第53話 【本日のスキマバイト】居酒屋のホール補助
金曜日。今夜のスキマバイトは、バルのホール補助を三時間だ。
【 王都のバル 配膳・片付け補助 】
【 時給:3000ゴールド 】
【 備考:料理の提供、食器の回収、テーブルの清掃など。まかない付き 】
ジェラルドさんと肉を食べた、あのお店。募集欄で店の名前を見て、すぐに応募してしまった。高校時代に駅前のファミレスでバイトをしていたことを思い出してみる。制服を着て、ハンディを持って、オーダーを取って、バッシングをして。そうそう、フォークとかは“シルバー”って呼んでいたっけ。あの世界にはハンディみたいなものはなかったから、オーダーを間違えないか心配だ。
* * *
転移すると、店の中はまだ空いていた。窓際で二人組が飲んでいて、カウンターには一人。厨房の奥から、前と同じ髭の店主が顔を出した。
「おや! この前のお嬢ちゃんじゃないか」
「こんばんは。今日は、スキミーで来ました」
「そうだったか! 助かるよ。店員が一人休みでね。飲食店で働いたことある?」
「あるにはあるんですが……結構昔です」
「じゃあ、まず料理を運ぶのと空いた皿を下げるのを頼もう。注文は俺が聞くから」
黄色いエプロンをつけ、手を洗って打刻する。食器を下げる場所、布巾の置き場、料理が出来上がったら置かれるカウンター。一度ご飯を食べた店とは言え、隅から隅まで確認すると知らない場所がいっぱいある。順番に説明してもらっているうちに入口から四人組が入ってきた。
店主が席へ案内し、戻ってくるなり麦酒を注いだ。ジョッキの取手を持ち、ゆっくり運ぶ。あの時は気にならなかったが、このジョッキ……重い! 店主は一気に四杯運んでいるけど私は二杯が限界だ。
「お待たせしました、麦酒です!」
「ありがとな!注文もいい?」
「あっ、え、ちょっと待ってください!」
注文は俺がとる、と言われていたので店主を呼んで後ろからどうやっているのか確認して真似……と構えたが、店主はメモも何も取らず、会話だけで注文を取って厨房にオーダーを通してしまった。スキマバイトにそれは無理だ。
「すいません、オーダー取る紙みたいなの、ありますか?」
「おお!あるよ。なんだ、オーダーも取ってくれるか?」
「できれば……と思うんですが、メニュー全て覚えられていないので、困ったら呼ばせてください」
「もちろん! わからなかったら、その都度聞いてくれ」
そうはいっても、オーダーは間違えないに越したことはないだろう。オーダー表を見ると……無地!これは結構難しいぞ。鉛筆の試し書きをしていると「これ運んで〜!」と厨房から声がした。うっかり“はい喜んで!”と口に出そうになってしまった。その店で働いたことはない。
「これ、奥に」
「お、おく」
「ああ、あの、おく、二人組」
奥を見る。窓際の二人だろうか。でも、その隣にもいつの間にか二人座っている。
「すみません、どちらの……」
「帽子を被ってるほう。いや、今脱いだな。椅子に赤い上着を掛けてる人」
「あ、はい!」
料理を置いて厨房へ戻る間にも、次のお客さんが入ってくる。店主は顔を見ただけで「今日は三人かい」と声をかけていた。常連さんが多いんだな。店主にはわかっても私にはまだ全員が初対面だ。店内には気づけば、七組ほどのお客さんが入っていて、「奥の二人」も「角のある人」も、一組ではない。
「……あの、テーブルに番号をつけてもいいですか? 運ぶ場所を間違えそうで」
「番号?」
「入口から一番、二番って席に番号を振りたいんです。」
「ああ! いいよ。紙なら、そこの引き出しにある」
紙に数字を書いて、メニュー表が立てかけてある木に挟ませてもらった。厨房にも簡単な配置図を置き、店主と番号を確かめる。前にジェラルドさんと座った席は、五番になった。
