。
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