* * *
「えっとー、二番、肉二つ!」
「二番ですね!」
行き先がすぐにわかるだけでずいぶん気が楽だ。お皿を置く場所を空けてもらい、一つずつ運ぶ。戻ろうとすると隣の卓から声がかかった。
「お姉さん、おすすめは?」
「えっ。あ、玉ねぎ乗せた肉焼き、すっごくおいしいですよ!ソースにパンをつけるとまた絶品!」
「じゃあ、それにしよう。二人前」
注文を店主に伝えると、「おすすめの仕方、うまいじゃねえか」と嬉しそうに笑った。厨房から次々と出てくる皿はどれもいい匂いがする。焼いた肉、溶けたチーズ、にんにくのような野菜。全部つまみ食いしてしまいたい。
「三番、肉二つ、運びます!」
席へ向かう途中で呼ばれて麦酒のおかわりを注文され、戻ってきたところで葡萄酒を頼まれた。「少々お待ちください」が、だんだん口に馴染んできたな。大きな声を出すのが恥ずかしかったのに、もう恥ずかしさはどこかへ行ってしまった。
空のお盆を持って戻ると、店主が私の後ろを指した。
「帰りに、下げられる皿がないか見てくれ。何度も往復しなくて済むから効率がいいんだ」
「あ、そうでした。気を付けます!」
昔も言われた気がする。料理を間違えずに届けることで精一杯で、帰り道のことまで考えていなかった。この店の皿は大きめなので、一つ下げられるとだいぶ机が広くなるし、麦酒がからになってる時に声をかければ追加の注文にも繋がる。
「こちら、お下げしてもよろしいですか?」
「あっ、それはまだ」
肉はもうない。けれど、お客さんは籠からパンを取り、皿に残ったソースを拭った。
「こうすると、うまいんだろ?」
「そうです!失礼しました」
* * *
六番のお客さんに「煮込み、まだかな」と声をかけられ、厨房を覗いた。
「六番の煮込み、まだですよね?」
「今、盛るところ! そこのスプーンも一緒に頼む」
受け取った皿を運ぶと、お客さんが「おお、来た」と姿勢を起こした。湯気の向こうで顔がほころぶ。その顔を見るとこっちが嬉しくなってしまう。
スマホが震えたとき、まだ店の中は賑やかだった。もう三時間。カウンターに残った注文の紙を店主と確認し、運びかけの料理がないことを確かめて打刻する。
「ありがとうございました。少し落ち着きましたかね?」
「ああ、今日のピークは乗り切れたな。奥で飯、食べていきな」
案内された小さな席に座ると、急に足の裏がじんじんした。ほどなく、じゃがいもと肉を炒めたものが山盛りになった皿と、パンが運ばれてきた。さらに、小さな麦酒のグラスも。
「飲めるんだったね」
「……はい!」
今日、何杯運んだだろう。人が飲んでいるのを何度も見て、ずっとおいしそうだと思っていた。ひと口飲むと、冷たさが喉を通っていく。ああ〜〜、おいしい〜〜。うっかり声に出てしまい店主が笑った。
「番号、ありがとな。新人が毎回手間取るんだが、これでうまくいきそうだ。よく思いついたな」
「いえいえ、私が覚えられなくて、すみません」
「俺だって、隣の店で働いたらわからんさ」
厨房から呼ばれ、店主はすぐに戻っていった。私はじゃがいもにフォークを刺す。表面がこんがり焼けていて、肉の脂と塩が絡んでいる。これは、麦酒が進む。パンも進む。
入口のほうで「三番、お会計!」と声がした。思わず返事をしかけて、口を閉じる。私は今、まかない中です。
* * *
【 本日の給与:9000ゴールド 】
【 このワーカーへの評価:★★★★★ 】
【 コメント:よく動いてくれて助かったよ。またよろしく! 】
部屋に戻り、エプロンを外す。服に、肉を焼く匂いがついていた。お腹はいっぱいなのに嗅ぐとまだ少し食べたくなる。
とりあえず、お風呂だ。その前に、テーブルの上の空いたマグカップを台所へ持っていった。手ぶらで歩くのが、なんとなく惜しい。




